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十九時間後の誤差十分

 マサムネは怒り狂っていた。

 誰かへの怒りではない、自分自身への怒りだ。


「ひぃぃぃ!? 何なんだコイツぅ!?」

「腕が脚があああああ!?」


 目の前で妹と同じような年齢の子が、ナイフで自害したのだ。

 それもたぶん、マサムネがケガをしてしまったのを気に病んでしまったからだろう。

 たったそれだけで、重い自らの命を捨てるくらいに優しい子だったのだ。

 不甲斐ない、自分が不甲斐ない――その怒りでマサムネは我を忘れていた。

 ラブレスの血で赤く染まり、獣のような狂気の眼光で、ひたすらに剣を振るうことしかできない。

 ただただ無心で戦う。

 へし折り、悲鳴、叩き付け、命乞い、柄で殴り、泣き声。


〈ちょっ!? マサムネ、さすがにやりすぎよ!?〉

〈兄君、戦いと呼べるモノは終わりました〉


 その声でようやく我に返った。

 目の前にあるのは倒れている男たちの姿だった。


〈ヒーフーミー……参加者のすべてを倒した計算になりますね〉

「そ、そうか……」


 倒れている男たちは悲惨な姿になっているが、辛うじて死んでいる者だけはいないようだ。

 それでも一方的な怒りをぶつけて、戦いとは呼べないような状態になっていたらしい。

 自らの未熟さを反省するマサムネだった。


「それでも行かなきゃな……」

〈兄君……?〉

「ゴールしてラブレスのお母さんの病気を治してやらないと……。何のためにここまでやってきたんだかわからない……」

〈あまりご無理をなさらずに……〉


 心労からフラつきながら脚を進めていく。

 歩いても歩いても進んでいる気がしない。

 もう敵対者が誰もいない迷宮は、無駄に広く感じられた。

 迷路で迷っているのは身体ではなく、心なのかもしれない。


「おう、マサムネ。その罠を踏んで降りてこい」

「え?」


 不思議なことに男の声が聞こえたのだ。

 もう参加者はいないはずだ。

 ケイも今頃は棄権しているだろう。

 となると残るは管理者くらいだが、明らかに声が違う。

 しかも籠もった声は密閉された空間から発せられているような感じすらある。


「何なんだ……?」


 そのとき、声に気を取られていたせいか罠のスイッチを踏んでしまった。

 床がパカッと開いて、マサムネは落下してしまう。

 その先に針山でもあったら危険だったが、そうでもない。

 待ち受けていたのは、あぐらをかいていた銀髪の男だった。

 なぜか全裸で。


「きっちり十九時間後の誤差十分だぜ」

「アルジェント……?」


 そこにいたのは第二試合で戦った黒銀のドラゴン――アルジェント・カオスドラゴンだった。

 もっとも、今はドラゴンではなく全裸の人間形態なので不審者のようにも見える。


「さて、ムメイ――いや、ここは誰も聞かれない場所だ。マサムネと呼ぼう」

「なに!? 俺の正体を!?」

「ああ、知ってる。ここに来るまでラブレスに死なれて失意のどん底だってのも知ってるぜ」


 どういうことだ。

 この穴の中にいたアルジェントが、それらを見ているはずもない。


「ついでに空間魔法の向こう側から警戒している可愛い二人のお嬢ちゃんのことも知ってるぜ。出てきな」


 何もかもお見通しらしいアルジェントの言葉で、仮想の箱庭(エメラルドシティ)からコダマとフォティアが出てきた。

 もはや警戒と言うより諦めの表情だ。

 このドラゴン相手には何をしても無駄という感じだろう。


「お初にお目にかかります、マサムネの妹のコダマ・ウッドロウと申します」


 コダマは物怖じせずにお辞儀をする。


「なるほど、今はそういう感じか。おっと、睨むなよ。何も取って食おうってわけでもねぇよ」

「……」


 アルジェントはコダマのことも知っているようだ。

 千里眼でも持っているのだろうか?

 次はフォティアが緊張で硬くなりながらも頭を下げた。


「ど、ドラゴン様……。私はフォティア・ハイシュタム・アールヴヘイムです……」

「アールヴヘイム、か。まぁ俺様はただの傍観者だ、何も言うことはねぇ。どこへなりとも行って、好きに生きりゃいいだろうぜ」

「あ、ありがとうございます」


 そういえば、フォティアの過去はあまり知らないと思い出した。


「さて、どうして俺様がこんなところで待っていたか? というのが気になるところだろう。なぁ、マサムネ?」

「いや、全裸でいるような奴だから不審な行動は気にならないぞ」

「……ガハハ! その答えは予想できていなかったぞ! やはりお前は良い、気に入った!」

「どうでも良いが、妹の前では下を隠せ」

「他では隠さずにいて良いのか?」

「俺は気にしない」

「そうかそうか! では背を向けて話そう! これで良いだろう!」

「そ、そういうことか……?」


 クルッと器用にあぐらのまま背を向けてきたアルジェント。

 たしかに股間は見えなくなったのだが、背を向けてくるというのはよっぽど警戒していないのか、背を見せただけでどうにかなるものではないと思っているのか、だ。

 たぶん両方なのだろう。


「そろそろ落ち着いたようだな、マサムネ」

「ああ、変人……いや、変龍のおかげでな」

「そいつぁ良かった。……で、ラブレスの正体を知りたくないか?」

「正体……?」


 死んでしまったラブレス、その直後に正体とか言われて良い気はしない。


「おっと、そんな顔をするなよ。ラブレスは生きているぜ」

「なに!? そんなバカな……たしかに心臓を貫かれていて……」

「正確にはラブレスとしての身体は死んだが、ベラドンナとしての魂は転生して生きている、という意味だな」

「そ、それってつまり……ラブレスはベラドンナだったのか!?」


 信じられ――。


「ああ、やっぱりそうだったんですね」

「何となくわかってたわ」


 ――ない、そんなの信じられない。

 ラブレスがベラドンナだったなん――え?

 コダマとフォティアは知っていたのか?

 マサムネの頭が混乱してきた。


「……もしかして、気付いてなかったのは俺だけか?」

「えっ!? あっ! あ、兄君は人を信じる部分も良いところなので……」

「ごめん、マサムネは気付いてないフリかな~って……」


 ……。

 ちょっとふて寝したい。

 とにかく思うところや、言いたいことは山ほどあるが、待ってくれているアルジェントの話の先を聞きたい。


「話してくれ、アルジェント」

「ああ、いいぜ。なぜただの心優しい少女が愛を失って、ベラドンナという国を食うような悪役女王になっちまったのか。傍観者としての力を使い、アイツの封印されていた〝記憶〟を見せてやるよ」

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