六十九話 終わりではないようです
長い戦いが、終わりを迎えた。
私の『魔陣紋章』の力はとっくに消え失せ、気絶している二人は無残な体勢で倒れている。
本当に、勝ったんだ・・・・・・。
かつて絶対的な強者として君臨していた竜の王を見下ろしていると、自分のしたことに震えてきてしまう。
「あれ・・・・・・?」
クラッときた。意識を保っているのが困難になるほど頭の中がグラグラしている。なにかが切れたかのように支えを失い、膝がガクンと崩れ折れる。
「っと、平気か?」
「あう・・・・・・?」
ふわりとした優しい力に包まれた。頭から床に落ちていきかけた私を、アッシュ様は抱きとめてくれたみたいだ。
「怪我が酷いのか? 痛みは?」
「あい・・・・・・ないれしゅけど・・・・・・」
本来ならアッシュ様の優しさと、近さにときめくのだろうけど、そんな余裕がない。ぼ~っとした返事しかできない。まるで風邪を引いたときのような気怠さも。
「もしかしたら、『魔陣紋章』の反動かもしれないですね。傷とダメージを負っていた体には負担だったのかも」
「そうなのか? なら、なにか手当を?」
「きっとそのままアッシュ様がお世話をしていたら、治るとおもいますよ。魔族の体質的に」
「本当か・・・・・・? 魔族ってそんな不思議な体質しているのか?」
「純粋なアッシュ様・・・・・・しゅてき・・・・・・♡」
「・・・・・・本当に大丈夫なのか?」
「おう、二人も勝ったみたいだな?」
そんなやりとりをしていると、豪快に笑い声が近づいてくる。首をなんとか傾けると、埃と墨塗れのゴッツ様だ。そして、その隣にはチョコンとシドが控えている。
「そっちは、どうなったんだ?」
「勝ったってわけじゃねぇけど、まぁ大丈夫。シドはまた俺達の仲間だ」
「元々裏切ったわけじゃない・・・・・・私は最初からアッシュ達の仲間・・・・・・」
不満げに眉毛を八の字にしながら、ゴッツ様をジト目で睨んでいる。そんなシドがあまりにも子供っぽくて、なんだか和んでしまう。
「でも、なにがあったんですか? あんなに容赦なかったのに」
「別に大したことはしてねぇさ。甘い物一生奢りまくるって言っただけで」
「本当に大したことじゃない!?」
むしろよくそんなんで裏切ったなこの人! 一応王女の命令で従ってたんでしょ!?
「正直すぎる奴なんだ。自分にも欲望にも」
「それは・・・・・・魔族みたいですね・・・・・・」
「仕方ない。食欲は動物の三大欲求の一つ。逆らうこと、できない。アッシュ」
「ん?」
「アッシュ、勇者、やめる?」
「・・・・・・・・・」
「国王と、他の人達にそう言われたって、聞いた。だから、この魔族達助けた? 勇者やめるつもり、だから」
「・・・・・・いいや。違う。俺は勇者をやめるつもりはない。これからも勇者であり続ける」
「そう・・・・・・ならいい」
シドの注いでいた真剣な眼差しから、ふっと力が抜けた。そのまま急に興味を無くしたようにゴッツに「早速奢って」と催促しだした。
英雄って、皆個性的すぎるな・・・・・・。
「これは一体なんだ!?」
誰かの声が、響きわたった。アッシュ様に聖剣を返上しろと迫っていた者の一人だ。彼だけでなく、次々に人が集まってきて、狼狽して血相を変えてざわめいて。段々と大騒ぎの様相を呈してくる。
お城の人達も、ようやく異常事態を把握したらしい。
「やれやれ・・・・・・一段落ついたとおもったのによ。んで、結局どういうことだったんだ? どうして王女は四天王と一緒にお前達と戦っていたんだ? それに、その子達も一体いつの間に?」
「そこからか・・・・・・」
疲れを引き摺った様子で、ゴッツ様に説明をはじめる。なにはともあれ、これで一件落着といえるだろう。魔王様の復活も、ドラグニル様の再侵略も阻止することができた。アッシュ様を守ることもできた。
よかった・・・・・・。本当に・・・・・・。メヌエットにも苦労をかけっぱなしだったし。
「ん~~~~~・・・・・・・・・」
あれ? メヌエットがなんだか難しい顔をしているぞ?
「えっと、アッシュ様? 私とリルウル様は、このままお暇させていただきたいのですけれど」
「ん? それはどうし―――――――――あ」
「・・・・・・・・・あ」
メヌエットの表情の意味がわかった。
たしかに、私達はドラグニル様に勝った。魔王様復活も阻止できた。それでも私達は魔族だ。このまま残っていたら、どうなるか。
「アッシュ様とゴッツ様と一緒に戦いましたけど、私達に害意はないって、皆信じてくれます? 特に、聖剣の返上を迫っていた人達は」
「あ~~~~・・・・・・・・・」
「それは・・・・・・ありうるが」
早くここを立ち去らないといけない。そんな考えが浮かんだ。
「・・・・・・・・・」
? アッシュ様がなんだか辛そうな顔で、私を抱き締める腕に、ぎゅっとした力強さが加わった。まるで苦渋の決断を下すことに迷っているみたいに感じられる。
どうして? どうしてそんな顔をするの?
「認めない・・・・・・・・・」
呟きのような声だった。
周囲の雑踏に紛れ、誰にも聞こえないような僅かな音。けれど、すぐ耳元で囁かれたかのようにはっきりと、ゾクッとした恐怖を伴って私の耳朶を震わせた。
「認めない認めない認めない認めない認めない認めない・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「お、王女?」
「嘘だろ? まだやるってのか?」
声の主、ソフィアに私達の視線が集中する。彼女は私が加えた一撃のダメージなど、いやつい今の今まで気絶していたなどなかったように、淀みなく立ち上がった。
明らかに、おかしい。
さっきまでのソフィアはおかしかった。常軌を逸していた。でも、今の彼女のおかしさは、ベクトルが違う。
狂気に染まった瞳は、焦点が合っておらず、激しい紅の光を明滅させている。口は端が釣り上がったまま半開きになって喘ぐように大きく上下を繰り返し、体全体は糸がついた人形のようにカクカクとした動きで、時折痙攣をしている。
背後にはオーラとも影ともとれる靄めいたものが立ちこめ、巨大に広がっていく。
「あの気配は、魔王・・・・・・!」
「っ!」
「ああ、たしかに・・・・・・間違いねぇ・・・・・・!」
警戒心を顕わにした三人。アッシュ様は険しい表情に。ゴッツ様は拳を構え、シドは腰のダガーに手をかけている。
「え、え、ソフィアが? 魔王? え?」
「あの気配・・・・・・オーラ・・・・・・戦ったときの記憶と同じだ!」
「そ、そんな! どうして!?」
「あ!」
ベルの説明が、脳裏を過ぎる。魔王様の復活は、ドラグニル様が企てたことだと。魔王様がかつて研究していた資料を見つけたのだと。
詳しくは私もわからなかったし、それどころではなかった。だから、どうやって復活させるのかまではわからない。
でも、復活の方法がもう既に準備完了していたのだとすれば?
復活のためにソフィアを利用していたのだとすれば?
「あれ・・・・・・見てください!」
ソフィアが右手に嵌めている、攻撃に使っていた指輪。よくよく見ると、ソフィアの様子と同じような反応を示している。
「あれ、ドラグニルに渡されてた」
「じゃああれを使って復活させようとしていたってことかも!?」
「なに!? 本当か!?」
「じゃあ、あれを破壊すれば・・・・・・・・・!」
「ギイイイエエエエエエエエエエウウウウウウウウウウウアアアアアアアアア!!」
鼓膜が破れる。それほどの奇声だった。
ビリビリと空気を振動させ、周囲を吹き飛ばす破壊力を伴っている。シドによって投げつけられた針と投げナイフは防がれ、黒い靄が集まっていた人々を呑みこんでいく。
間違いない。あの指輪が魔王様復活の鍵だ。
本能でそう確信できるおぞましさだった。




