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43. 桜まつりにて

 4月――

 春の青空に桜の花が咲き、あたたかい日差しが降り注ぐ。

 また1年が経ったんだ――春が来るたびにそう思う。

 

「おはよう、奈々美!」

「すみれちゃん、おはよう!」

 今日はすみれちゃんの大学の「桜まつり」にやって来た。桜並木が綺麗で、一般の人たちもこの時期は観光に来るらしい。


 キッチンカーが並んで、ステージでもイベントが行われている。こういうお祭りはいつ来てもワクワクする。私たちは、早速クレープを買って食べていた。

 

「いいなぁ。桜が大学で楽しめるなんて」

「まぁ学祭よりは小規模だけど、お花見ができるからこのお祭り、気に入ってるの」

 すみれちゃんが桜の木を見上げる。風に乗って花びらも舞い降りていた。


「そうだ、文芸部はこっちだよ」

 彼女に案内されて文芸部の売り場にやって来た。

「いらっしゃいませー」

 そこには部誌が積んであり、ポスターにはおしゃれな女の子のアニメ風イラストが描かれている。


 私が見ていると、男の人がすみれちゃんに声をかけているのが聞こえた――あの時見せてもらった写真の人だ。

 少し背が高くて、落ち着いた雰囲気。眼鏡越しに柔らかく笑っている。


「こんにちは」と言われて、私も「こんにちは」と言う。

 声も、どこか穏やかだった。

 

「奈々美、先輩の椿野(つばきの)さん。部誌の編集をやってくれたの」

「へぇ……すごいですね。こんなに本格的なのができるなんて」

「ありがとう、読んでくれると嬉しいよ。すみれなんて結構攻めてるからさ」

「ちょ……椿野さんたら、その言い方は恥ずかしいですって」


 照れているすみれちゃん、可愛いな。

 この距離感を見ただけで、ああ……と思う。

 すみれちゃんは、ちゃんと大切にされている。


 私は早速1冊購入した。手に取った部誌の表紙にも魔法使いのイラストが描かれている。早く読みたくなってきた。

「すみれちゃんの作品はイケオジ?」

「ふふ……ここでは異世界恋愛に挑戦したよ。サイトには載ってないの」

「それは楽しみ!」


 そのあとはステージでの軽音楽部のイベントやダンスを見て、すみれちゃんは文芸部の店番に戻って行った。

 私は桜を見ながら帰路につく。



 家に到着しベッドに腰かけて、購入した部誌を広げる。

 部員さんの短編が載っていて、すみれちゃんの作品は「転生した異世界で幼馴染と義父に溺愛されました」というもの。

「これってもしかして……」


 主人公の女の子が異世界に転生し、イケメンの幼馴染の王子と恋に落ちる。そんな中、母親がイケオジの騎士と再婚。その騎士と禁断の恋の沼に沈む。

「わぁ……特徴がはるくんと松永先生にそっくりだ」

 ということは、この騎士は松永先生……?


 そう考えながら読んでいくと、徐々に顔が熱くなってきた。

「いや、これは物語だし。私の話じゃないんだから」

 それでも雨の中、幼馴染と喧嘩して騎士に助けてもらうところはどこか自分と重なる。


「うそ……そうなっちゃうんだ」

 ページをめくる手が止まる。呼吸が少し浅くなる。

 まさか主人公が騎士とも関係を持ってしまうなんて。さすがすみれちゃんだ。

 

 私は顔だけではなく、身体も熱くなってきてしまう。異世界の話なのに、内容がリアルに感じる。

 終始ドキドキしながら読み終わった。結局主人公は王子と結婚したものの、騎士との関係は続いておりお腹の中には――という少し奇妙な終わり方になっていた。


「自分のことじゃないのに緊張した……」

 この話は私の中だけにとどめておこう、と思った。関係ないとはいえ、はるくんには話しづらい。

 

 ベッドにごろんと横になる。

 松永先生と再会したのは1年前だった――あの時は、久々に会えた懐かしさと、肝試しのことも思い出して、妙に意識していた。

 中学生時代にも先生にたくさん助けられたし、大人の男性として素敵だなとも思っていた。


「……もし義父じゃなかったら、好きになっていたかもしれないよね。だけど……」

 それでも、私にはちゃんと今、守るべき恋がある。

 この胸の高鳴りは、尊敬や憧れからくるもの。自分にはないところをたくさん持っているから――きっとそうだ。


 

 その時、インターホンが鳴る。

 応答するとはるくんの声がした。


「はるくん」

「奈々ちゃん、実家に帰ってたんだ。両親から奈々ちゃんにお土産だって」

 そう言って紙袋に入ったお菓子を渡してくれた。

「ありがとう」


 そのまま彼を部屋に入れて、お茶を用意する。

「お父さんやお母さん、元気だった?」

「うん。また奈々ちゃんとも会いたいって言ってた」

 はるくんがお茶を飲んで笑顔で話す。


「兄さんは仕事が忙しいみたいだけど、元気だったよ」

「そうなんだ」

 お兄さんとも話せて、はるくんは嬉しそうだ。


「ん? それって……雑誌?」

 ベッドの上に置いたままの部誌に、はるくんが気づいてしまった。

「あ……こ、これは……」

「奈々ちゃん、怪しい」

「え? いや、あの、イケオジとかじゃなくて……」

 はるくんにじっと見られて固まってしまい、その隙に部誌をさっと取られてしまった。彼はそれをパラパラとめくっている。


「へぇ……この大学の文芸部が発行しているんだ」

「うん、桜まつりに呼んでもらって」

「あれ、菊川さんの作品だ」

 とうとうすみれちゃんのページを発見されてしまう。だけどはるくんが気づくかどうかは……わからないよね。


「わぁ、女性向けって感じ。菊川さんと行ってきたんだね」

「そう。すみれちゃんが文芸部なの」

「すごいな、物語が書けるなんて」

 はるくんはそこまで興味を持っていなかったので、私は少しホッとした。確かにああいう話は女性の方が好きだと思う。


「そういえばさ、ここに来てもう1年なんだな」

「ほんと……早かったね」

「奈々ちゃんの荷物、一緒に片付けてたな」

「あの時は助かったよ」


 そう――はるくんと同じマンションきて、私の大学生活が始まった。慣れないこともたくさんあったけど、彼がいてくれたから、どんな時も心強かった。


 はるくんが私の手をそっと握る。

「次の1年も、その先も……よろしくね。奈々ちゃん」

「うん……」


 外は穏やかな光に包まれて、私たちの背中を押してくれているように感じた。

 遠くで小鳥の声がして、春の午後がやさしく時を刻んでいた。




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