第三試合開始
――我、開眼せり。
マサムネは、父がそう言っていたのを思いだした。
「当時は何のことかわからなかったけど、今は少しだけ理解できるかもしれない」
第二試合で使った広い荒野に立ち、マサムネは上半身裸で背中から湯気を上げている。
手には無銘刀、左右には呆然とした表情で見ているフォティアとコダマがいた。
「悪い、一発でTP0になってしまったからまた協力してくれると助かる」
「そ、それはいいけど……」
「兄君、お美事です」
そびえ立つ崖には大きな縦一文字の亀裂――まるで神々が神器を振るったかのような傷痕だけが残されていた。
***
――一日が経ち、第三試合当日となった。
第二試合と違って時間に猶予もあったので、すでに全員のコンビは決まっていたようだ。
意外なことにケイは、一悶着あった相手とコンビを組んでいた。
マサムネとしてはチームを組んでいた相手なので気にはなるものの、戦で気を散らすのは命取りだ。
今は目の前のことに集中する。
コンビとしてのラブレスと、その母親の命がかかっているのだから。
「では、ムメイ。こちらにサインをしてください」
台の上に置かれた魔法の契約書と、それを不機嫌そうに説明するエグオン。
第三ゲームが行われるという迷宮の前にやってきたのだが、堅牢な石造りの大広間に集められた参加者たちは契約書を次々と書かされていた。
「これは? というか、なんでお前がまだいるんだ。お偉い管理者様じゃなかったのか? 雑務をするような立場じゃないだろう」
「こ、これは別に降格されたからとかではなく……!!」
どうやら降格されたようだ。
「とにかく、この魔法の契約書を書け! これを書くことによって、二人の命が共有され、特別な武器によって相手を倒すと、そのコンビも死ぬことになるのだ!」
魔法の契約書――それは広く知られる道具である。
古くは悪魔との契約、そして現在では借用書にも使われるというものだ。
この紙自体は簡易的な魔法をかけたものなのだが、署名する人間がお互いに同意することによって強固な魔法となる。
『契約を破ったら世界が滅ぶ!』などは無理だが、お互いの身体に関する縛りなら大体は可能だ。
そう、今回のように片方が特定の武器で殺されたら、片方も死ぬというような。
「ふはは! その足手まといのガキがやられて、お前も巻き添えで死ぬところが楽しみだなぁ!!」
「お前は参加しないのか、エグオン?」
「人数が足りてるんだから、もうするはずないでしょう!! それに今回は本当に死んでしまう可能性があるんですからね!!」
前回も自らが招いたアクシデントで死にそうになっていた気もする。
「降格されたのなら、ここで漢を見せれば評価が上がるんじゃないか?」
「ぼ、ボクは……。生まれついての特別な人間が、そんなことをする必要はありませんから!! それに降格はされていない!! 何かの間違いだ!!」
降格されたのがよほどショックらしい。
マジメにやれば能力はそれなりに高そうなのに、その性悪さで自業自得になっているので何も言うことはない。
才能の無駄遣いというやつだ。
「早くサインしなさい!」
「了解」
契約書の文章を読んだがおかしなところはなかった。
ゲームが終わるか、一定時間経過で契約破棄されるので後腐れも無い。
我ながら達筆だと思う名前を書く。
これは父親から、文武両道ではなくとも見栄を張るために文字だけは上手く書けるようにしろと指導されたからだ。
武将たる者、後世に手紙が残るから何たらとか。
「ラブレスは……背が届かないか。手を貸す」
「わっ、ありがとうございます」
小さなラブレスの両脇を掴み、台の高さまで持ち上げてやった。
昨日から様子がおかしかったラブレスだが、お礼はきちんと言うらしい。
彼女の字はマサムネの武将然とした達筆さではなく、繊細で華麗な字だった。
まるで深窓の令嬢のものだ。
「綺麗な字だな、ラブレス。誰から教えてもらったんだ?」
「これは母から……たぶん」
「たぶん?」
マサムネが聞き返すも、サインを終えたラブレスは何も答えてくれない。
「……。あの、下ろしてください、ムメイさん」
「あ、悪い悪い」
軽いラブレスの身体をゆっくり丁寧に地面へと下ろした。
うまく言葉にできないが、彼女は何か現実感がない存在のように思えてしまう。
母を助けるためという強い目的があるはずなのに、どこか諦めているようで、時折見せる顔はフッと息を吹きかければ霧散してしまうような儚さを感じる。
「ラブレス、死ぬなよ」
「そうですね、ウチが死んだらムメイさんも巻き添えですし――」
「いや、それはどうでもいい。ただラブレスからそんな気配が漂っていると感じてしまっただけだ」
「それは……どうでもいいことじゃないですか。たとえウチだけが死んでも、えっと、ベラドンナ様に『母親の病気を治してくれ』とムメイさんが代わりにお願いしてください」
「俺はお前の母親がどんな人間か知らない。知らない人間が助けるより、一番知っている娘のお前が助けた方が本人も幸せだろう」
「知りませんよ……そんなこと……」
――そうしている内に第三試合で使われる迷宮の扉が開放された。




