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six

最近うちの仲間間ではネットに転がってる語録を多用してにやけ合うという、とても下卑た流行り病がやってきてる。元より私はこの人たちとは共通する趣味で盛り上がっていたのだが、会話が成立しないとなると中々精神が尋常でなくなってきてしまうのだ。そういえば今氾濫している語録のほとんどの引用物とはじゃ()()()()とかいう謎の界隈から引っ張ってきたのだという。何でも超人気youtuberのhikakinの下ネタっぽい所を言葉狩りして出来た素材を切り貼りし、MADや小話を作っているんだとか。これも履修しないといけないとは、大学生は大変だ。

取り敢えず今日の日記はこれくらいでいっか。

大学生になって間もない「佐藤優亜」はついさっきあった女子会での愚痴をnoteというブログ投稿サイトにアップした。

別に誰かに見てほしくて書いてるのではなく、自己満足的な落書き帳として扱っている。

また家族愛の強かな娘であるから、親との時間も鑑みて文章は直ぐかけるくらいの内容量にしている。

「お母さーん、何か手伝うこととあるー?」「おねがーい」

母親からの呼応を聞いた彼女は自分の部屋から出て、突き当りを右にあたったところにある階段を下って台所へ向かった。

「机拭いて、ここにタオルあるから」

分かってるよ(笑)と内心微笑みながらタオルを濡らして水滴を残さぬようぎゅっと絞ってさっと水拭きした。

それから何の食器が最適か判断するために、キッチンの料理を覗く。

フライパンがあり、そこにルーが入っていたため今夜はカレーだと諒解した。

カラトリーからスプーンを四人分取り出して、机に並べてひとまずの手伝いを終えた。

帰納的に考えるとこれからまだまだ時間に余裕があると彼女は風呂に入りに行った。

「うわっ」

湯気がむあっと風呂場の向かいにある三面鏡を曇らせる。

風呂椅子の上に足を乗っけ、やけに足裏を洗っていたのは彼女の弟「佐藤紘一」今年で中学二年生になる。

「へーい、紘一ヒカマニって知ってる?今日友達から聞いたんだけど」

「なんだよ」

紘一は俯きながら刺々しく応じた。この反応は今に始まったことではない。

また優亜は、この弟の挙動不審さは思春期特有の恋心を隠蔽するための陽動だというのも、そのため多少のちくちく言葉も応援のため耐えるべきだというのも弁えていた。

のだが、こうも邪魔者扱いをされると嫌われたようで、些か寂しくなるのが彼女の現状であった。

だから中坊である弟と共有可能になれそうな界隈の了知は、彼女にとって結構うれしい事だったのである。

優亜は蛇口を回して、ノズルを捻る。そうしてきめ細やかになった湯を浴びながら、出来るだけ噛み砕いてものの説明をした。

「ヒカキンっているじゃん、その人が言った下ネタっぽい言葉を切り抜いて動画にする界隈なんだけど、友達の間でも流行ってない?」

「…どんなのあんの」

優亜は言われたため、少々恥ずかしいが、さっき知ったばかりの語録を親が聞こえない程度の声量で列挙した。諸々の語録はどんな状況下で発せられたものだったのかなども面白おかしく具に語りながら洗髪をしていると、弟は慌ただしく泡をひとしきりに濯いで

「そうなんだ」

と去っていってしまった。

その嫌われたと思わせる突き放しぶりは、優亜にとって甚大なショックを与えた。

後の団欒では弟はテレビをつけ、適当なチャンネルを流し見みして飯をやはり効率的に腹に投げ込んでは直ぐに立ち去ってしまう。

優亜は弟が訝しく思わぬ呼び止める建前はなにかとひたすらにあぐねたもなにも思いつかないまま布団に潜り込んだ。

そういう由々しい感情で寝そべりながら彼女は、眼前で広がる闇の濃さに物理的尺度が掴めなくなり、無限に部屋が拡大されていく錯覚に三排気管が悲鳴を上げ、無意識世界に落ちていくのに抗えなかった。


小学生の頃の話だ、大人がよく子供らに入ってはならないと制する原っぱがあった。

その前にはかなり高いフェンスがあり、敷地側に向かって内向きに曲がっていて、格子自体はギザギザとしたものだった。

この形状からたいていの人らは何かを出さないようにしてるというのは一目瞭然なのだか、何分分別もついていない子供にとって、フェンスの意味なんて十分に考えるわけもなく、その高さだけを切り取っては強大な試練だと捉えて、次第に敷地に足を踏み入れようとする馬鹿者がクラス中で英雄と称えられた。

また本当に足を踏み入れてしまったのなら…。

このことを優亜はしめたと感じた。

彼女はクラスの女子間でも随一の運動神経を持ち合わせていたため、フェンスをうまい具合にクライミングしてしまえば簡単に超えられる。

そして帰ってきた暁にはクラス中、いや学年中から称賛を浴びるだろうと確信したからだ。

かくして友達を集ってその場所に足を踏み入れる運びになった。

その放課後、やっとフェンスの前まで来て、いざ上ろうと格子を鷲掴みにしたとき、一番初めに誘った親友か突然「ねえ、昨日聞いたんだけどここって悪い人たちがたくさんいるから、入っちゃダメなんだって。だから優亜は上ったことにして帰ろう?」と興ざめする発表をしたのだ。

優亜はついカッとなってそいつの言葉を無視してクライミングを強行した。

登っていく優亜に気付いた友はすぐさま確かな力で足首をぐいっと引っ張って、彼女を想うものとして、頑なな意思で妨げようとした。

勿論優亜も対抗出来うる決意を持ってそいつを振りほどいて、もう一度踵をあげようと挑戦した。

その瞬間友は優亜の脚を遂に掴みかねると判断し、力強い跳躍をしてまだ垂らされてる彼女の脚を両手で握りしめ、ヤッと己の体重迄かけて彼女の墜落に全身を捧げた。

結果、友の想いは功を奏した。

のだが、背中側にバランスを崩した拍子に優亜はアスファルトの上に強烈に叩きつけられたのだ。

小さき児子の心身に強硬な痛みが否応なしに迸る。

それは鉄板の様になってるアスファルトの礫、または親友だと信じていたものからの裏切り、そしてそれらの厄災が混濁したやり場のないストレスのせいで、彼女の涙腺から止め処ない醜態が溢れ出していた。

その搔き乱された姿の露出という恥辱に彼女は耐えられなくなり、そのまま家まで息が止まるほど切迫して奔走した。


次の日の彼女の枕はシーツに寝汗がじっしょりと付いている有様だった。

独善的に行動しては恥をかく。

そんな小児のころの反省も忘れた彼女は、あまつさえ弟の反応もよく見ず、いつの間にか呆れられていた。

私ってずっと独善的だな…という思いが彼女の頭の中で溢れかえっていく。

思えばブログだってそうだ、自分の為だけの日記を無為な訳なくネット上にアップロードしている。きっと何処かで何もかもを抱擁してくれる白馬の王子がいつかやってくると妄信しているのだ。

「あ~やばい」

ネガティブになってる時は人生何やってもうまくいかない気がする。切り替えないと。

自分を好きになれ。

弟との和解を決意して彼女は朝食の準備に取り掛かった。幸運なことに今日は休みであるから話す時間は十二分にある。朝食の準備は彼女の専売特許だ。カット食パンを袋から取り出してバターを塗りオーブンでじっくり焼いてやる。そうしてできたほか他のトーストを真白な平皿に乗っけていき、それを各々の場所に配膳すれば終わりだ。

優亜は固い唾を飲み込んで家族の招集をかけた。

「朝ごはんできたよー」

上からまたはリビングからのそのそ家族がやってきて、いただきますをしてトーストを頬張っていく。

優亜は隣に座ってる弟へ昨日一晩中考え抜いて出た言葉を発しようと口を開いた。

と同時に紘一の方からも意を決したように彼女に語り掛けた。

「今さっきのCM笑、ゥよね…」

優亜は情動のあまりセリフが吹き飛んでしまった。そして素直な言葉が自然と紡がれていく。

「それ、調べたの?」

「嫌われないよう、一応」

食卓を囲む両親の耳に届かないほど掠れた声で、赤面しながらそう答えた。

不愛想そうに再びテレビの方を向きなおして、と思えばまた優亜の方を向いて

「…ごめん」

と呟いた。

弟から嫌われてなかったばかりか、寧ろ彼女自身が憂いられていたという事実に、暖かいスープが五臓六腑を解すように彼女の弟に対する緊張の束縛が解けたような気がした。

琴線を揺らす優しさで目頭が熱くなっている優亜に、紘一はトーストを掴んで恥ずかしそうに続けた

「風呂には入ってこないで」

ネットに浸かりすぎていると脳が次第に鵜で始める


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