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3. 揺れる心

 翌日――

 連休中のショッピングモールは人であふれていて、少し浮き立つ空気。だけど私の胸の中は重くて、歩くたびに足取りが沈んでいくようだった。

 

 向こうからすみれちゃんが来る。彼女は明るい茶髪がよく似合っていて、男性陣が皆注目している……いつ見ても可愛い。高校と大学は別だけど、地元の友だちということで私たちは定期的に会っている。


「奈々美ー! 久しぶりだね! 元気?」

「うん、元気だよ」

「で? 彼氏と何かあった?」

「いや……そういう話じゃないんだけど……」


 ショッピングモール内のレストランで、早速私はすみれちゃんに話をした。


「えっ……松永って、あの松永!? ちょ、ちょっと声大きかった?」

「すみれちゃん、落ち着いて」


 案の定、すみれちゃんはめちゃくちゃ驚いていた。

 まるで世界がひっくり返ったようなリアクションだ。


「奈々美、その話……小説になりそう」

「あ……」


 すみれちゃんは某小説投稿サイトで活動しているアマチュア小説家だ。イケオジが出てくる恋愛小説をたくさん書いていて、私は最初の読者としてずっと応援している。

 

「……って、これ小説になりそうな話?」

「そうよ。例えばさ……」

 すみれちゃんはテーブルに肘をついて身を乗り出し、豊かな想像力を発揮しはじめた。

 

「今って転生モノが流行ってるから『転生したら奈々美でした 〜イケメン同級生とイケオジ義父に溺愛されて困っているのに薔薇色の人生歩みます〜』っていうタイトルとか」


 私は目を見開いて固まってしまう。どうして転生? というかイケオジ義父って……まさか先生!?

「お待たせしました。パスタセットです」という店員さんにも気づけないぐらい動揺してしまった。


「待って待って。転生は別として、先生が義父になってるってことは……」

「そう。松永先生と奈々美のママが結婚したらのハナシ」

「いきなりそこから……?」


「多分世の女性読者は、一度は奈々美に転生したいと思うんじゃない? 中学時代にイケメンの竹宮くんから好かれてそのまま付き合って、中学時代のイケオジ先生が義父になってさらに愛されるのよ?」


「いや……愛されるなんて」


 そう言いながらも、嫌な気がしないのはどうしてだろう。

「まぁこれは冗談よ冗談……ってまさか奈々美、もしかして松永のことを?」


 すみれちゃんに核心をつかれた。

 一気に顔が熱くなってくる。

 

「うーん……先生のことは肝試しの思い出だけにしようって思ったのに……実際会うと気になってしまって」

「それって、恋?」

「え!? いや……でも……」


 すみれちゃんはパスタをフォークでくるりと絡めながら、私の方をじっと見る。

「わかるよ……大人の包容力だよね。さりげない優しさがある」

「そう、優しいの……お母さんにも、私にも」


 私は胸の奥がぎゅっとなってしまう。先生はいつも気を利かせて声をかけてくれて、安心感がある――。


「けど、竹宮くんがいるでしょ?」

「そうなんだけど……」

 はるくんのことを思い浮かべた私には、少し罪悪感が芽生えていた。彼はかっこいいだけじゃなくて、優しくて一緒にいると楽しくて、時々甘えてくるのがまた守りたくなっちゃうというか……。


「はるくんも優しいんだけどなぁ」

「じゃあいいじゃないの」

「だよね」


 そう……何も心配することなんてない。

 私には、彼がついているんだから。


「あたしはさぁ、松永を“推し”として楽しむ分にはいいと思うよ」

「そっか“推し”か……」

 すみれちゃんは中学の時から松永先生のファンだったっけ。私も一緒に職員室に行ってたな……。


「それにしても竹宮くんって中学の時から一途だよね」

「え?」

 いきなり前の話が出てきて驚いてしまった。

 

「中3の秋ぐらいだっけ。竹宮くん、奈々美ばっかり見てたよ」

「そ……そうなの?」

「うん。何人か気づいてたけど、受験でそれどころじゃなかったから」


 私はまた顔が赤くなりそうだった。

 はるくんが私のことを……?


「けど松永もさぁ、奈々美のこと見てたよね」


 それを聞いてさらに心臓の音が響く。

 先生が私のことを……?


「た……多分、お母さんの娘だからかな」

「だとしてもさ、女子にとっては気になるよね。あたしてっきり、肝試しで松永と何かあったって思ってたんだから」


 肝試し、と聞いてまたあの時のことを思い出してしまう。ずっと手を繋いでくれて「大丈夫だ」って励ましてくれたこと。

 だけど先生にとっては、生徒を不安にさせたくないだけだよね。でもああいう風に手を握られると、女子はドキドキしちゃうんだから。


「肝試しでは何もないから。けど……手は繋いでくれた」

 すみれちゃんはアイスティーを吹き出しそうになっている。

「手って……! もうそれは絶対意識しちゃう」

「私、初めて手を繋いだ男の人って先生だったの」

「わぁ……それ、竹宮くんに言ったら嫉妬に狂いそう」

「言えるわけないよ」


 松永先生の手は大きくて、私の手をあたたかく包み込んでくれて、それだけで肝試しの怖さがましになっていた。


「それも奈々美の思い出だよね。けどそういうことがあったら、確かに先生のこと気になっちゃうかも。しかもお母さんの相手って……目の前にあるケーキをずっと我慢しているようなものだよ」


 そう、すぐ近くにいるのに先生の元へ行けないもどかしさがあって……ってあれ? 私ったら“先生の元へ”だなんて何考えてるんだろう。

 

「先生が近くにいるって思ったらドキドキしてきちゃった……」

「奈々美……」


 すみれちゃんに話せばすっきりすると思ってたのに、余計に切なくて苦しくなるなんて。


「難しいよね。親のこともあるけど自分の気持ちもよくわからなくなるって……ゆっくり考えたらいいんじゃない? 急かされてるわけじゃないんでしょ?」

「うん。私の気持ちを優先してくれるって」

「それで『私だって松永先生が好きなんです!』ってなったら大変そうだけど」

「それは……ないはず」


 否定したつもりだけど否定し切れない自分。

 胸が苦しいよ……。


「話聞くぐらいなら、いつでもできるから」

「ありがとう」


 

 ショッピングモールを出ると、灰色の雲が空を覆い隠していた。心の内に残る揺れは、ますます強くなっている。

 結局先生への気持ちを確かめることになっちゃうなんて。ため息をつきながら家に帰ってスマホを見ると、メッセージが来ていた。


『奈々ちゃん、明日夕飯一緒にしよ』


 はるくんからのお誘いだ。

 私はすぐにオッケーの返信をした。

 そうだ、私の隣にははるくんがいる。


 でも画面を見つめながら考えてしまう――幸せなのに、どうして先生の顔が浮かんでしまうんだろう。

 

 その答えを、私はまだ見つけられずにいる。


 

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