40. 冬のある日②
春休み中にカフェのアルバイトを入れた。
「お待たせしました」
寒い季節には、ホットのジンジャーラテが人気だ。私も帰り際に注文することが多い。
ドアの音が聞こえたので入り口に向かうと、そこには笹谷さんが立っていた。一瞬、緊張が走る。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは」
席に案内すると、ジンジャーラテとシフォンケーキを注文してくれた。
何か言われたらどうしよう。
そう思っていたら「梅野さん」と呼ばれる。
「最近、サークルで竹宮くんが生き生きしているんだけど……きっと梅野さんとうまくいってるのね」
はるくんが……?
最近といえば、温泉旅行しか思いつかない。
私はあの夜が頭に浮かび、赤面する。
「ふふ……梅野さん、わかりやすい」
「え……あ、いや……」
「本当に、仲いいんだね。私もそういう相手、頑張って見つけるよ」
笹谷さんは、そう言って笑った。
もう、はるくんたら……正直なんだから。
でもそういうところが……好き。
「梅野さん、レジお願い」
「あ、はい……」
夕方になり、バイトが終わる時間となった。
「お先に失礼します」
店を出ると、そこにははるくんがいた。そういえば今日はこの時間までバイトだって伝えていたっけ。
「奈々ちゃん、お疲れ様」
「はるくんもお疲れ様」
彼も春休み中にジムでアルバイトをしている。もう私はジムに通っていないんだけど……。
「今日ね、笹谷さんが店に来てくれたよ」
「そうなんだ」
「で、はるくんが最近生き生きしてるって」
「……え?」
彼の顔が少し赤くなるのを、私は見逃さなかった。きっと夕陽のせいだけではない。
「そんなにわかりやすいかな……僕」
「ねぇ……どうして生き生きしてたの?」
私がいたずらっぽくはるくんの顔を覗き込むと、彼はさらに照れていた。
「それは……その……ここでは言えないというか」
「ふぅん」
さらに寄り添うと彼は小さく笑う。
男の人ってやっぱりそういう欲望があるんだな……。
けれど、私も満たされていた。
恋をしたからって、すぐに大人になれるわけじゃないけど――それでも、きっと少しずつ近づける気がした。
「はるくん……」
「ん?」
「……大人ってきっと色々あるんだよね?」
「うーん……そうだな。けど……」
彼が私の方を向く。
「きっと楽しいことも待ってるよ」
「……うん」
「奈々ちゃんといられるなら……僕は大丈夫」
彼が隣にいてくれるなら、きっと私も。
「私も……はるくんと一緒なら」
マンションまで戻ってきた。
するとそこには、見覚えのある後ろ姿が――
「……お母さん?」
「奈々美! こっちに用事があったから来ちゃったわ。あら、竹宮くんも来たの?」
私は大事なことに気づく。
はるくんと部屋が隣同士だとは……言ってない。
彼もそれを察したようで固まっている。
「あ……お母さんあのね、実は……」
「ん?」
「彼とは部屋が隣同士なんだ。偶然だったの」
お母さんは驚いた表情を見せる。
「え? じゃあ、たまたま一緒のマンションだったお友達がいるって言ってたのは……」
「そう、はるくんのこと」
「……そういうことだったのね」
はるくんは慌てて言う。
「すみません。大学の最寄り駅が一緒だったので、僕が奈々ちゃんと同じマンションがいいって言ったんです」
お母さんはふぅと息をつくと、穏やかな顔になる。
「きっと私も同じ立場だったらそうしていたわ。家を行き来すれば、デート代も浮くし……それに、ふたりが無理なく過ごせる距離にいるって、案外大事なのよ」
私はほっと胸を撫で下ろす。
「そうだ。これ、持ってきたの。弦くんと私からバレンタインのお返し。忘れそうだから先に渡しておこうと思って」
お母さんはピンク色の紙袋を見せる。中身はボディクリームやハンドクリーム、バス用品のセットだった。
「こんなにたくさん、嬉しい……ありがとう、先生にもよろしくね」
「うん、じゃあそろそろ行くわね」
お母さんは手を振って駅に向かった。
「……はぁ、焦っちゃった」と思わず口に出る。
「親には、言いにくいよな」とはるくんも言う。
「うん、けど今日言えて良かったよ」
「それでさ……奈々ちゃん」
はるくんは私の持っている紙袋をじっと見つめる。
「チョコレート、松永にもあげたの?」
あ……気づかれたかな。
すみれちゃんの言ったとおり、松永先生にバレンタインチョコを渡したこと……はるくんが嫉妬している。
「うん、お母さんと先生にあげたの。感謝の気持ちを込めて」
「そうなんだ」
実はお母さんにもチョコレートを買ったのは、こう言いたかったのもあるんだよね。2人にあげたら何とも思われないかなと思って。
だけど――松永先生のために、渋くて落ち着いたブランドのチョコを選んだことは、ひみつ……。
「どんなチョコをあげたの?」
「え?」
私の考えていることがわかったのだろうか。心臓の音が速くなる。いや、別に普通のチョコを選んだだけなんだから……。
「紺色の包み紙だったけど……何というブランドか忘れちゃった」
するとはるくんは私をそっと抱き寄せる。
「……情けないよな。松永は君のお父さんでもあるのに」
「はるくん……」
「でも……どうしても気になってしまうんだ。奈々ちゃんが慕うのはわかるんだけど」
私は彼の顔を見て話す。
「……そういうところも含めて、私ははるくんが好きだから」
「奈々ちゃん……」
「けど自信持って欲しいな。はるくんはこんなに素敵なんだもの」
「うん……ありがとう」
寒い中でぬくもりを味わいながら、私は彼の背中に手を回してポン、ポンと叩いた。
はるくんは大丈夫だよ、と励ますように。




