走れ扇風機!
最近うちの扇風機の調子が悪いのよなんて取り留めもない茶飯事だったが、とにかく様子が普通のそれとは一癖も二癖も変わっているものだと熱弁されたため、どうしようもなく好奇心のあるままに私は友達の家に行ってみることにしたのだ。
「どこにあるの、その扇風機って」
自転車から降りて彼女の号室のすぐ前に立たせながらそう聞くと
「見ればすぐわかる」
と言ってきた。
この子の住んでいると子は賃貸のマンションで、構造は幼い頃は通っていたからよく知っている。
玄関を開けた先直ぐにリビングルームが見えて、リビングルームを中心としてその左手には風呂場のドア、その右手には友達の部屋のドア、という具合に見える。
親の部屋は友達の部屋と隣接しており、友達の部屋のドアを開いた先にドアがあるという感じ。
友達が昼寝をしている間に親が帰ってきでもしたらがみがみ叱られるらしい、難儀なことだ。
そういう事で二行意味のない文章が連ねられたが、結局ドアを開けて直ぐ、リビングルームに扇風機があるのだと憶測した。
覚悟を決めてドアノブを捻り、ドアを開けると何かにぶつかって少ししか開かなかった。
まさかと思ってつい友達に訊いてみた。
「この、もしかして今ドア開ききらないのって…扇風機あったりする?」
「それ」
なるほど確かにトチは狂ってい、先夫自体の調子が悪いかと言われるとなんとも微妙なところである。
ちょっとの間しか空いていない隙間をカニ歩きで侵入し直ぐ後方を見た。
そこには、足のついてる扇風機があった。
その足がメタボリックで毛むくじゃらでしかも生え際が血管の集約網のようになってた。
すべてのグロテスクさからゴキブリに出くわした時ごとしの驚嘆を放っていた。
すると扇風機は顔だけ此方に見回してそのグロテスクな脚で私のもと一直線に駆け出してきた。
あまりにも恐ろしかったからそのままリビングルーム迄突っ切るとそこにもまた同様の扇風機があった。
挟み撃ちの状況か、切迫と詰めてくる二台の扇風機の距離を確認して勝算を考える。
相手は所詮扇風機、電源さえ切ってしまえばどうということはない…
と一瞬思考したのは愚慮。
こいつらの足元にはプラグが見えなかったのだ。
つまり命を持っている、思考している。
私を追い詰める扇風機は全面のカバーをパカリと外し、ファンを高速回転させ始めた。
ミンチにさせる気なのか!?
心臓の鼓動とアドレナリンがかつてないほど命を守ろうと全身全霊に迸って世界の色が剥離してきたとき、隣から山彦のような声が聞こえた。
「ね、だから調子悪いって言ったでしょ?」
そこには共に来ていた友達が私の肩を叩いて囁いていた。
背中を叩かれた気がした。
今、行けと。
私は下げていたバッグを前方に回してファンを回す化け物どもに突っ走っていた。
号哭の様な叫びをあげながら突撃すると後ろから刺すような痛い声が飛んできた。
「待って!」
脊髄で反応し速度は失っていた、私が二台の扇風機の目線を見ながら彼女の言葉を待った。
「私んちの扇風機だから勝手しないで」
唖然、呆気、そして笑い。
たしかにごもっともだった。
扇風機は自分めがけて走っているけどこちらが逃げればいいだけだ。
ミンチにされないためには勝手なことをしない。
人生の中で私がずっとやってる事じゃないか。
「でもどうやって帰るんだよ」
「まって」
そういって友達はビニール袋からグミを取り出して扇風機の方に投げてやった。
すると扇風機たちは真っ先にグミのもとに駆け寄ってそいつを踏み潰していった。
走り回った疲労で床にへこたれ、そして聞いた。
「これこいつら何してるの?」
「食べてるの」
「蠅かよ」
「言ったでしょう、調子悪いって」
「確かに、『扇風機』としては使えないかもしんないけど…」
暮れなずむ空は紫に色に映え、夜の到来を静かに告げている。
その空模様を見下ろした先に二人の少女と走る扇風機がいた。
「これならエコでしょ?」
腕を組み、自慢げに見る少女の視界の先には、ハムスターよろしく回転車の中に拘束された扇風機たちがいた。
それらはグミをめがけて走り、そして電力を作り、生足がない普通の扇風機の動力を賄っていた。
「いやー今日も調子いいね」
「なんだこいつ」
少女たちは廻っているとも知らずに走る扇風機たちを他人ごとに明日も生きていく。




