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三十一話 同棲

「おはようございます、アッシュ様!」

「・・・・・・おはよう」

「ご飯にします? 尻尾にします? それとも・・・・・・・・・きゃあー!!」


 同棲生活がはじまって早数日。毎日が幸福な気分だった。


 勿論、看病するという一番の目的は忘れていないけど。憧れの人と常に一つ屋根の下ってシチュエーションは、ついつい最初の目的を見失ってしまいそうだ。


 だって、朝起きたらすぐそこにアッシュ様がいる。アッシュ様の寝顔を堪能することができるし、熾すことができる。夜もおやすみなさいを告げることができるし、眠りに落ちるまですぐそこにアッシュ様を感じることができるのだ。


 これで平常にいられる者がいるだろうか? いや、いない!


 はぁ、天国で暮らしている人ってこんな気分なんだろうなぁ。油断すると本当に召されちゃいそう。


「朝から元気だな」

「はいっ! 勿論です! あ、包帯を変えますね!?」

「いや、いい。用意してくれれば自分でできる」

「・・・・・・くぅん」


 でも、ちょっとだけ落ちこんでしまうときがある。遠慮をしているのだ。できるだけ自分でなにかをしようとする。傷の手当ても移動も食事の介助もさせてくれないのだ。本当はお風呂でお背中も流したいんだけど・・・・・・もっと色々したい! させてほしい! と張り切っている私には悲しいのだ。


 むしろ、お金を払ってもいいレベルなのに。


「はぁ~い。包帯とお薬持ってきましたよ~」

「おう、すまんな」

「いえいえ。さぁ、リルチャン。朝食の準備を手伝って~」

「は~い・・・・・・」


 短い言葉を交し、部屋を後にする。でも、朝食を作っているときには元気を取り戻していた。アッシュ様は喜んでくれるかな、とか美味しいと感じてくれるかな、と。期待するだけでワクワクしてくるのだ。


「目を離してたら危ないよ~」

「えへへへへ~。ごめんごめん」

「お顔が蕩けているよ」

「へへへ~。そりゃあね~」

「・・・・・・聞こえてないね?」

「えへへへへ~」


 何かを諦めたような溜息。同棲を始めてから、メヌはずっとこんなかんじだ。まぁ、メヌからすると予想外すぎるし、いつになったら魔界に帰れるんだという不安もあるんだろう。正体がバレる可能性も、当然増す。


「ねぇねぇメヌ~。今晩のおかずなにがいいかな~」

「なんでも良いとおもうよ~。アッシュ様、好き嫌いないって言ってたし」

「そっか~。じゃあお魚にしよっか~」


 まぁ、それはそれ。これはこれ。同棲するだなんて付き合っているラブラブカップルか結婚間近の人達しかできない貴重な時間。それを私は思う存分満喫するしかないのだ!


 これもれっきとした恩返しだし。人助けだし!


「ふんふふんふふ~ん♪」


 朝食を召し上がったのを見届けて、私の作ったご飯を・・・・・・♡ とときめいた後は家事だ。アッシュ様が普段している鶏と畑の世話、そして洗濯。この時間が私にとっては一番好きかもしれない。


 だって、アッシュ様の衣服を洗えるんだから。


 勇者の、というか好きな人の服を、褌を洗えるなんて機会がそうそうあるだろうか? いや、ない! 


 自分の恵まれた環境と立場に感動すら覚えるよ!


「はー・・・・・・はー・・・・・・はー・・・・・・!」

「こら」

「痛い!? メヌなにするんだよ!」

「主が鼻息荒くして勇者の褌を被ろうとしてたんだから、叩いてでも止めるでしょ」

「ち、違うよ!? ただ匂いを嗅ごうとしてただけだよ!?」

「もっと最悪だよ・・・・・・その年齢で匂いフェチに目覚めているだなんて・・・・・・」

「失礼なことを言うなよ! これは嗅覚が鋭い獣人族特有の生態ゆえだよ! いわば本能だよ!」

「同じ獣人族としてその言い訳は使ってほしくないよ・・・・・・リルチャンのはどっちかっていうと業だよ・・・・・・」


 業か・・・・・・まぁ悪くないな。


 私がアッシュ様に惹かれるのは、魂レベルとか遺伝子レベルとか、そういうのを遙かに超えているって断言できるしね。へへ。


「そういやアッシュ様は?」

「ちょっと一人にしてくれって。本でも読むのかな」

「本か。勤勉だね」

「そうかもしれないけど、一人になりたいんじゃない?」


 え、それどういうこと? そうおもって尋ねようとしたら、つい洗濯物を落としてしまった。危ない危ない。


「リルチャン、けっこう強引なかんじで一緒に住み始めたじゃない? アッシュ様も仲間達に押されてのなし崩しってかんじだったし」


 ・・・・・・言われてみれば。


 あのときはノリノリのノリだったけど、メヌの言う通りだったかもしれない。なら、アッシュ様は自ら望んで私達を受け入れたってわけではない。そういう可能性がある。


 もしも、アッシュ様が迷惑がっているとしたら? 本当は私達がいることを望んでいないとしたら? だから、あまり色々とやらせてくれないんじゃ?


「・・・・・・くぅん」


 悪い方向への想像が、どんどんどんどん進んでいってしまう。その度に尻尾がへなへなと垂れていってしまう。私は、なにかとんでもなく最低なことをしているんじゃないだろうか?


「どうしたの?」

「うう、私はきっと、この下着にも満たないような取るに足らない存在なんだって、そうおもってしまって・・・・・・」

「そうだね。常にアッシュ様と一緒にいて一番身近にいて大事な所を保護する優れものだものね」

「もう褌になりたいよ・・・・・・くぅん」

「クリスに相談してみたら? 褌に転生できる魔法考えてくれるんじゃない?」

「そうしたほうがアッシュ様のお役に立てるよね・・・・・・」

「本気にしてる!?」


 ついさっきまでの幸福感が嘘のようだ。悪い考えに支配されてしまい、すっかり落ち込みモード。だってそりゃあそうじゃん? 誰だって正体不明の犬(嘘)よりも褌のほうがまだ信用できるじゃん?


「重傷だね・・・・・・これは私がやっておくから、アッシュ様の様子を見てきて」

「はぁ~~い・・・・・・」


 しょんぼりとしながら、家に戻るけれど足どりは重い。部屋の扉の前に立ち尽くしても、中々勇気が出ない。


「あの、アッシュ様? なにかご用事は―――ってえええええ!?」

「ふ、ふ、ふ」


 意を決し、扉を開けると仰天びっくり。なんとアッシュ様は筋トレをしていたのだ。


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