六話 安堵
「お、覚えていらっしゃいませんか!? 私達、昔アッシュ様に危ないところを助けてもらったんです!」
「な、に?」
胡乱な目で見下ろし続けるアッシュ様。恐怖からぴょこぴょこフリフリ動いてしまう耳と尻尾を抑えつつ固唾を飲んで見守る。
というか見守ることしかできない。メヌエットが述べたことの意味が理解できないということもあったから、展開についていけてないのだ。動物って言った?
「そのご恩を受けた後、私達はある魔法使いに出会い、魔法で人の姿になれました! 今日は命を助けていただいたお礼とご恩返しに来たんです!」
お、おおう・・・・・・・・・! そう来たか・・・・・・!
たしかに魔法は不可思議で、様々な使い方ができる。中には姿形を変えられる魔法も存在している。咄嗟に思いついたにしては筋が通り過ぎている内容だ。
しかし、流石に苦しい言い訳すぎないだろうか?
相手はあの勇者様だ。いくらなんでも出会ってすぐの私達のそんな話を、あの勇者がそんなことを信じるわけが――――
「そうだった、のか・・・・・・?」
嘘お!? 信じた!?
「言われてみれば、昔犬を助けたことがあった・・・・・・ような?」
「ええ! そのとき助けてもらった犬です! 名前はリルチャン!」
酷くあやふやな状態になっているアッシュ様に、メヌエットは滅茶苦茶強引に押そうとしている。このままなら、上手くいくだろう。
せめて犬じゃなくってそこは狼にしてくれよ!
「しかし、君は? 犬ではなくって猫に見えるが?」
「・・・・・・この子の義理の姉です! お互い両親が亡くなってから協力して生きてきたんです!」
「そうか・・・・・・」
また信じた!?
「突然攻撃してすまなかった」
警戒を解いたのだろう。さっきまで満ちに満ちていた殺意はどこへやら。表情を緩めて聖剣を鞘に収め、謝罪を口にする。
よ、よかった・・・・・・けれど、いまいち釈然としない。アッシュ様がこちらの言葉をそのまま信じ込んだのもそうだけど、純粋な人なのかな?
というか姉の設定、いるかな?
「君も大丈夫か? すまん。なんだか妙な視線を感じてしまってな。つい」
「・・・・・・アハハハハー。ダイジョウブデスモンダイアリマセ~~~~ン」
なにはともあれ・・・・・・。正体がバレる心配は無くなったようだ。ふぅ、一安心。
「ありがとう、メヌエット・・・・・・助かったよ・・・・・・」
「給料上げてくれます?」
それが狙いか? ちくしょう。
「二人とも?」
「ひゃい!?」
「な、なんでしょうか?」
「ひとまず、こんなところで立ち話もなんだ。俺の家に来るか?」
「!?」
俺の家・・・・・・ってつまり自宅!?
「は、は、早すぎません!?」
「ン?」
「ちょ、」
だって・・・・・・! だってだって、初対面でいきなり自宅に連れ込むなんて、それはもうそういうことでしょう!? そういうつもりじゃなかったら呼ばないよね!?
アッシュ様がまさかそういうことに積極的な人だったなんて!
はぁー、はぁー・・・・・・。
はぁはぁはぁはぁはぁは―――。
ドゴ!(メヌエットの肘が鳩尾に突き刺さる音)
「げふ!」
「ありがとうございます! ではお言葉に甘えて!」
「あ、ああ? じゃあ付いてきてくれ?」
「落ち着きましょう? リルチャン?」
「・・・・・・ひゃ、ひゃい・・・・・・」
ふぅ、少し暴走しかけていたようだ。深呼吸をしないと。すー、はー、すー、はー。
「あの、アッシュ様? 一つ聞きたいことがあるのですが」
「? なんだ?」
「どうしてそのような格好で素振りを?」
「そう教えられて育ったからな」
「・・・・・・・・・なるほど」
それしか言えなかった。メヌエットも微妙な顔をしている。
まぁ家庭のルールや教育方針って、色々あるもんね・・・・・・。
でも、アッシュ様ってもしかして純粋なのかな? 私達の話を疑っている素振りがないし。あの勇者様のイメージにはなかったから凄い新鮮だし、それにちょっと可愛いな・・・・・・。
「おい?」
「ひゃ、ひゃい!?」
「歩きづらくないか?」
「ひゃい! も、も、も、問題ありましぇん!!」
「そうか。もう少し歩くことになる。疲れたら言ってくれ」
や、や、や、優しい~~~~~~!!
まだ出会って間もない私達を気遣ってくれるなんて! 流石勇者! 流石英雄! もう神レベルの対応じゃないか!
「もしもアッシュ様を崇める宗教ができたらそく入信するレベルで大丈夫です!」
「なにを言ってるんだ!?」
「おほほほほ。ごめんなさい、この子ちょっと緊張でラリってるみたいで」
アッシュ様の後ろ姿かっこいい~~~♡♡ とか横顔素敵♪♪ とか。やっと生アッシュ様と会えた喜びに浮かれて。時折気にかける言葉を投げかけられてトゥンク♪ し続ける。
はぁ・・・・・・本当に来て良かった・・・・・・!