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6. 想像

 (松永先生視点)

 ゴールデンウィークに凛々子さんの娘に会うこととなった。

 まさか、母親と教師が付き合っているだなんて――奈々美さんは驚くだろう。

 

 そう思っていたが、俺も奈々美さんと再会して驚いた。

 昔の凛々子さんに似ているが、彼女は彼女で別の魅力がある。中学生時代とは違って大人になったけれど、可愛いらしさもあって……気づけば奈々美さんの方ばかり見てしまう。


 俺は教師なのに、凛々子さんの恋人なのに――

 目の前の彼女を見ていると、そんな理屈が一瞬で霞んでしまう。


「奈々美さん、久しぶりだな」

 そう言うだけで心臓の音が速くなる。“奈々美さん”と名前で呼ぶ日が来るなんて。“梅野さん”とは違う、少し距離が縮んだような気がして……ますます緊張が高まる。


「松永先生、ご無沙汰しています……」

「大学生活には慣れたか?」

「は……はい」

 そういえば恋人はいるのだろうか。同級生の彼と付き合っているような雰囲気だったが……ここで聞くわけにはいかない。凛々子さんもいる。


「……もしかしたらとは思っていましたが、本当だったなんて」

「驚かせてすまない。だが、奈々美さんの気持ちも大切にしたいと思ってる」

 

 彼女は母親と自分のことをどう思っているだろうか。

 そして彼女を見て少しでも揺れてしまったなんて……。


 俺はどうしても彼女に何か伝えたくて、

「奈々美さんは、凛々子さんに似てきたな」と言った。

 本当に綺麗になった――じっと見ていたくなるぐらいに。



 ※※※



 それから少ししたある日の朝。

 凛々子さんからメッセージがきた。


『おはよう弦くん。奈々美が弦くんと2人で会いたいんだって。私たちのこともあったし弦くんと一度話したいみたい。土曜日だと助かるんだけど』


 まさか奈々美さんから会いたいと言われるなんて。

 鼓動はおさまる気配がない。


『おはよう凛々子さん。今週土曜日、空いているので是非会いたいです』


 文章を打ってすぐに胸がざわついた。教師としての言葉じゃない――慌てて文面を直して送信する。

 奈々美さんとどこに行こうか、どんなことを話そうか。こんな気持ちは久々かもしれない。


『じゃあ今週の土曜日お願いします!』と凛々子さんからの返事。

 胸が弾むのに、罪悪感で心がざわめく。彼女に嘘はついてないけど、本当の気持ちは秘密のままだ。



 ※※※



 (奈々美視点)

 週の半ば、はるくんと時間が合ったので朝一緒に行くことにした。

「奈々ちゃんおはよう」

「おはよう、はるくん」


 曇り空の下、2人の間にもモヤモヤとした雰囲気が漂う。あの夜、一緒に過ごせなかっただけでこんなにもぎこちなくなってしまうなんて。


 私のせいだ……どうしよう。


「奈々ちゃん、その……サークルの方はどう?」

 明らかに話題を作ろうとしているはるくん。気を遣わせたかな。

「うん……みんなで集まることが多くてただ喋ってるだけの時もあるけど、楽しいよ。はるくんは?」

「高校の時よりも気楽だな。今は純粋に楽しんでる」


 ニッと笑う彼を見ても、心の奥に小さな空白ができたように感じる。

 早く……先生に会いたい。

 会って、安心したい。


 いけない……はるくんの前で先生のことばかり考えちゃうなんて。

「あのさ……奈々ちゃん」

「なに?」


「あのことは気にしなくて大丈夫だから。もしかして奈々ちゃん、それで悩んでいるのかなって思って」

 

 ――やっぱりはるくんに気づかれていた。

 あの夜のことは確かに心配だったけど、今はそれよりも……先生のことが頭から離れないなんて、言えない……。


「違うのはるくん……ごめんなさい」

「どうして謝るの?」

「えっと……それは……」


 松永先生のこと、考えてたから……って言えるわけないよ。


「私、頭の中がごちゃごちゃしてる。だけど、はるくんは悪くないから」

 そう……彼は悪くない。

 私が勝手に松永先生のことを……。


 でも……それでも先生に会えるって思うと、心がぐっと満たされるの。今はそうしないと不安でいっぱいなの。


「うん……わかったよ。それじゃあ」

 はるくんは少しうつむいて自分の大学に向かっていった。

 私が何か隠しているように見えたのかな。


「ごめんね……はるくん」


 小さくぽつりとつぶやいて、私も大学へ向かった。



 ※※※

 

 

 昼休みに食堂でひとり、スマホを眺める。確かすみれちゃんの小説、更新されていたような気が――あった。

 イケオジ小説講師との恋愛小説。すでに主人公はイケオジ先生と同棲している……展開が早い。

 

「えっ!?」

 つい声をあげてしまう。主人公とイケオジ先生の休日は朝にお目覚めのキスをして、色々あって……昼にデートして、帰ってからも色々あって……夜も甘々な言葉をかけられて……色々している。


『フフ……君を抱きたくなった』というセリフに顔が熱くなってくる。松永先生のあの低い声で再生されてしまったからだ。

 

「やだ……恥ずかしい」

 自分に言われたわけではないのに、まるで先生が本当にそばにいるような感覚になる。そう思うと身体が変にぴくんと動いた。


 というか、実際に一緒に住んだらこんな感じなのだろうか。あんなことを何回もするの……? ちょっと想像できないよ。

 

 だけど、きっと幸せなんだろうな。先生となら……。


 ん?

 どうして先生?

 待って……私にははるくんがいるのに……。

 この小説を読んでいたら、どうしても松永先生を思い浮かべてしまうよ。


「早く会いたい……先生」



 ※※※



 そして週末となった。

 よく晴れた土曜日――陽射しがキラキラしているように見える。


 午後に待ち合わせなので、ゆっくり服を選んで丁寧にメイクをする。

 先生はどんな格好で来るのかな。隣に並んでも子どもっぽくならないようにしないと。


 心臓のトクンという音が響く。

 こんな気持ち、久々だな。


「……よし、行こう」


 ドアを開けると初夏の空気が頬を撫でて気持ちいい。

 私はワンピースをなびかせて、駅の方へ向かった。


 胸の奥で鳴る鼓動が、風に紛れて消えていく。

 ――この日が、何かを変える気がしてならなかった。

 


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