34. 年末
年末、私たちは互いの実家へ向かっていた。
冬枯れの街を眺めながら、電車にゆられていると――。
「……奈々ちゃんの実家は、松永の家になるのか」
ぽつりとはるくんが呟いた。
「うん、ちょっと緊張しちゃうよ。先生と一緒って」
はるくんの眉が微かに上がる。きっと私がひとつ屋根の下で先生と暮らすこと、気にしてるんだろうな。
「僕より先に奈々ちゃんと一緒に住むなんて。やっぱりあの頃から松永は僕のライバルだよな」
「あの頃って……もしかして中学の時から?」
彼はハッとした顔をする。
「あ……いや……その……」
「ふふ。はるくんたら。これから何かあったら先生に相談しちゃお」
「え、それだけはやめて……」
「ハハ……」
電車はガタンゴトンと揺れながら、都会を抜けて私たちの地元に向かって走っていく。
「……はるくんの実家に行くのドキドキするな」
年明けには、互いの実家に挨拶しに行くことになった。これって親公認の仲ってことになるんだよね?
「大丈夫だよ、奈々ちゃんならきっとうちの両親も気に入ってくれる」
彼の両親は厳しかったと聞いている。果たして受け入れてもらえるのか……少し心配だ。
「僕も奈々ちゃんの実家とはいえ、松永の家に行くって……不思議な感じ」
「ほんと、中学の副担任の家に行くんだもんね」
「――でも一番気になるのはさ」
そう言ってはるくんが私の手を握る。
「……奈々ちゃんが、松永の家にいることだから」
「やっぱり。それは大丈夫だよ、私を信じて」
「うん、信じる。けど……あぁ……」
「……はるくんたら。ふふ」
※※※
電車を降りて、はるくんも自分の実家に向かって行った。私は松永先生の家――実家に到着した。
「……ただいま」
「おかえり、奈々美。お疲れ様」
お母さんが玄関に来てくれた。
リビングには松永先生もいる。
「おかえり、奈々美さん」と声をかけてくれた。
私がお母さんと話している間、先生は静かに席を外して、ときどき微笑みながら会話を聞いていた。それがちょうど良くて、私は安心してここで過ごすことができた。
「……で? 竹宮くんとはどうなの?」
にやりと笑いながらお母さんが尋ねる。
「えーと……仲は、いいです……」
「あらそうなの〜! クリスマスはイルミネーションでも見に行ったとか?」
「いや……今年はいいかなって」
「なるほど。今年“は”ってことは……これまでに一緒に見てたのね」
図星である。これだからお母さんには彼のこと、黙ってたのに。
「けどまさか、あの竹宮くんと付き合ってたなんてね。かっこいいから、保護者の間でも話題になるぐらいだったのよ」
私もまさか彼と両想いになれるとは思ってなかった。人生って何が起こるかわからないな……。
※※※
夕飯を3人で食べている。少し慣れないけど、お母さんが幸せそうだからいいかな。松永先生がいるからか、ちょっと凝ったおかずが出てきて嬉しい。
「フフ……凛々子さん、奈々美さんが帰ってくるから張り切って作ったんだな」
「ちょ、ちょっと……それじゃあまるでいつも手抜きしてるみたいじゃないの」
ん? 私がいるからこんなに色々作ってくれたの? 無理しなくていいのに……けど、嬉しいな。
「お母さん、ありがとう。てっきり先生がいるからだと思ってた」
「……まぁ、普段は無理せずにしてるから♪」
その後お母さんがお風呂に入っている間に、私は松永先生と話をした。
「先生……お母さんのこと、ありがとうございます」
「こちらこそ受け入れてくれてありがとう。奈々美さん」
先生が淹れてくれた紅茶の香りが部屋に広がる。
「お母さん、前より表情が明るくて。安心しました」
「そうか。凛々子さんはよく奈々美さんの話をしてくれるぞ」
「え? そうなんですか」
「だから今日は君に会えて、すごく嬉しそうだ」
そう言われるとちょっと照れくさい。私も久々にお母さんと会えてホッとしている。
お母さんのことを優しく見守ってくれる松永先生は、やっぱりいい先生だな……。
その時――私のスマホが鳴った。
画面には、はるくんの表示。
「……もしもし?」
「あ、奈々ちゃん……あのさ……」
「……」
「……松永と何ともないよね?」
思わず吹き出しそうになる。
ちょうど松永先生と2人っきりなのですが。
けれど、それを言うとすぐ飛んできそうなので……言わないでおこう。
「……何もないよ、先生がいてお母さん嬉しそう」
「それなら良かった」
電話口でふぅと息を吐く音が聞こえる。
「あ……でさ、年明けのことなんだけど……」
はるくんの実家に行く時間を教えてもらい、電話を切った。
松永先生が紅茶を口にしてフフっと笑う。
「……愛されてるな。奈々美さん」
「え……どうなんでしょうね……あはは」
まさか先生が疑われていますだなんて、口が裂けても言えない。
※※※
大晦日――
お母さんが作った年越しそばの上には、かき揚げと刻みねぎ。毎年同じなのに、これを食べると「今年も終わるんだな」と思う。
お母さんと2人で過ごすのもいいけれど、先生と3人でこの家にいるのも心地よかった。
そしてお母さんと先生の仲睦まじい様子を見て、両親が揃うってこんな感じなのかな、と思った。
今年は大学生になって、初めてのことがたくさんあった。お母さんから先生を紹介されたり、はるくんとすれ違いがあったり、多くのことがあった1年だった。
来年も私は色々と揺れているかもしれないけど――きっといい年になるよね。
ほんのり甘いつゆが、心の奥まで染みていく。湯気の向こうに揺れる灯りが、家族のぬくもりのように優しかった。




