13. 夏休み
夏休み――
私は駅前のカフェでアルバイトをすることになった。
「いらっしゃいませ」
注文を取りに行ったり料理を運んだり、時々お客さんに呼ばれたりもする。外が暑いので涼みに来る人も多い。
そして思った以上に気疲れしてしまう。働くってこんなに大変だったんだ。あれだけ働いても時給がこれだけ、という現実に社会の厳しさを感じる。
「お待たせしました」
大学生の男女2人にラテを持っていく。男の人が女の人の分のカップを取って、どうぞとテーブルに置いている。笑顔で話す2人に、ふと彼の顔が思い浮かぶ。
はるくん、どうしているのかな。
結局……連絡できていないよ。
「梅野さん、お客さん来てるよ」
先輩に言われて慌てて入り口に向かう。するとそこには松永先生が……と思ったら隣には。
「お……お母さん?」
「ふふふ、奈々美。見に来ちゃった♪」
「ちょっと、恥ずかしいんだけど」
私はおろおろしてしまいそうになったけど、深呼吸して「2名さま、こちらへどうぞ」と言った。
「ありがとう」と松永先生が微笑んでいるのを見て、顔が熱くなってくる。
「奈々美さん、本格的だな。エプロンが似合ってるよ」
「あ……ありがとうございます」
「じゃあ注文しようかな、奈々美。おすすめは?」
いきなりおすすめ聞いてくる人なんていないから、何て言っていいのかわからないよ。
「えーと……季節限定だとマンゴーパフェがございます」
「ふぅん……じゃあ抹茶ラテ」
頼まないんだ……お母さん。いいけど。
「じゃあ俺は、奈々美さんのおすすめのマンゴーパフェにしようかな」
松永先生……嬉しい。
頑張って説明したの、見てくれたんだ。
「はい! マンゴーパフェですね」と私が元気よく言ったのがバレたのか、お母さんが、
「弦くんがマンゴーパフェなら私もー!」と言っていた。
お母さん……私が言ってもスルーしたのに先生だったら注文するんだ。
だけど松永先生が笑顔になっている。私の前では見せたことのない表情……そっか、2人は恋人同士だった。
「マンゴーパフェ2つですね。少々お待ちくださいませ」
私はキッチンに戻って飲み物を運んだり、片付けをしたりしていた。その間にもお母さんと松永先生は何か楽しそうに話をしている。
店長に親が来ているって話すと、すぐに私と一緒にお母さんのところに行ってくれた。
「店長です。お越しいただきありがとうございます」
「こんにちは。奈々美がお世話になってます。マンゴーパフェ楽しみにしています!」
松永先生と同じだから頼んだだけでしょ、と思ったけど店長もにこやかに挨拶していた。
しばらくしてマンゴーパフェが出来上がり、2人のところに運ぶ。
「お待たせしました。マンゴーパフェです」
「わぁー! 美味しそうだね!」
「ありがとう、奈々美さん。いただくよ」
お母さんと松永先生は嬉しそうにマンゴーパフェを食べている。
「美味しいね、弦くん♪」と言うお母さんはまるで少女のように可愛かった。
女の人って恋をするとあんなにキラキラするんだ。
それに松永先生もすごく幸せそう。
いいな……ああいうの。
私にも……彼氏がいるはずなのに。
『奈々ちゃん、美味しいね!』
そう言って笑ってくれる――はるくんの顔を思い出す。
あぁ……どうしよう。
急に寂しくなってきちゃった。
店内は夏休みを楽しむたくさんのお客さんで賑わっているのに、私だけひとりぼっちになったみたい。
自分の周りだけ静けさと肌寒さを感じたのは、夏の冷房のせいだけではない。
会いたいな……はるくん。
※※※
夜の7時にアルバイトが終わり、着替えて外に出る。まだむっとした暑さが残っているな、と思ったら……入り口のそばに見慣れた姿が。
「はる……くん?」
「奈々ちゃん……」
こんな暑い中……ずっと待っててくれたの?
私はすぐに彼のそばに行った。
「久しぶりだね」
「うん……奈々ちゃんに会いたくなって。アルバイトしてるの外から見えたから、待ってたんだ」
「私もちょうど、はるくんに会いたかったの」
そう言うと、はるくんは安心したように笑う。
「良かった。僕……もう奈々ちゃんに嫌われたかと思った」
「ごめん、私が曖昧な態度をとってたからだよね。はるくんを傷つけたかも」
彼は首を振る。優しいなぁ、はるくんは。
「僕も自分の欲望ばかりで奈々ちゃんのこと、ちゃんと理解できてなかったんだ。もっと君の話を聞くべきだった」
「はるくん……」
自然と手が彼の隣を探して……ぎゅっと強く握られた。
「もう離さないから、奈々ちゃん」
「うん……」
繋いだ手の温もりは、私に大きな安心を与えてくれた。
「そうだ、僕もさ……スポーツジムでアルバイト始めたんだ」
「……あの曲がり角にあるジム?」
「そうだよ。受付とか、マシンの使い方を教えたりするんだ」
はるくんがスポーツジムのトレーナーさん――ユニフォーム姿を想像する。絶対かっこいいに違いない。
「素敵……見に行きたくなっちゃった」
「本当? 嬉しいよ!」
ぱっと笑顔になるはるくん……その顔をもう一度見たかった。
嬉しくて目頭が熱くなる。
「奈々……ちゃん?」
「あ……ごめん。何だか久々にはるくんが笑うの見て、良かったって思って」
恥ずかしい……まるで子どもみたい。
だけどそんな私を、はるくんは優しく抱き寄せてくれた。
「いいんだよ? 僕の前では泣いても」
「……うん。はるくん……ありがとう」
彼の腕の中があったかい。昼間の寂しさなんか吹き飛ばしてしまうぐらいだ。
もう少しこのままでいたいな。
「実はさ、ジムで恋人同士が一緒に運動してるのを見かけて……昼間寂しくなったんだ」
「え……」
はるくんも私と同じように、男女を見てそう思ったんだ。
「僕には奈々ちゃんしかいないんだって思って……会いにきた」
「私も。カフェに恋人同士がいて同じこと考えてた」
それを聞くと、はるくんはさらにぎゅっと強く抱き締めてくれる。
「そうだったんだ。僕たちってやっぱり似てる」
「うん……」
「奈々ちゃん……好きだよ」
「はるくん……私も好き」
顔を見合わせて小さく笑い合う。
まだまだ暑いのに、このまま時間が止まってくれたらいいなって思えるぐらい……私は幸せを感じていた。
けれど、夏の風の奥に、まだ知らない未来の匂いが混じっていることに――この時は気づいていなかった。




