31. 冬の嵐
(竹宮くん視点)
12月――街はクリスマスムードで賑やかだ。風が冷たいけど、あちこちで明かりがあたたかく灯る。
大学の帰りにカフェでも寄ろうかと思って前を通ると、店内には奈々ちゃんが――と思ったら。
一緒にいるのは……誰だ?
店に入って様子を見る。サラサラの髪で優しそうな雰囲気の男の人。僕たちと歳はあまり変わらなさそうだ。同じ大学の人だろうか。
ひとつ気になるのは、向かい合わせではなくなぜか隣同士で座っている。ボックス席なので距離が近い。肩が触れそうなぐらいに。
「いらっしゃいませ、おひとりですか?」
「あ……知り合いがいて」
僕は奈々ちゃん達の席に歩いて行く。改めて見るとやっぱり……くっつき過ぎだ。
「……奈々ちゃん?」
「あ、はるくん……」
「たまたま、見かけて」
「あの、彼氏のはるくんです。はるくん、こちらは美術サークルの先輩で柿本さん。この前の展示にも一緒に参加したの」
“一緒に”参加した、か。
その言い方にモヤモヤしてしまう。
結局、僕も席についてコーヒーを注文した。
というか何で、そっち側に奈々ちゃんと柿本さんが並んでいるんだよ。まぁ僕があとから来たから仕方ないけど、さっきから2人の距離が近すぎて気になってしまう。
「ほら、絵画展に幻想的な海の作品あったでしょ? あれを描いたのが柿本さんなんだよ」
奈々ちゃんが少し興奮気味で教えてくれる。そうだ、あの絵は気になってたんだよな。奈々ちゃんの作品の次に。
「そうだったんだ……すごいですね」とだけ言ってみた。
「ありがとう、見てくれて嬉しいよ」
柿本さんの和やかな笑顔に癒されそうだ。何だろう、不思議な魅力のある人だな。
「竹宮くんは、何か運動しているの?」
「あ……卓球をしていて。大学入ってからはサークルで軽くやるぐらいですが」
そう言うと彼は興味深そうに、僕のほうをジロジロと見ている。
「……いい、筋肉だな」
「え?」
これには僕も奈々ちゃんも驚いて固まっていた。
何といえばいいのか分からず「あ、ありがとうございます……」と、とりあえずお礼を言っておく。
※※※
コーヒーを飲み終わって柿本さんとも別れ、奈々ちゃんとの帰り道。
「柿本さんはね、先輩の中で一番話しやすいの」
「わかる、優しそうだし」
最初は奈々ちゃんと距離が近すぎると思ったけど、穏やかでとても喋りやすい人だった。
奈々ちゃんは僕の方を見つめながら腕を組んでくる。
「なんかさ、後半ずっとはるくん見られてたよね」
「……そうかな」
「はるくんのこと、気に入ってたと思うよ」
彼女はそう言っていたけど、僕は背筋が一瞬冷えたような気がした。冬の寒さのせいだけではない。
「奈々ちゃんだって好かれてるんじゃない? 最初……席が隣同士で近くて、ちょっと嫉妬してた」
「え? もうはるくんたら。3人で来てて、途中で1人帰ったからだよ」
何だ……そういうことか。
僕は胸の奥がゆるんでいくのを感じた。
※※※
翌日――
大学の帰り道。後ろから「竹宮くん!」という声が聞こえた。
「……柿本さん?」
「やぁ、偶然だね。嬉しいよ」
爽やかな笑顔に心臓の音が響く。
「……卓球の全国大会で優勝? それはすごいね。竹宮くん」
「はい……高2の時に。あの時が一番ピークだったかも」
気づいたら、僕は柿本さんに卓球部時代の話をしていた。
「きっと竹宮くんのことだから、活躍したんだろうね」
「仲間にも恵まれていました」
久しぶりに卓球の話を誰かに聞いてもらった。何だか身体もあったまってきたな。
「……ねぇ竹宮くん。良かったら連絡先交換しない?」
「いいんですか?」
柿本さんは僕の肩に手を添えて耳元で囁く。
「うん。もっと君の話……聞きたいな」
思わずぴくんと肩が震える。
だけど……嫌じゃなかった。
連絡先を交換して家に帰る。スマホの画面に柿本さんの名前。
まだ2回しか会ってないのに……話がたくさんできたな。まるで本当の兄みたいな雰囲気。
「……いけない。何考えてるんだろう、僕」
外では相変わらず冬の風が吹き、街中を抜けていく。
※※※
それから、僕は柿本さんと一緒に帰ることが増えていった。帰りにカフェに寄ることもあって、色々な話をするようになった。
僕にも3つ上の実の兄はいるが――兄は小学生の頃から勉強漬けになって、高校生の頃に引きこもりになってしまい、小さい頃に遊んだ記憶がほとんどない。
兄が専門学校に通うようになってからは少しずつ外に出ていたが、その頃自分は高校生で忙しく、必要以上に話すこともなかった。
だからだろうか――本当は兄さんともっと話したかったんだ。
柿本さんと話していて、そのことにようやく気づいた。
僕は誰かに“兄のように”頼りたかったのかもしれない。
「兄さん、元気かな」
公園のベンチでふいに僕がつぶやいた。
「きっとお兄さんは、自分の人生を歩むことができているんだよ」と柿本さんが言う。
「僕、兄さんと話したいだなんて、子どもみたいだ」
すると柿本さんは僕の頭にポンと手を乗せる。
「そんなことない……寂しかったんだね」
「柿本さん……」
「これからは、僕のことをお兄さんのように思ってくれていいから」
そう言われて肩を引き寄せられる。
あったかい……安心する。
僕は柿本さんに寄り添いながら、ゆっくりと目を閉じる。髪を優しく撫でられると、だんだん心地よくなってきた。
いつの間にか、心の奥の冷たい部分まであたためられていくような気がした。
――けれど、そのやさしさの温度が、少しだけ違う気もしていた。
次の瞬間、頬にふわっと何かが触れた。
――え?
「か……柿本……さん!?」
彼は変わらず微笑んでいる。
その時だった。
後ろの方でガサゴソと音がする。
振り向くとそこには――
凍ったように、世界が止まった。
冬の風が、彼女の髪を揺らしている。
「……奈々……ちゃん!?」
「はるくん……」
彼女が目を見開いて立っている。
「……っ」
奈々ちゃんは顔を赤くして、その場から走って行ってしまった。
「待って……! 奈々ちゃんっ……あ、柿本さん今日はこれで失礼します!」
僕は彼女を追う。
冷たい風に頬を叩かれながら、ひたすら足を動かす。
柿本さんに……頬にキスされた。
訳がわからない。
そんなつもりなんてないのに……。
でも、兄さんと話せなかった僕にとっては甘えられる存在だった。あの人になら何でも話せた。
だけど、僕の好きな人は奈々ちゃんだ。
それだけは、誰にも譲れない――冬の風の中でも。




