5. 会いたい気持ち
はるくんの部屋から出て自分の部屋に帰ってきた。
真ん中でひとり、膝を抱えて座り込む――怖かった。男の人ってあんななんだ。お母さんと2人だったし家に男の人がいなかったから、あまりわかっていない。
だけど憧れたことはある。すみれちゃんの書いた小説でやんわりとそういう表現が出てきたこともあって……いいなって思ってた。マンガアプリでもあっさり描かれているものを見て、自分もいつかはって思ってた。
なのにいざ、はるくんにああいう風に迫られると……びっくりしてしまった。唇を押し付けられて力も強くて……どうしようかと焦った。
あのまま彼に委ねていたら、今ごろはきっと――
そう考えると胸の奥が熱くなってきた。変なの……怖いって言ったのに身体ははるくんを求めているような気がして、そわそわしている。
だけど……私のペースでいいんだよね?
なのに……はるくんの彼女としてこれでいいのか、自信がない。
「眠い……もう寝よう」
※※※
――夜中にぱっと目を開くと、そこにはるくんがいた。
「どうして……はるくんが?」
「君がいないと眠れなくて……」
そのまま覆われるように彼に身体を押さえられる。
「きゃっ……あっ……」
「奈々ちゃん……ここが好き?」
何これ……どうなってるの? 動けないよ……。
「いやぁっ……」
「落ち着いて、優しくしてあげるから」
そう言われて唇が重なる。思わず目を閉じると今度は別の声が聞こえてきた。
「奈々美さん……綺麗になったな」
この声は……まさか。
目をゆっくりと開くと――松永先生の顔がすぐそばにある。
「せ……先生。あっ……」
あれ……? さっきのはるくんの時は苦しかったのに、先生だとリラックスできる。
「大丈夫だ、奈々美さん」
そのまま先生に抱き寄せられた。じんわりと優しさが沁み渡る。今の私のままでいいんだよって言われているような気がする。
「先生……私……」
「ん?」
「松永先生のことが……」
先生にしがみつきながらその先を言おうとしても、口が動かない。言いたいのに……言葉にできない。
「奈々美さん……」
そう言いながら先生はだんだん薄くなっていく。
「待って……! 待って先生……」
呼びかけても返事がない。
消えていく先生の輪郭に必死で手を伸ばしたけれど、そこには何ひとつ掴めるものがなかった。
「松永先生っ……!」
※※※
――朝。
日差しがカーテンの隙間から差し込んで目を覚ます。
片付いていないテーブルを見て現実に引き戻された。
「夢だったんだ……どうして先生が……?」
まだ胸の鼓動はおさまらない。私ったら何を考えていたんだろう。あんなことを想像するなんて。
はるくんへの怖いという気持ちと、松永先生に会いたいという思いが交差する。
先生ならこんな私でも……受け入れてくれるのかな?
いや待って、先生はお母さんの恋人だし。私にははるくんがいるのに……なんであんな夢を見ちゃうの?
「もういいや。とりあえず朝ごはん食べよう」
私はベッドからおりてキッチンに行き、買っておいたパンをお皿に乗せる。
そうだ。すみれちゃんの小説に恋人同士で一緒に朝を迎えて、食事をしているシーンもあったな。男の人が朝ごはんを作ってくれて「おはよう」みたいな。
「……もう1回読んでみようかな」
スマホで投稿サイトを表示してすみれちゃんの作品を探す。タイトルは「小説教室のおじさま講師に溺愛されました」――小説教室に行く主人公が講師のイケオジと恋に落ちる物語。
「これきっとすみれちゃんの妄想だよね。あ、これだ」
第7話――主人公に「今日泊まっていくか?」と言うイケオジ。誘われるようにベッドで抱き締められている。
「『私も……先生と同じ気持ちです。先生のことが好きです』って、言ってみたいかも」
ふと、松永先生の顔が思い浮かぶ。先生ってよく見たらイケオジだよね。
私はこのイケオジ講師に松永先生を重ねて想像してみた。もし先生の家でこんなことがあったら……。
「やだ……私も変な妄想しちゃったよ」
いけない……先生にはお母さんがいる。
わかっているのにどうしても考えてしまう。
そのぐらい、今は先生を頼りたいのかな。
少しだけでいいから、松永先生と話したい。
そんなこと……許されるのかな。
でもこのままじゃ……私はずっと立ち止まったまま動けないんじゃないかって思う。
「そうだ、お母さんの娘として交流したいって言えば何とかなるかも」
私はお母さんにメッセージを打つ。
送信ボタンを押したら……松永先生に……きっと会える。
「……送っちゃった」
返事が気になったけど、大学もあるため着替えて準備をして待つ。すると30分ぐらい経ってお母さんからメッセージがきた。
『松永先生、奈々美に会ってくれるって。いつがいい?』
――会えるんだ。
さっきまでズンと重かった心が急にふわりと軽くなった。何を着て行こうかな。どこに連れて行ってもらおうかな。そして……。
色々考えていたら電話がかかってきた。
「もしもし?」
「おはよう奈々美。松永先生と2人で会いたいだなんて……何かあった?」
お母さんの探るような言い方に少し動揺したけど、私はどうにか平静を装った。
「だって、この先のことも考えると仲良くなってた方がいいかなと思って」
「確かにそうね。で、土曜と日曜どっちがいい?」
「できたら土曜かな」
「オッケーわかった。伝えておくね」
はぁ……お母さんは急に電話をかけてくるんだから。
だけどこれで先生に会える。そう思うと、何となく力が湧いてくるような気がした。
「……よく晴れてる」
カーテンを開けて明るい空を見上げる。先生に会えるまで今週も頑張りたい。
胸が弾むのに、罪悪感で心がざわめく。お母さんに嘘はついてないけど、本当の気持ちは秘密のまま。
会いたいのか、確かめたいのか――自分でも答えが出せないまま、週末を待つことになった。




