女の毒念
アタシ――ケイは横を歩く男に笑顔を向けていた。
その男はマズガ、今すぐにでもぶち殺してやりたい相手だ。
「いや~ん、トラップとかもあるみたいだし怖~い」
「へっ、任せろ。傭兵稼業だからそういうものは見ればすぐわかる」
チッと内心で舌打ちする。
このマズガ、警戒心だけは人一倍あるようだ。
持っている斧型アーティファクトの能力かもしれないが、罠をすべて察知している。
遅れたフリをして後ろから付与魔法のかかっていないナイフで刺そうとしただけでも、すぐに振り向かれてしまった。
幸い、ナイフを取り出す前だったから気付かれなかったが、コイツを処刑するのはなかなかに難しい。
「ねぇねぇ、マズガって何か苦手なものってないの? 今回の戦いでそれが出てきたらフォローしてあげるからさ~」
「苦手なものだと? ガハハ! オレにそんなものはない!」
無駄にメンタルは雑で強そうだ。
たぶんムメイ辺りと戦ったら手も足も出ないので、ただの思い上がりだが。
となると、やはり復讐の最善手は一つだ。
「お、なんだ?」
「音?」
丁度タイミング良く、迷宮の中に響き渡る轟音。
しめたと思った。
「ねぇ、向こうに行ってみましょうよ。戦ってるか罠にかかったなら、漁夫の利を狙えるわよ」
「おう、行ってみるか!」
物理的な警戒心は強いが、どうやら脳筋のようだ。
よかった。
殺しやすい。
「どきな」
「ギャッ!?」
音が聞こえた方へ進むと、なぜか一人だけで逃げてきた屈強な男がいた。
マズガは斧で一刀両断。
屈強な男は何か意味のある言葉すら言えず、二つに別たれて地面にぶちまけられた。
これはあまり良くないと思った。
予想外に強い。
アタシの思惑が外れてしまう。
「ん? そこにいるのはケイか?」
しかし、チャンスがやってきた。
その先で出会ったのは、参加者の中で最強を誇るムメイだ。
「あら~、昨日ぶりねぇ」
「えーっと……どいては……くれないよな」
「そうねぇ。マズガ、どうするぅ?」
マズガの方を見ると、先ほどまでとは一転。
複雑そうな表情をしている。
戦うか、逃げるか本能が迷っているような表情だ。
完全に逃げるというのがないのがミソ。
勝てる可能性も多少は感じているのだ。
「ねぇ、こっちは戦える二人で、向こうは一人しかまともに戦えないよのぉ? 総合力で見たら圧倒的にこちらの方が上ってことでしょ? 逞しいマズガなら余裕よぉ」
「た、たしかにそうだな……。ガハハ! やるぜ、ケイ!」
甘言で背中を一押し、簡単。
「仕方がないか、ラブレス下がっていろ」
「は、はい」
相変わらずムメイは甘い。
それを利用させてもらう。
「いけ、アイス・バレット!」
アタシは刺々しいワンド型のアーティファクトを出現させ、それで氷のつぶてを複数放った。
狙いはラブレスだ。
「くっ!」
ムメイはとっさに反応して、氷のつぶてを無銘刀でなぎ払う。
氷片がキラキラと宙を舞う。
その反対側から、巨大な斧が迫る。
マズガだ。
「背中を気にしつつ戦うのは大変だなぁ! ムメイ様よぉ!」
「お前はたしか傭兵ゴーレムのリーダーか……!」
「覚えててくれて光栄だぜ! テメェは明らかに強かったからな、こうしてハンデをもらってサクッと殺せるのはありがて――えッ!?」
男二人が斬り合っている最中、アタシはナイフを取り出してマズガの背中を刺してやった。
「なっ、何をするんだ……ケイ……」
「何って、最初からマズガ――アンタを殺すことが目的で近付いたんだもの」
「ば、バカな……理由はなんだ……。ソウルチェインで繋がっているってのに、心中したいほどの理由でもあるってのか……!?」
アタシは悪意しか無い冷たい表情で言ってやった。
「これ、魔法付与されてないナイフ。それと殺す理由? ババアってバカにしたでしょ」
「そ、それだけでぇ……!?」
「殺されて当然でしょ、正義の一刺しよ」
膝を突いたマズガに対して、さらにナイフを刺した。
何度も、何度も。
刺し傷がない場所の方が少なくなるまで。
「あら、一刺しどころじゃなかったわね。すっきりしたぁ」
ムメイとラブレスは呆然とした顔でこちらを眺めていた。
「あら、ごめんなさいねぇ。少し刺激が強すぎたかもしれないわぁ」
敵意がないことを示すためにアーティファクトを消して、血だらけだったナイフはマズガの服で拭ってから捨て去った。
「もう戦う気はないわぁ」
「そ、そうか……。それじゃあ、先に行かせてもらうぞ……」
「ええ、どうぞ。アタシは目的達成したから終わり」
二人は振り返らずに先へと進んでいく。
アタシと違い、前を向いて生きている人間なのだろう。
こんなベラドンナゲームという狂ったモノに出場するとは思えない、場違いな人間だ。
「はぁ……やっぱり歳を取るのって、や~ねぇ……」
マズガの死体しか聞いていないであろう言葉を呟く。
「このまま棄権して、何か外で新しいことでもやろうかしら。平和な土地にでも行って、何もかも忘れてのんびりと雑貨屋でも……」
疲れた笑顔でそう言っていると、遠くから一人の男性が歩いてくるのが見えた。
それは――
「ハーポン……?」
一回戦で組んでいた男だった。
あまり良い人間ではなかったが、それでもマズガよりはマシだ。
どうやらハーポンも一人らしいので、一緒に棄権して外で予定を立てるというのも悪くないかもしれない。
「ねぇ、ハーポン。もうこんなゲーム棄権して、外で楽しく――あら? 抱きついてきて。ふふ、そんなにアタシに魅力を感じちゃったのぉ?」
そこで気が付いた。
ハーポンはなぜか無言だったのだ。
よく喋る人間だったはずだ。
それに太陽光がないせいかと思っていたが、何やら顔色が悪いように見えた。
「え、ハーポン。ちょっと、首元に息を吹きかけないでよ。それに歯が当たって……ハーポン?」
そこで気が付いた。
抱きついたと言うより、拘束しようとしているのだ。
首元に当てられた歯がミリミリとめり込んでいくのを感じて、察した。
「ああ、そういえば……アタシが見捨てたからゾンビになってたわねぇ。迂闊だったわぁ」
吹き上がる血飛沫。
流れでる鮮血。
我ながらつまらない最後だと思った。
残ったのは人肉を貪るゾンビだけとなった。




