七話 恩返しと暴走
アッシュ様の家は、とても簡素なものだった。
木造で建てられていて、内装も地味で必要最低限な家具しか置かれていない。まるで木こりか狩人の住まいにしか見えず、英雄の家だと受け入れられなかった。
でも、少し時間が経つと生活感が漂っているしアッシュ様の匂いがあちこちから漂っている。本当にアッシュ様がここで暮らしているんだって、段々と受け入れられていく。
というか、それはそれで困ってしまう。なんだか急にソワソワして落ち着かない気分になってきて、ドキドキという胸のときめきが増していく。なんとも形容できない不思議な気分だけど、一言で例えるなら―――
「どうした?」
「ひゃ!? い、いえ! こ、ここにアッシュ様が一人で暮らしていらっしゃるのか
~っておもうと昂ってしまって!」
「た、か?」
いけない! つい本音が!
慌てて口を塞いだけど、アッシュ様は訝しんでいらっしゃる!
「申し訳ありません。この子緊張しちゃってるみたいで」
「そうなのか?」
「勇者様のお住まいになんて、そうこれることじゃありませんから」
「そうか。そういうことか」
危ないところだったが、メヌエットが誤魔化してくれたおかげでアッシュ様は納得したらしい。ナイス、メヌエット。いてくれてよかった。
「まぁ、リラックスしてくれ。もう俺は勇者を引退している身だからな」
「え!?」
「引退、ですか?」
「二年前まで戦ってはいたが、色々あってな。今はここで畑を耕したり狩りをして……時々冒険者の仕事をしながら暮らしている」
「そ、そうだったんですか……!」
驚きの新事実だ。たしかにここ暫く、アッシュ様が戦ったという記録も、活躍したという噂はなかった。それに、魔界を出てからここに来るまでアッシュ様の話をそれとな~~く集めようとしたけど、誰も知らなかった。最初は疑問におもっていたけれど、引退をしていたのなら納得だ。
「つまり、今魔王軍が再侵略したら勝てる可能性が……?」
「おい、やめろ・・・・・・!」
なにいきなりこわい企て呟いてるんだメヌエット!
絶対報告すんなよ他の四天王達に! したらアッシュ様が狙われる可能性百パーセントだし! 全力で阻止するからな! したらクビだぞ!
「それで、恩返ししに来たって言ったが……」
「あ、はい! そうです! なにをしましょうか!?」
「特段してほしいことが俺にはないんだ」
「そ、そんな! なにかないんですか!?」
おもわず立ち上がってしまった。だって早々にアッシュ様と会える理由が無くなってしまう。私にとっては死活問題、このためだけに生きてきたと言っても過言ではないのに!
「なんでもしますよ!? 本当! 召使いだろうと奴隷だろうと!」
「いや、元勇者が奴隷はダメだろ」
「あ! じゃあ肩揉みましょうか!? 背中は!? 耳と尻尾枕にします!?」
「マッサージはまだしも……それだと君と一緒に寝る形になるだろ」
「い、い、いっしょに寝る!!??」
私の脳裏に、その光景がありありと浮かんできた。
あどけない寝顔のアッシュ様が、私の尻尾に……。
頭を載せながら安眠している姿を……!
そしてその隣で同じ布団に入りながら、同じように熟睡している私の姿を!
「はー、はー、はー、はー、はー、はー、はー・・・・・・!!」
「リルチャン……?」
「はうううう!! 喜んでえええええい!!」
「え?」
「じゃあ家事ならどうでしょうか!?」
メヌエットが私を隠すように立ち上がった。
「掃除、炊事、洗濯! それをやらせていただきます! その間、アッシュ様はのんびりと過ごせるでしょうし! 他にも畑のお世話もできるでしょう?」
「たしかに……それなら助かるが」
「はい! では早速! 行くよリルチャン!」
「え、でも枕―――」
「い・く・よ?」
「ひゃ、ひゃい……!」
め、メヌエットがこわい……。
笑顔なのに妙な圧力があって逆らえない……。こんなメヌエット初めてだ……。
「本当にいいのか? いくら恩返しとはいえ、君達にやってもらうのは気が引ける」
「お気になさらず。大丈夫ですそれくらい!」
「しかし、なぁ」
アッシュ様は、少し困ったように顰め面を見せている。一体どうして了承してくれないんだろう? もしかしてまだ怪しまれているのかな?
やっぱり家事じゃなくって枕のほうがよかったんじゃ? むしろそっちのほうが・・・・・・・・・。
「動物とはいえ、君達は女の子だろう?」
「へ?」
「女の子にそんなことをさせるのは・・・・・・心苦しい」
…………………。
「あの、アッシュ様。そのようなことお気になさらず―――」
「きゅううううううううううううううううううううううううううううううううん♡♡♡♡」
「リルチャン!?」
「おい!?」
「えへ。えへえへ。えへへへへへへ」
気づいたら、私は倒れてしまっていた。
アッシュ様とメヌエットの呼びかけが遠くから聞こえるように、頭がふわふわしてしまう。
だって、憧れのアッシュ様が、私を女の子として認識してくれていただなんて・・・・・・。
こんなにうれしいことはない・・・・・・。
「この子は・・・・・・一体なんでこんな顔を・・・・・・?」
「・・・・・・ごめんなさい・・・・・・この子、ちょっと最近あれで・・・・・・」
来てよかったなぁ・・・・・・。えへへ・・・・・・。
そんな幸せな気持ちに、いつまでも包まれ続けたのだった。えへへ・・・・・・。