表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/45

31. 冬の嵐

 (竹宮くん視点)

 12月――街はクリスマスムードで賑やかだ。風が冷たいけど、あちこちで明かりがあたたかく灯る。


 大学の帰りにカフェでも寄ろうかと思って前を通ると、店内には奈々ちゃんが――と思ったら。


 一緒にいるのは……誰だ?


 店に入って様子を見る。サラサラの髪で優しそうな雰囲気の男の人。僕たちと歳はあまり変わらなさそうだ。同じ大学の人だろうか。

 ひとつ気になるのは、向かい合わせではなくなぜか隣同士で座っている。ボックス席なので距離が近い。肩が触れそうなぐらいに。


「いらっしゃいませ、おひとりですか?」

「あ……知り合いがいて」


 僕は奈々ちゃん達の席に歩いて行く。改めて見るとやっぱり……くっつき過ぎだ。


「……奈々ちゃん?」

「あ、はるくん……」

「たまたま、見かけて」


「あの、彼氏のはるくんです。はるくん、こちらは美術サークルの先輩で柿本(かきもと)さん。この前の展示にも一緒に参加したの」


 “一緒に”参加した、か。

 その言い方にモヤモヤしてしまう。


 結局、僕も席についてコーヒーを注文した。

 というか何で、そっち側に奈々ちゃんと柿本さんが並んでいるんだよ。まぁ僕があとから来たから仕方ないけど、さっきから2人の距離が近すぎて気になってしまう。

 

「ほら、絵画展に幻想的な海の作品あったでしょ? あれを描いたのが柿本さんなんだよ」

 奈々ちゃんが少し興奮気味で教えてくれる。そうだ、あの絵は気になってたんだよな。奈々ちゃんの作品の次に。


「そうだったんだ……すごいですね」とだけ言ってみた。

「ありがとう、見てくれて嬉しいよ」

 柿本さんの和やかな笑顔に癒されそうだ。何だろう、不思議な魅力のある人だな。


「竹宮くんは、何か運動しているの?」

「あ……卓球をしていて。大学入ってからはサークルで軽くやるぐらいですが」

 そう言うと彼は興味深そうに、僕のほうをジロジロと見ている。


「……いい、筋肉だな」

「え?」

 これには僕も奈々ちゃんも驚いて固まっていた。


 何といえばいいのか分からず「あ、ありがとうございます……」と、とりあえずお礼を言っておく。



 ※※※



 コーヒーを飲み終わって柿本さんとも別れ、奈々ちゃんとの帰り道。

「柿本さんはね、先輩の中で一番話しやすいの」

「わかる、優しそうだし」

 最初は奈々ちゃんと距離が近すぎると思ったけど、穏やかでとても喋りやすい人だった。

 

 奈々ちゃんは僕の方を見つめながら腕を組んでくる。

「なんかさ、後半ずっとはるくん見られてたよね」

「……そうかな」


「はるくんのこと、気に入ってたと思うよ」

 彼女はそう言っていたけど、僕は背筋が一瞬冷えたような気がした。冬の寒さのせいだけではない。


「奈々ちゃんだって好かれてるんじゃない? 最初……席が隣同士で近くて、ちょっと嫉妬してた」

「え? もうはるくんたら。3人で来てて、途中で1人帰ったからだよ」

 何だ……そういうことか。

 僕は胸の奥がゆるんでいくのを感じた。



 ※※※



 翌日――

 大学の帰り道。後ろから「竹宮くん!」という声が聞こえた。

「……柿本さん?」

「やぁ、偶然だね。嬉しいよ」

 爽やかな笑顔に心臓の音が響く。


「……卓球の全国大会で優勝? それはすごいね。竹宮くん」

「はい……高2の時に。あの時が一番ピークだったかも」

 気づいたら、僕は柿本さんに卓球部時代の話をしていた。

「きっと竹宮くんのことだから、活躍したんだろうね」

「仲間にも恵まれていました」


 久しぶりに卓球の話を誰かに聞いてもらった。何だか身体もあったまってきたな。

「……ねぇ竹宮くん。良かったら連絡先交換しない?」

「いいんですか?」


 柿本さんは僕の肩に手を添えて耳元で囁く。

 

「うん。もっと君の話……聞きたいな」


 思わずぴくんと肩が震える。

 だけど……嫌じゃなかった。


 連絡先を交換して家に帰る。スマホの画面に柿本さんの名前。

 まだ2回しか会ってないのに……話がたくさんできたな。まるで本当の兄みたいな雰囲気。


「……いけない。何考えてるんだろう、僕」

 外では相変わらず冬の風が吹き、街中を抜けていく。



 ※※※



 それから、僕は柿本さんと一緒に帰ることが増えていった。帰りにカフェに寄ることもあって、色々な話をするようになった。

 

 僕にも3つ上の実の兄はいるが――兄は小学生の頃から勉強漬けになって、高校生の頃に引きこもりになってしまい、小さい頃に遊んだ記憶がほとんどない。

 兄が専門学校に通うようになってからは少しずつ外に出ていたが、その頃自分は高校生で忙しく、必要以上に話すこともなかった。


 だからだろうか――本当は兄さんともっと話したかったんだ。

 柿本さんと話していて、そのことにようやく気づいた。


 僕は誰かに“兄のように”頼りたかったのかもしれない。


「兄さん、元気かな」

 公園のベンチでふいに僕がつぶやいた。

 

「きっとお兄さんは、自分の人生を歩むことができているんだよ」と柿本さんが言う。

「僕、兄さんと話したいだなんて、子どもみたいだ」


 すると柿本さんは僕の頭にポンと手を乗せる。

「そんなことない……寂しかったんだね」

「柿本さん……」


「これからは、僕のことをお兄さんのように思ってくれていいから」

 

 そう言われて肩を引き寄せられる。

 あったかい……安心する。

 僕は柿本さんに寄り添いながら、ゆっくりと目を閉じる。髪を優しく撫でられると、だんだん心地よくなってきた。

 

 いつの間にか、心の奥の冷たい部分まであたためられていくような気がした。

 ――けれど、そのやさしさの温度が、少しだけ違う気もしていた。

 

 次の瞬間、頬にふわっと何かが触れた。


 ――え?


「か……柿本……さん!?」


 彼は変わらず微笑んでいる。


 その時だった。


 後ろの方でガサゴソと音がする。

 振り向くとそこには――


 凍ったように、世界が止まった。

 冬の風が、彼女の髪を揺らしている。


「……奈々……ちゃん!?」


「はるくん……」

 彼女が目を見開いて立っている。


「……っ」

 奈々ちゃんは顔を赤くして、その場から走って行ってしまった。


「待って……! 奈々ちゃんっ……あ、柿本さん今日はこれで失礼します!」


 僕は彼女を追う。

 冷たい風に頬を叩かれながら、ひたすら足を動かす。


 柿本さんに……頬にキスされた。

 訳がわからない。

 そんなつもりなんてないのに……。


 でも、兄さんと話せなかった僕にとっては甘えられる存在だった。あの人になら何でも話せた。


 だけど、僕の好きな人は奈々ちゃんだ。

 それだけは、誰にも譲れない――冬の風の中でも。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ