28. 家族になる
次の週末、私は実家に帰った。10月も下旬になり、随分涼しくなってきた。所々でほんのり木々の紅葉が見られる。
「ただいま」
「おかえり、奈々美」
お母さんがお茶とお菓子を持ってきてくれた。
「もう身体は大丈夫なの?」
「うん、夜もぐっすり眠って寝坊するぐらいよ」
「私がいないと起きれないんだから……」
「あはは……」
そうだ、今日はお母さんに大事な話があったんだ。
「お母さん……あのね、松永先生のことなんだけど」
「うん……」
お茶を飲んで落ち着いてから、お母さんの方を向く。
「ようやく自分の中で整理できたの、お母さんと松永先生のこと。私はお母さんが幸せになるなら、先生と一緒になってもいいと思うよ」
「奈々美……」
お母さんは口をおさえ、少しだけ涙ぐんでいる。
「ありがとう……たくさん考えてくれたのね」
「うん、時間かかっちゃってごめん」
「いいのよ、奈々美の気持ちだって大切だから」
嬉しそうに笑うお母さんを見て、私も幸せな気持ちになった。
「だからさ、もうお母さんが無理しないように先生に見張っててもらうから」
「えー? うそ……それは……」
「そう言ってるけど、ちょっと嬉しかったでしょ?」
「……否定しません」
「ハハ……」
お菓子を食べながら、私はお母さんに尋ねる。
「ねぇ、好きな人と一緒に住むってどんな感じなの?」
お母さんは少し驚きながらも、「そうね……」と言っていた。
「日常生活を共に送るって感じかな」
「え? もっとロマンチックなものだと思ってた」
そう言うとクスッと笑われる。
「まぁ、最初の数ヶ月はそうかもしれないけど、徐々に日常になってゆくの。恋人同士のときとは違って大変なこともあるけど、一緒に乗り越えていくパートナーよね」
そうなんだ。甘い新婚生活って聞くからもっと派手なものだと思ってたけど……まぁそうか。
「……奈々美にもそういう人がいるの?」
「え? いや……そんな人っ……まだ……」
「ふふ。顔が赤くなってるわよ」
「うそっ……!」
はるくんのことが頭に浮かんだけど、恥ずかしくてまだお母さんには言えない。あ、先生にはバレていると思うけど。
「奈々美の選ぶ人はきっと素敵な人ね」
「え……そうかなぁ……」
いつか、私もはるくんと一緒になれる日が来るのかな。
そう思うと、胸の奥がくすぐったくなってきた。
※※※
(松永先生視点)
凛々子さんの家に行ったある日のこと。
彼女から大事な話があると言われた。
ソファに横並びになって座ると、彼女の髪がふわりと揺れた。
「弦くん、この前奈々美が来てくれたの」
「良かったな」
「……それでね、私たちが一緒になってもいいって言ってくれたの」
奈々美さんが認めてくれたのか、俺たちのことを。
夢のようだ……凛々子さんと一緒になれるなんて。
「そうか……奈々美さんが……」
「うん、だから弦くん……私……あなたと……」
「……俺から言わせてくれないか?」
「え……」
深呼吸をすると、部屋の中がしんと静かになる。
彼女が俺をじっと見つめている。
「……凛々子さん、俺と……結婚してください」
一瞬、時計の音さえ止まったように感じた。
「……はい。お願いします」
2人で笑顔になり、そのまま抱き合った。
この瞬間から凛々子さんと共に歩んでいく――そう思うと、幸せが込み上げてくる。
「嬉しい……弦くんとずっと一緒になりたかったんだから」
「俺もだ……もう離さないから」
「うん……!」
それから少しずつ凛々子さんの家の荷物をうちに運んだ。俺の家にある古い家具を買い替えながら、2人の新生活に向けて準備を進めて行った。
――11月に入ってから俺たちは入籍する。
「これからもよろしくね、弦くん」
「こちらこそ、凛々子さん」
市役所からの帰り道、赤く色づく紅葉を眺めながら俺たちは手を繋いで家に向かっていた。
※※※
11月中旬になり、奈々美さんが家に来てくれた。
「お邪魔します……」
少し緊張しているようだ。
「奈々美、おかえり」と凛々子さんが言う。
「彼の部屋が広いから、いったんはここに住むことになったの」
「じゃあ私の実家ってここになるの?」
「そうよ、奈々美の部屋もあるわ」
「本当?」
俺は奈々美さんを部屋に案内した。もともと部屋は余っていたので、彼女の部屋にちょうど良かったのだ。
「先生……私のことまでありがとうございます」
「いいんだよ」
「これで、奈々美が出産した時もここに泊まれるわよ?」
「え?」
凛々子さんが知っているのか知らないのか、そういう発言をするので俺まで驚いてしまった。
「奈々美と、旦那さんと、赤ちゃんが泊まるのに十分な広さでしょう? あ! でも2人目が生まれると狭いかな。その時はもう少し広いところを探さないとね、弦くん♪」
「ちょっとお母さん、気が早いって……」
「あら、そう?」
おそらく凛々子さんは、まだ奈々美さんに恋人がいることを知らないのだろう。けれど母親の勘なのか、こういうことにはすぐ気づく。
「奈々美さんの家族が来るとなると、賑やかになるな」
「え? やだ先生まで……恥ずかしいよ」
“あの彼”のことを考えているのか、奈々美さんは顔が真っ赤だ。
リビングに戻り、俺は3人分のコーヒーを淹れる。
「そうだ、今日はお母さんと先生にこれを渡そうと思って」
奈々美さんは1枚の用紙を取り出して見せてくれた。そこには“小さな絵画展”と書かれている。
「うちの美術サークルで希望者がこれに出展するの。私も作品出すから……良かったら2人で見に来てほしいな」
「いいわね、弦くん行こっか」
「そうだな、楽しみにしているよ」
コーヒーの香りが漂う中、3人で和やかに会話を楽しんだ。
家族のあたたかさを肌に感じる――そんな1日となった。
窓の外では、冬の気配が静かに近づいていた。




