缶蹴り
「おい、適当なところに缶蹴るなよ」
「ご、ごめん」
「わー、地獄の穴に落ちちゃってるよ…」
深淵まで貫く洞洞とした陥穽に缶を落としてしまって、二人から非難を受ける。もう一度おじさんに謝らなきゃいけないのか…。次はないと言ってたから、行きたくないんだよな。
「僕、次ないって言われてるから、誰かが代わりに行ってくれない?」
二人は顔を見合わせ、また僕の方を向いた。
「やだね」「ごめん…」
これは予想してたことだ、そこでもう一つ提案を持ち掛けた。
「ジャンケンでおねがいだからさ…」
「「…まあ」」
流石に同情したのか二人は渋々承諾して、ジャンケンをすることにした。
僕 グー
B パー
C パー
「あー」
もう怒られるのはこりごりだよと最後にボヤいて、僕はおじさんの家に向かった。
年季の入った木製のドアをコツコツ叩いて在宅を確認すると、声が返ってきたので、怯える足取りで家に入った。
「どうしたぼうず」
アフロのおじさんは少し不機嫌そうに僕の顔を睨みつけた。
「あの、缶を地獄に落としてしまって…」
やっぱりか、とでも言うようにおじさんはため息をひとつふうっと吐いてアフロの中をごそごそと探り始めた。
「近頃物騒だからな。缶は一人一つ持ってねえとダメなんだぞ?それを適当に弄んじゃダメなんだ」
「…でも」
「でも?」
「缶なんてなくていいじゃないですか」
こんなゴミ、玩具にしても別にいいじゃないか。食べることもできないし、蹴るほかの使う方法もない。
「俺だって知らねえよ、だけど、皆が価値を付けてるから蓄えなきゃいけねぇんだ」
僕が浮かべてた怪訝な表情を受け取ったのか、おじさんは何か思いついたようにこう語りかけた。
「その昔、魂を保持していた生物は、魂を受け継ごうと缶の中に閉じ込めて伝承していった。やがてその缶から魂があふれ出して、ついに何もない空洞になってしまったが、魂を保持するのがその生物の本能だったから、缶に魂があるものだと暗示をかけて、空っぽの缶だけが世界に回ることになった」
「何言ってるんですか」
「要は形骸化された物にこそ浪漫が宿るって訳さ」
そういっておじさんはアフロから缶を取り出し、僕に渡した。
形骸化された物…僕は空っぽになった缶の虚空を覗いても、やっぱりなにも宿ってなかった。
「ありがとうございます」
「次はするんじゃねえぞ」
「うん」
軋みながらドアはゆっくりと閉じ、おじさんを外界から遮断した。
僕は外の空気を精いっぱい吸って、缶を蹴っ飛ばした。