44. お花見
春の陽射しが眩しい、よく晴れた朝――
「おはよう! 奈々ちゃん」
「はるくん、おはよう!」
玄関のドアを開けると、カジュアルな服装をした彼が待っていてくれた。
「いい天気だね、絶好の花見日和だな」
「うん、満開だろうね」
今日、私たちは有名なお花見公園に行く。お弁当と敷物を持って、気分はまるで遠足だった。
「……というか、毎回奈々ちゃんの家族の団らんに、呼んでもらってるような気がする」
「うん! お母さんも先生も喜んでくれるから」
そう、元々は私が誘われてたんだけどいつも通りお母さんが「竹宮くんもぜひ」と言うので、はるくんも一緒だ。
電車の揺れに身を預けながら窓の外を見ると、あちこちに桜が咲いていて、まるでピンク色の屋根みたいだった。春っていつも新しいことが始まる予感がして、期待が広がってゆく。
「はるくんとは……いつも一緒に桜を見ているね」
「そうだな。もう何回目かな」
今年も彼が隣にいる。
だけど今日の彼はいつもの春より、少し大人びて見えた。横顔に陽が当たり、胸の奥がきゅっと鳴った気がする。
「あ、着いた」
私たちは電車を降りて改札を通り、お花見公園まで歩いて行く。人が多くて賑わっている。桜の写真を撮っている外国人たちも見かけた。
お花見公園の入り口でスマホが鳴る。
「もしもし……お母さん?」
「おはよう奈々美。先に着いたから場所を取っておいたの。入り口からまっすぐ行って右側に曲がった広場にいるわ」
「ありがとう!」
「さすが松永だな。こういうの早めに行きそうだもの」
「うん、きっと先生のおかげだよね」
2人で笑いながら、公園に入り広場に向かった。奥の方に進むと大きな桜の木の近くに、お母さんと先生が座っているのが見えた。
「お母さん」
「奈々美、竹宮くん! おはよう」
「おはようございます」
私たちも敷物をしいてそこに座る。早速お母さんが飲み物を紙コップに注いでくれた。
「すっかり満開ね……ほんと綺麗だわ」
「お母さんとここに来るのも久しぶりだよね」
「そう、奈々美が小さい時に来たっきりよ」
隣でははるくんと先生が話している。
「先生は今年、何年生を教えるんですか」
「3年生だな。また受験生だよ」
「……思い出します。受験生の時に先生と話したことを。もうあれから5年なんだ」
「早いな。竹宮くんは色々と順調そうで嬉しいよ」
5年――はるくんと私も出会って5年になるんだ。ここまで一緒にいられるなんて、当時は思ってもいなかった。
「はい、彼女とも順調です」
はるくんはまるで松永先生にアピールするかのように、そう言った。
「フフ……仲良くするんだぞ」
「もちろんです」
それを聞いて赤面している私。
「いつか奈々美にも、そういう日が来るのね」
「え……?」
「うふふ。楽しみね」
その時、私にも春の風が吹いたような気がした。
お昼になり、お母さんと私は作ってきたお弁当を広げる。
「いただきます」
私が作ったおにぎりやお母さんの作った卵焼きなど、様々なメニューが並ぶ。お母さんと先生はお酒も少し飲んでいた。
「美味しい、奈々ちゃん」
「ありがとう」
はるくんが私の作ったおかずを嬉しそうに食べてくれるのを見て、自分まで幸せになる。ぽかぽかとした陽気のなかで、私たちはたくさん食べてお喋りを楽しんだ。
※※※
「じゃあ、私たちは先に帰るわね」
そう言ってお母さんと先生が帰っていった。桜の木の下、はるくんが私に声をかける。
「奈々ちゃん、少し歩かない?」
「うん」
大勢の人がいるお花見公園を抜けると、桜並木の続く散歩コースがあった。はるくんと一緒に桜を見ながら歩いて行く。
「……桜って飽きないね、はるくん」
「うん……」
一瞬、返事が遅れた気がした。
そう言って彼が見ていたのは桜ではなく――私だった。
「はるくん……?」
まるで時間が止まったかのように、私たちの周りだけ静かになった。
「あ……奈々ちゃん、あのベンチに座らない?」
「うん」
端のほうにある目立たないベンチに2人で腰かける。すぐそばに桜の木があって、花びらがふわりと舞っていた。
「……はるくん、ここ落ち着くね」
「うん……」
「ああいう賑やかな場所も楽しいけど、私はこっちの方が好きかな」
「僕もそう」
気づくと彼が大人しくなっていた。少し緊張した顔つきをしている。
「はるくん……どうかした?」
私が尋ねると、彼はショルダーバッグから何かを取り出そうとしている。
「奈々ちゃん……」
声が、少し震えているようにも聞こえた。
「君に渡したいものがあるんだ」
「え……」
彼の手には、リボンのついた小さめの箱があった。




