14. アルバイト先にて
日曜日、はるくんのアルバイト先のジムに行くことになった。文化系の私は運動があまり得意じゃないけれど、大丈夫かな。
荷物を準備して出発する。今日も陽射しがギラギラしていて暑い。こんな時に外では運動できないだろう。
少し歩いて角を曲がったところにジムが見えてきた。エレベーターで3階に行くとフロントに到着する。
“都度会員”の手続を行なって、ようやく中に入れた。ロッカーで着替えてマシンエリアに進む。
「わぁ……」
テレビで見るような背中を鍛える機械やバーベルなど、多くのマシンが並んでいる。私はとりあえずランニングマシンに向かった。
「いらっしゃい、奈々ちゃん」
この声は――はるくんだ。
「はるくん、こんにちは」
彼は紺色のユニフォームがよく似合っている。こんなに暑くても爽やかでカッコよくて、しばらく見惚れてしまった。
「まずウォーミングアップからするといいよ」と言われながらボタンを操作して教えてもらう。最初はゆっくりのペースで走ってみた。このぐらいならできそう。
ある程度走ってから、少しペースを速めてみた。はるくんにじっと見られていてちょっと恥ずかしい。
「ハァ……ちょっと休憩しようかな」
「奈々ちゃん、お疲れ。どうだった?」
「まだまだだよ。だけど気軽に走れていいね」
「そうだな」
他のマシンを見に行こうとしたら、向こうから「竹宮くーん!」という可愛い声が聞こえてきた。
「笹谷さん」
「ふふっ……今日も来ちゃった♪」
茶髪のポニーテールにピンク色のウェア、華やかな美人のその人ははるくんと親しそうに見える。
「あ、笹谷さん。こちら、僕の彼女の奈々ちゃんだよ。奈々ちゃん、同じサークルの笹谷さん」
はるくんが“僕の彼女”と言った時に明らかに表情が曇った笹谷さん。どうしよう、ちょっと不安かも。
「は……初めまして。梅野です」
「よろしくね」
そう言って笹谷さんはランニングマシンに行き、軽くウォーミングアップをしてから結構な速さで走っていた。
「すごい……」
「笹谷さんは卓球もなかなか強くてね」
「そうなんだ」
卓球サークルでいつもはるくんと一緒なんだろうな。すごくはるくんのこと、気に入ってそうだった。
そして私は他のマシンも触ってみたけど、結局ランニングマシンに戻ってきた。そんなに筋肉つけたいって思わないし。
「ねぇ梅野さん、このあとヨガクラスがあるの。良かったら一緒に入らない?」
笹谷さんが声をかけてくれた。ヨガは気になってたんだ、やってみたい。
「うん!」
スタイルのいい女の先生がヨガを教えてくれた。呼吸の練習から始まって、色々なポーズをしていく。
「うーん……」
私はそこまで身体が柔らかくないので、ポーズを取るのに一苦労だった。隣にいる笹谷さんはしなやかに身体が伸びていて綺麗だ。
ゆったりとした音楽を聴きながら、呼吸を整えてリラックスした気持ちになる。徐々に慣れてきて、身体が少し楽になったような気がする。
「ふぅ……」
「お疲れ様、ヨガっていいわよね」
「うん。笹谷さん、身体柔らかいんだね」
「毎日少しずつやってたらできるようになったの」
トレーニングルームを出て水筒の冷たい水を喉に流し込む。汗が少し残る首筋に、彼女の声がかかる。
「ねぇ……竹宮くんとはどのぐらい付き合ってるの?」
いきなり質問されて驚いてしまった。えーと……どれぐらい経つんだろう。
「高校1年の時からだから、3年と少しかな」
「うそ、そんなに? すごい」
確かに3年って長い方なのかな。中3の時から考えたらもう4年ぐらい一緒にいることになる。
「そっかぁ。長く付き合ってると色々ありそうだね」
「うん……まぁね」
「この前、竹宮くんが悩んでたからさ……私が相談に乗ったんだよね」
「え……」
一瞬、時間が止まったかと思った。
はるくんの相談に……?
「ああ見えて竹宮くんって守ってあげたくなっちゃうよね。ふふふ……」
まるで、はるくんのことを全部知っているかのような言い方。なんて答えたらいいの……? 私は胸の奥がモヤモヤしてきて、苦しくなってきた。
「2人ともお疲れ様」
「竹宮くんっ……♪」
笹谷さんがはるくんの方に行って彼の腕に触れる。その感じが自然で、本当の恋人のように見えてしまった。
私が彼女のはずなのに……笹谷さんは綺麗だし、はるくんと並んでいるとお似合いだ。
少し離れたところから女性の声がする。
「竹宮さんの彼女、今日も来ているわよ」
「いいなぁー私もあんなかっこいい彼氏が欲しい」
今日も来ているってことは……笹谷さんの方が彼女だと思われている?
私は自信をなくしてうつむいてしまう。
「竹宮くん、じゃあ明日サークルでね♪ 梅野さん、またね」
笹谷さんは手をひらひらと振って、ロッカーに戻って行った。私は彼女の後ろ姿をずっと見ていた。
「奈々ちゃん……どうかした?」
「あ……何だか笹谷さんとはるくん、仲いいなって思って」
はるくんは驚いた顔をして首を振る。
「確かによく喋ってはいるけど、僕が好きなのは奈々ちゃんだから」
「はるくん……だけど、笹谷さんに悩みを相談していたんでしょう?」
そう言うと、彼は動きが止まって沈黙してしまった。
「それは……話の流れでそうなっただけで……その……」
何かを隠そうとしているような言い方に見える。
だけど私だって……胸の奥に、ひとつだけ秘密をしまいこんでいる。
「と……とにかく何もないから。心配しないで」
「うん、わかった。私もそろそろ帰るね。バイト頑張って」
「ありがとう」
私もロッカーに戻って服に着替える。
運動してすっきりしたはずなのに、心がざわめいてしまった。
彼のことを信じたいのに、どこかで疑ってしまう自分が嫌だった。
だけど、この先あんなことになるなんて――今の私には想像もできなかった。




