剣士、存在価値なし
新連載です!
今日は5話まで投稿して、あとは毎日一話ずつ投稿する感じになると思います。
とりあえず後で読もうと思っている方は先にブクマだけでもして頂けると嬉しいです。
よろしくお願いします!
木々が生い茂る山奥で、少年が剣を振っていた。
正眼に構え、ただひたすらに、ブレずに振り続ける。
少年の名はマサムネ・ウッドロウ。
年の頃は17歳、黒髪黒目で身長は高くも低くもない。
マサムネは稽古着の袖で汗を拭いながら、そろそろ朝日が昇って明るくなってきたので町に商売をしに行かなければと思いだした。
「また稽古に夢中になりすぎたな……」
慣れ親しんだボロボロの小屋――それは昔に手作りした家なのだが、帰って売り物を取りに行く。
何を売って商売をしているかというと、山で調達した薪だ。
大きな獣を狩って肉や、薬になる胆嚢などがあった場合はそれも売ったりするが、今日は違う。
充分に乾燥させた薪を山盛りにして背負っていると、床に伏せていた妹が話しかけてきた。
「兄君、今日も町へ行かれるのですか……?」
「ああ、そうだ。コダマ」
妹――コダマは心配そうな表情を見せてきた。
年齢はマサムネより三つ下の14歳、前髪を揃えたおかっぱ頭、黒髪黒目だがパッとしない兄と違ってどこかの姫君のような美しさと気品を感じる。
心優しい自慢の妹だ。
病弱で痩せているが、今日は少し顔色が良い。
「町は兄君に優しくないので嫌いです……」
「ははは、それはしょうがないよ。魔法の国で、たぶん唯一魔法が使えない人間だからな」
アクアランツ王国――通称、魔法の国。
世界的にも珍しい、女王が国を治めるところだ。
そのカリスマ性溢れるベラドンナ・ワルプルギスという女王がいることによって成り立つような国で、ベラドンナ自体も魔法の天才と言われているのだ。
そのため、国民も魔法によってカーストを決定している。
「兄君は魔法が使えなくたって……ずっと剣士として鍛錬を頑張って……」
「魔法が弱い程度ならまだしも、魔力が完全にないからなぁ。……さて、それじゃあ行ってくるよ」
とても重い山盛りの薪を背負い『そういえば』と、家から出る前にコダマに優しく言ってやった。
「お前の分の『武具天臨の儀式』の金だけは稼げそうだからさ、大丈夫だ」
「わたくしは……兄君のために使ってほしいのですが……」
妹を優先するのが兄の勤めだろ、と笑いながら手を振って町へと向かった。
***
「ほら、薪の代金だ。魔力無しには勿体ないくらいの金だろう?」
カンザの町――首都から離れていて大きくはないが活気がある町で、物流も盛んだ。
そこの鍛冶屋でマサムネは薪をいつも売っている。
しかし、鍛冶士見習いの男が投げてきたのは、いつもより少ない代金だった。
「あ、あの……足りないのでは……。これでは以前、約束していたよりも少なく……」
「魔力無しのマサムネが、この付与魔法の使い手のオレ様にケチをつけるってのか? あぁん?」
「そ、そうではないのですが……どうしても金が必要で……」
妹に楽をさせてやるために。
山奥から重い薪を背負ってやってきた苦労など、妹のためならどうということはない。
悪態を吐かれようが、唾を吐かれようが、どうしても金がほしいのだ。
「本当ならパパッと火魔法でやっちまえばいいのに、なんでこんな薪なんて親方は買うんだかなぁ……」
鍛冶士見習いが愚痴を言っていると、親方がヌッと奥から出てきた。
スキンヘッドでカタギとは思えない強面と筋肉、彼が睨みを利かせながら口を開く。
「魔法は万能じゃないってことだ」
鍛冶屋見習いはギョッとしたあとに、そそくさと退散していった。
普通の表情――それでも強面な親方がこちらにギロリと視線を向けてきた。
圧が凄い。
「おう、マサムネ。これが足りねぇ分の金だ」
「い、いいんですか? 多いような……」
「どうやらさっきの馬鹿が毎回代金をちょろまかしていたようでな、今までの分だ。……ったく、些細な残留魔力に影響されるようなシビアな鍛冶仕事用の薪だってのに。ほらよ、これも持ってけ」
巨体の親方が見下ろしてきながら、ちんまりとした白い包みを渡してくれた。
紫褐色、黒、緑の高貴なリボンで装飾されていた。
少し甘い匂いが漂ってくる。
「これは?」
「やたらお上品な女の客からもらった上等な焼き菓子だ。オレは甘い物は苦手だから、妹にでも土産にしてやれ」
「ありがとうございます! こんなに良くしてくれて……俺から薪を買い取ってくれるのも親方だけですし……」
「勘違いすんなよ。オレは魔力すらないお前は厄介者だと思っている。ただ、たまたま魔力が無い方が役立つこともあったというだけだ。ほら、さっさと帰れ。店の前にいられちゃ変な噂がたって迷惑だ」
自分への感謝に時間を使うくらいなら、早く妹のところへ行ってやれということなのだろう。
「ああ、そうだ。お前の妹が鍛冶仕事に使えそうなモノを『武具天臨の儀式』で手に入れたら、うちで雇ってこき使ってやる。考えておけよ」
「はい! 何から何までありがとうございます! では、失礼します!」
親方にペコリとお辞儀をしてから、帰路につくことにした。
早く妹に焼き菓子を食べさせてやりたいが、町は人が多く、住んでいる山のように全力疾走するわけにもいかず早歩きだ。
ふと、後ろから尾行されているような気配を感じる。
しばらく歩いたところで呼び止められた。
「おい、魔力無し。お前、金をもってるだろ?」
「ギャンブルでスっちまってなぁ……。ちょっと貸してくれや」
それは町に住むガラの悪い男二人組だった。
まだ明るい時間なのに酔っ払っているようだ。
「こ、これはダメだ……。『武具天臨の儀式』で必要な金で……やっと妹の分が貯まったところで……」
「お前の妹、たしか魔力はあっても病弱で山奥からほとんど動けないんだろう? それなら、オレたちが使ってやった方が有効活用できるってもんだ」
「それに『武具天臨の儀式』で、どうせロクな武具ももらえねぇと思うぜ? なんせ、お前の妹だからなぁ。たぶんすぐにおっ死ぬだろうよ。土に埋められて養分になるくらいしか役に立たねぇってギャハハ!」
心がざわついた。
さすがに今の言葉は聞き捨てならない。
「妹を……悪く言うな……」
「あ? なんだって?」
普段はどんなに自分を馬鹿にされても平常心を保っているが、今は怒りが爆発しそうになり、血管を流れる血液の音が聞こえてきそうなくらい興奮してしまう。
「俺のことはいくら言ってもいい……だが、妹のことを侮辱するのは許さない……!」
「許さなかったら、どうなるってんだよ! おら!」
男の一人が殴りかかってきた。
普段から鍛えているので、それをヒョイッと躱す。
そのままカウンターパンチを男の腹に撃ち込もうとしたのだが――
「エアロ・ボム!」
もう一人の男が風魔法を放ってきた。
圧縮された空気の弾が勢いよく飛んできて、目の前で破裂した。
マサムネは壁まで吹き飛ばされ、ビタンと叩き付けられて倒れ込んだ。
「うぐ……」
「魔力無しが、魔法使い様に盾突こうなんて百万年早いんだってーの!」
「儀式の武具――アーティファクトすら持っていないお前が、アーティファクト持ちに勝てるはずないだろ」
男の手にあったのは不思議な形をした緑色の杖だ。
風をモチーフにした装飾が付いており、男が意識で操作するとすぐに消えてしまった。
「さてと、金はっと……。お、コイツが大切に持っている白い包みの中に……金貨……じゃなくて、なんだこれ。焼き菓子か?」
男は、親方が渡してくれた菓子の包みをつまみ上げた。
取り上げられたくなくて、それに向かって手を伸ばす。
「か、返してくれ……。妹への土産なんだ……」
「しょうがねぇなぁ、返してやるよ」
地面に落とされる菓子の包み。
男はニヤッと笑ったあとに、それを思い切り踏み付けた。
綺麗だった包みがグシャリと潰れる音、中の焼き菓子がパキパキと砕ける。
丹念に靴ですり潰し、そのあとにペッと唾を吐きかけた。
「ほら、もっと美味しくしてやったぜ。ありがたく思えよ、魔力なし」
「ギャハハ!! 魔力が無い人間が食べるものなんて、これで充分だよなぁ!」
男二人はそんなことを意地悪そうに言いながら、本命の金を探そうとしていた。
そこへ親方が駆け付けてきた。
「おい、テメェら! オレが渡した金を奪おうってのか!!」
「げっ、やべぇ。あの鍛冶屋の親方の魔力レベルは5だ! オレたち魔力レベル3じゃ敵わねぇ、逃げろ!!」
男二人は金を取る前に退散していってしまった。
***
「兄君!? そのケガはどうなされたのですか!?」
親方にお礼を言ったあと、山奥の家に帰ってきて――妹から開口一番されたのがそれだった。
妹のコダマはオロオロしつつ、誰がこんなことをしたのかというのに怒りを覚えているようだ。
思わず言い淀んでしまう。
「これは……その……転んで……」
「いくら世間知らずなわたくしでもわかります! 転んだだけでこんなケガは!!」
病弱なコダマが布団から起きようとしてきたので、観念して上半身に着ていた服を脱いで傷だらけの肌を見せた。
古傷が多くて痛々しく見えるのだが、風魔法で食らった傷は受け身を取ったのでそこまで痣になっていない。
「ちょっと町で喧嘩になっただけだ。ほら、古傷と比べてそんなにひどくはないだろう。コダマは寝ていてくれ」
「で、ですが……」
「そんなことより、良い知らせがあるんだ! 今日、やっと溜まったんだ! お前の『武具天臨の儀式』の金が!」
「それは何度も申し上げている通り、兄君が使った方が……」
「いや、コダマ自身が身体が良くなるアーティファクトを引けたら、この山からだって出て行けるようになるかもしれないだろう!」
「たしかにわたくしの身体は弱く、この山に張ってある結界から何日も出ていると倒れてしまいます……。ですが……兄君と一緒にいられるなら――」
「そうだ、コダマ! 聞いてくれよ! もしコダマが鍛冶仕事に使えるアーティファクトを手に入れたら、親方が雇ってくれるって言ってたぞ! 魔力無しの俺の妹ってことで心配していたけど、少しだけ安心できそうだ!」
「でも、結局……兄君は……」
コダマはなぜか寂しそうな表情をしていた。
***
町の教会で『武具天臨の儀式』が行われていた。
この儀式は古くから伝わるもので、人間の才能に合わせて力を引き出し、それを目に見える武具――〝アーティファクト〟にするらしい。
アーティファクトは念じれば取り出しも自由なので、サイズの大きな武具が与えられても普段の生活に問題は無い。
「せっかく、兄君が稼いでくれたのです……。せめて何かお役に立てる武具を……」
私――コダマは儀式を受けている最中だ。
決まった日にちに希望者が集められ、教会の地下に男女が別れて別室へ進んでいた。
更衣室で服を脱いで、身を聖水で清めてから奥の部屋へ行くように言われている。
そこで貴族の女たちも一緒にいて、こちらを見ながら陰口を聞こえるように言ってきていた。
「庶民、しかも魔力無しマサムネの妹がいるわねぇ」
「あの悪い意味で有名な?」
「もしかして、あの子も魔力がないんじゃない?」
「あはは、魔力無しは死んじゃえばいいのに」
その女たちに対して、私は歯牙にもかけない。
敬愛する兄君に対して悪口を言われても、まったく気にしない。
尊敬に値しない人物に馬鹿にされても、何も思わないからだ。
「あら? 聞こえているのに無視かしら?」
「チッ、無駄に可愛い顔で綺麗な肌をしてるからって舐めやがって……」
貴族の女たちが何かを言っているようだが、意味の無い言葉なので耳に入らない。
服を脱ぎ終わったので、次の部屋に入って聖水で身を清めた。
薄暗い石造りで、聖水から不思議な薄い光が漏れている。
その先にはシスターが待機していて、『武具天臨の儀式』が開始された。
「雑念を振り払い、念じるのです」
「雑念……振り払い……念じる……」
部屋には四つの柱が配置されていた。
奇妙な幾何学模様があり、それに沿って光が走っていく。
「さぁ、念じなさい。これまでの人生、自分の大切なモノ、何を成したいのかを……」
「はい」
「そして、聖句を唱えてアーティファクトを身体の中から取り出しなさい」
聖句――事前に教えられていた呪文のようなものを呟いていく。
「最初にして最後の魔法よ、基礎にして理外の系統よ。限界を超える現実を示し、その恩恵に四度頭を垂れよ。Iron、Ear、Mead、Fang、Halo、Horn。何も持たない小さき者に望郷の福音を与えたまえ……」
胸の中央辺りが輝き、そこから桜の装飾が施された鍵が出てきた。
「これが……わたくしのアーティファクト……」
「こ、これは……!? なんと珍しい……!!」
シスターは慌てて、急いで服を着て外でアーティファクトを試すように勧めてきた。
状況が理解できないながらも、言われたとおりにした。
周囲の注目が集まる中、外でアーティファクトを使ってみることにした。
使い方は自然と分かっている。
桜の鍵を空間に差し込み、捻ると何もないところから扉が現れて、別空間が開いた。
中には住んでいた山奥――によく似た風景の広い空間が存在している。
「わたくしだけのスペースを開けられる鍵……というアーティファクトですかね」
周囲がどよめいた。
「歴史上、数人しか確認できていない上位空間系のアーティファクトだと……!?」
「これはすごい……」
「このアクアランツ王国の逸材となるぞ!!」
「こ、コダマちゃん、私の元に仕えないか!? お給金は高くするし、家も用意しよう!! 私の名前はボルドーダ。この辺りでも有名な貴族だよ! ほら、どうだい!?」
顔と服装の整った貴族――ボルドーダが取り繕った笑顔で距離を詰めてきた。
そんなことは正直、どうでもよかった。
これが兄君の役に立つかどうか、だ。
「兄君に見せなきゃ……」
「そういえば、キミには兄がいたな……あの魔力無しのマサムネだが……。しかし血縁なら、同じようにすごいアーティファクトを使えるかもしれない……」
ボルドーダは何やら考え込んだあとに、兄君を呼びつけた。
「マサムネ、キミにも『武具天臨の儀式』を受けてもらおう! 今回はコダマに免じて私が金を払ってやる! さぁ、早く! どんなアーティファクトを持っているのか見せてくれ!!」
***
――結果、マサムネは『武具天臨の儀式』を受けることになった。
「剣士を目指しているのに……一冊の本? しかも表示されてるのは魔力じゃなくて、TPというよくわからない文字だ……」
「ま、マサムネ……何かできることはないのか……? 妹のコダマちゃんのようなレア魔法とか……」
「本は白紙だし、魔法が出たりも、空間が開くような特殊なことが起きたりもしないな……」
周囲の期待に満ちた眼は、一瞬で蔑みに変わった。
金を払ってくれた貴族のボルドーダが、冷たい表情で吐き捨てた。
「マサムネ……お前は存在価値なしだ」




