絆の召喚獣――ヴィジョンズ
マサムネは残りTPを確認した。
TP80と表示されていて、これはTP消費10のマジックカウンターを二回使ったからだろう。
MPと違い、木を殴るなどの特定の行動をすると溜まっていくTP。
その条件的に無駄遣いはできないが、単純に考えてあと八回のマジックカウンターが使える。
「降参しろ、ボルドーダ。お前の魔法では俺に勝てない」
ゴロツキの男は風魔法を反射されて吹き飛んで気絶してしまっているので、残りはボルドーダだけだ。
ボルドーダはとっさに魔力で防御したのか、まだ立つことが出来ている。
「だ、誰が存在価値なしのマサムネなんぞに降参するか……。この魔力レベル5の魔法使いである、ボルドーダが負けるわけがない……何かの間違いだ……」
ボルドーダは現実逃避をしようとしていたが、ハッと気が付いた。
「そ、そうだ! お前、魔法を反射させたのか!? そんなものは聞いたことがないが、まさか隣国イエネオスの手の者か!? そうだ……そうに違いない……。我ら〝魔法の国〟を嫉んだ〝勇者の国〟の技術を使ったに違いない……」
半狂乱で何を言っているかわからないが、魔法を反射させたというのはようやく認識できたらしい。
これで勝てないと気が付いてくれればいいのだが……。
「ククク……それなら反射ができない我が付与魔法、エンチャントサンダーなら!!」
ボルドーダは持っていた剣に雷を纏わせて、自信満々の表情で構えた。
日々鍛錬をしているマサムネの眼から見て、ボルドーダの構えはかなり隙だらけだ。
護衛に任せて、ほとんど剣を握ったことがないというのが透けて見える。
「死ねええええ!!」
剣戟なら受けて立つ、と思ったが、今は剣を持っていないことに気が付いた。
ボルドーダの剣捌きは幼稚だが、魔法によってそれなりに範囲が広がっているらしく、ギリギリで躱したら髪の先が雷で焼けてしまった。
油断してしまった自分に舌打ちをしながら、大きく後方へ跳んで間合いを離す。
「兄君!!」
心配するな、と言いたいところだったが、まだ満足に動けないコダマを残して逃げるわけにもいかない。
剣士は剣がなければ力を発揮できない、当たり前のことだ。
「剣さえあれば……」
――そのとき、TPブックが出現して輝きだした。
【コダマ・ウッドロウとの新たな絆が結ばれました。消費TP30でヴィジョンズである白狼を召喚可能です】
本の二行目に【消費TP30 ヴィジョンズ:白狼】と書き足された。
よくわからないが、コレにかけるしかない。
「コダマとの絆か……それなら信じるしかないよな……! 【ヴィジョンズ:白狼】!!」
TPがマイナス30されて、50まで減った。
身体から何かが吸い取られたような感覚と同時に、目の前に巨大な光の建築物が下から生えてきた。
それは数多の札で封印された鳥居だった。
札が一斉に剥がれていき、鳥居から一匹の神々しい白き狼がスタスタと歩いてきた。
口には一本の刀を咥えていた。
「狼……? ヴィジョンズとは召喚獣のようなものなのか……?」
鳥居は消滅して、白き狼だけが残った。
白狼は言葉がわかるらしく、問いに対してコクリと頷く。
「名前は……白狼でいいのか?」
再びコクリと頷いたあと、白狼は耳をピンと立てて何かに気が付いた。
そして、いつの間にか後方で起き上がって不意打ちしようとしていたゴロツキの男に向かって、咥えていた刀を器用に使って横薙ぎ。
「ぐえッ!?」
ゴロツキの男がドサリと倒れた。
「俺を守ってくれたのか?」
白狼は咥えていた刀を、こちらに放り投げてきた。
これで戦えということなのだろう。
「ありがとう。銘はわからないから……無銘刀というところか」
白狼はスッとお座りのポーズで待機して、主の戦いを見守ろうとしている。
「くそっ!! 前後から襲おうと思っていたのに……役立たず共が!!」
苛立つボルドーダを前に、マサムネは無銘刀を血振り――刀に付いた血液を振って払う動作――をしてから構えた。
「ふんっ! だが、いきなり素人が刀を握ったところで付け焼き刃というやつだ! 私のような剣術の達人には勝てんと、存在価値なしのお前に教えてやろう!」
「お前が剣術の達人だと……? そうか、それなら胸を貸してもらおうか」
へっぴり腰のボルドーダは相手の力量すらわからずに、上段からの大振りをしてきた。
それを難なく受け止める。
ボルドーダの剣の重さすら感じず、無銘刀は微動だにしない。
「受け止めたか! やるなぁ!! だが、それは間違いだ!! エンチャントサンダーがかかった剣を受け止めたということは、そこから電気が伝わって貴様は動けなく……なっていないだと!?」
「どうやら無銘刀は魔法耐性がありそうだな」
相手の軽すぎる剣を、無銘刀でキンッとはじき返した。
ボルドーダはバランスが取れずに、たたらを踏んでしまう。
その一瞬の隙を見逃すはずもない。
「ひぃっ!?」
流れるような動きで刀の構えを変移させながら、風のように走る。
「真神流〝風来奪首〟」
父から教わった尊き者を守るための剣術――真神流の基礎の一つ、〝風来奪首〟だ。
これは相手との距離を詰めながら、その隙を突いて首を奪うという初歩中の初歩だ。
普通の相手には防がれるために、ここから次の技へ派生させていくことが多い。
「ぐ……が……」
ボルドーダは普通の相手以下だったらしく、一発でダウンしていた。
拍子抜けだ。
「峰打ちだ。それでもしばらくは首への衝撃でまともに動けないだろう」
「ひ、ひぃぃぃ近寄るな!! なんなんだお前は!!」
ボルドーダは足腰をガクガクさせながら、逃げようとするも逃げられない。
「そ、そうだ!! 金をやる!! だから殺さないでくれぇ!!」
金貨が入った革袋を投げられ、それを受け取った。
ずっしりとしているのでかなり入っている。
「そうか。もらっておく。金は大事だしな」
武士は食わねど高楊枝、とは言うが、それは一人で生きている場合だけだろう。
大切な妹や、親方に迷惑をかけてしまったことは悔やまれる。
「親方、これで店を直してください」
「おめぇ……こりゃいいのか?」
「はい、迷惑をかけてしまったので」
親方にある程度の金貨を渡してから、次はボルドーダに金貨を渡す。
「これが教会で払ってもらった『武具天臨の儀式』の代金だ。これでもう俺たちと関わるな」
「は、はいぃ!!」
怯えた眼をしたボルドーダは情けなく言った。
もう戦いを挑んでくるようなことは、たぶんないだろう。
だが、念のために釘を刺しておく。
「もし、また何かしたら、そのときは本当に首を落とす」
ボルドーダの首に無銘刀の刃部分をピタリとくっつけたら、どうやら失禁して気絶してしまったようだ。
少し悪いことをしてしまったかな、と思うも良い薬にはなっただろう。
さて、あとはもう帰るだけだ。
「コダマ、家に帰ろうか」
「うん!」
小さなコダマの手を握ってやると、たしかに大切な者を守れたのだと実感できた。




