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41. 幸せな1日

 3月に入り、お母さんと松永先生の結婚式が行われた。身内だけの少人数で小さなチャペル。何だか私まで緊張してきちゃう。


「……僕まで呼んでいただけるなんて」

 隣ではるくんが呟く。お母さんが「奈々美が来てくれるなら竹宮くんも」と言って招待してくれた。

「ありがとう、はるくんがいてくれると何だか安心」


 チャペルの白い扉が開いた瞬間、柔らかな風が吹き抜けた。

 春の光が、ヴェール越しにお母さんを包み込む。幸せそうな微笑みが美しく見えた。


 お母さんのドレスは、柔らかなアイボリーのサテン地だった。身体の線に沿って静かに流れるようなスレンダーなライン。袖口と胸元には繊細なレースがあしらわれ、光の角度によって煌めいて見える。

 ヴェールは肩までの短いものを軽く留め、髪には白い小花をひとつ。上品で、大人の女性だからこそ似合う姿がそこにあった。


「お母さん、綺麗……」

 胸がいっぱいになった。私の知っている誰よりも、今日のお母さんが一番まぶしかった。


 そして――松永先生。

 グレーのスーツに身を包んだ彼は、少し緊張したようにお母さんの手を取った。


「か……かっこいい」

 思わず口に出てしまう。

「え……奈々ちゃん?」とはるくんに言われたけれど、私は松永先生のスーツ姿に魅了されていた。

 そういえば中学の卒業式の時も、先生はスーツをビシッと決めていた。背が高くてよく似合っている……。


 2人が並ぶと、周りがふわりと光に囲まれて明るく見える。私は参列席の一番前に座りながら、胸の奥が少し熱くなるのを感じた。

 再婚なんて最初は正直、複雑だった。

 でも――お母さんがこの人といる時だけは、ちゃんと笑う。

 その笑顔を、もう奪いたくないと思った。


「奈々ちゃん、お似合いの2人だね」

「うん、お母さんが幸せそうで良かった」


 誓いの言葉のあと、松永先生が一瞬こちらを見た。

 目が合うと、静かにうなずく。

 “認めてくれてありがとう”――そんな気持ちが伝わってくるようだった。


 式が終わり、花びらが舞う中で3人並んで写真を撮る。

 カメラマンが声をかけた。


「はい、家族の真ん中に娘さん!」


 思わず笑ってしまう。

 お母さんがそっと私の肩を抱いた。


「ありがとう、奈々美」

「うん。お母さん……良かった」


 その瞬間、お母さんの瞳が涙で光った。

 大人になった私が、初めてお母さんを守れた気がした。



 そのあとはアットホームな雰囲気のレストランに移動した。

 白いクロスのテーブルに、淡いピンクの花が飾られている。個室には私たちだけの穏やかな笑い声。

 お母さんと先生がグラスを持ち上げ、静かに微笑む。


 「――乾杯!」


 グラスの音が重なり合い、芸術のようなお料理が並ぶ。口に入れた途端、濃厚な味わいが広がってゆく。

「はるくん……美味しいね」

「うん、こういう所で食べると特に美味しい」


 少しして、私ははるくんと一緒にお母さんと松永先生のところに行った。

「お母さん、松永先生……おめでとうございます」

「ありがとう、奈々美」

「おめでとうございます」とはるくんも言う。


「お母さん、素敵なドレスだね」

 光の中で微笑む姿が、まるで映画のワンシーンみたいだった。

「ふふ……弦くんが選んでくれたのよ」

「え、松永先生が? さすがです」

「フフ、凛々子さんは何でも似合うからな」

 

「あの……先生もかっこいいです」

「ありがとう、奈々美さん」

 先生の笑顔を見て、私は顔を赤らめる。


 そして席に戻ると、はるくんがぽつりと言う。

「奈々ちゃん、松永を褒めてたね」

「あ……つい」

「まぁ、今日ぐらいはいいけど」

 そう言ってドリンクを一気に飲んで強がるはるくんが、少し可愛く見える。


「ふふ……はるくんって可愛い」

「え、ちょっと……」

 グラスを置いた彼の耳が、ほんのり赤くなっていた。



 食事が終わる頃、私から2人へ手紙を読む時間となった。


「……改めまして、今日はお母さんと先生の結婚、本当におめでとうございます。最初に再婚すると聞いたときは、正直ちょっと驚きました。でも、今日のお母さんを見ていたら――“ああ、この人の隣なら安心だな”って、自然に思えました。


 小さい頃、私はお母さんにたくさん守られてきました。泣きたいとき、眠れない夜、いつもそばにいてくれたのはお母さんでした。でも今は、お母さんが誰かに守られて笑っている姿を見て、“幸せになってほしい”って心から思えるようになりました。


 松永先生。

 お母さんは、すぐ無理をしちゃう人だけど、どうかこれからも、その頑張りを隣で笑って見ていてください。そして時々、支えてあげてください。


 お母さん。

 私はもう大学生だけど、これからも一番の味方です。どうか、今度こそ幸せになってね。

 ――本当に、おめでとう」


 言い終えると、少し震えていた手が自然とほどけた。

 お母さんの瞳には涙が浮かび、先生が静かにハンカチを差し出す。

 笑いと拍手がやわらかく響き、レストランの灯りが少し滲んで見えた。



 ※※※



 無事に終わってはるくんとの帰り道。

 お母さんと先生から幸せのお裾分けをいただいて、気持ちがまだふわふわしている。

「奈々ちゃん、いい結婚式だったね」

「うん。一緒に来てくれてありがとう」


「何だかさ、将来を誓い合うって……いいよな」

 そう言うはるくんの横顔が夕陽に照らされて、いつもより落ち着いて見えた。

 はるくんとの将来……考えると胸の鼓動が速くなってくる。


「奈々ちゃん」

 彼の顔が近くて心まで熱くなってしまう。

「いつか、僕たちもさ」

「うん……」


「あんな感じになれると……いいね」


 それはまだプロポーズとまではいかなくても、確かに将来を考えてくれている彼の言葉だった。


「うん……私もそう思ってる」


 2人で笑顔になり、指を絡ませる。

 今日の彼の手はいつもよりもずっとあたたかくて、私をさらに幸せにしてくれるような気がした。


 柔らかな風が頬を撫でて、どこかで春の匂いがした。

 

 

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