二十一話 想定外
どういうことだ・・・・・・。
つい今しがたまで、夢見心地だったのに。街まで続く道をルンルンスキップで歩き、生い茂っている草花にも笑みを漏らしてしまっていた。メアには白い目で見られ、時折アッシュ様には不思議がられていたけれど、順風満帆だった。
街についたときの想像を、頭の中で思い浮かべるたびに涎が垂れそうになった。それくらい幸せを感じていた。
しかし、今私の視界には、幸せとはほど遠い光景が広がっている。
あちこちで上がる悲鳴。形作られた破壊の痕。罅が入ったような地面の割れ目、吹き飛ぶ木々。降り注ぐ魔法。まさしく、地獄と呼んでいいだろう。
「くそ・・・・・・! おい! 一体これはなんだ!? なにが起きてる?!」
「ひぃ! 知りませんよ! 突然あちこちから魔物が現れて暴れはじめたんですう!」
呆然としていると、アッシュ様が逃げ惑っている人を一人捕まえて、事情を聞いている。だけど、ただの魔物がこれほどの被害を出せるだろうか?
「そ、それで悪魔みたいな女の子が・・・・・・!」
「悪魔? 女の子だと?」
話を聞いて、私の頭にある考えが過ぎる。瞬間、全身から血の気が引いていく。
「リルチャン・・・・・・これちょっとまずいんじゃない? まずすぎるんじゃない?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「リルチャン?」
アッシュ様のことも、メヌのことも、今の私には届かない。あまりにもな事態に、思考が現実の事態に追いつかず、呆然としながらただ見つめるしかできない。
なんだこれ・・・・・・!
おかしいよ・・・・・・なんでこんなことになるの・・・・・・! 私とアッシュ様がデートできるってタイミングだったのに・・・・・・。
「おいリルチャン!」
「は!?」
気がつくと、アッシュ様がすぐ近くにいた。肩をガッシリと掴まれて、顔に吐息がかかってしまうくらいに。
え・・・・・・? まさかこんなときに・・・・・・キス・・・・・・?
ダ、ダメダメダメダメ! そんなの!
別に嫌ってわけじゃないけれど、そういうのはもっとシチュエーションとムードとタイミングとお互いの気持ちの高まりと両想いだっていう事実を大事にしたい! 初めてのキスなんだから思い出に残るようにもしたいし!
「いいか、お前はお姉ちゃんと一緒に、ここから逃げろ!」
「え?」
「魔族がこんな事態を引き起こしているっていうんなら、そんじょそこらの奴じゃ勝てない! このままじゃ危険だ!」
「は、はい・・・・・・」
「だから、俺は魔物と魔族を倒しにいく!」
「あ、そっすね・・・・・・」
キスじゃなかった・・・・・・そりゃそうか・・・・・・。
「? なんでちょっとガッカリしてるのかわからんが、とにかくすぐに逃げろ。守りきれるかどうかわからん!」
「ま、待ってください!」
ショボン、としていたのは一瞬。すぐに私はある決意を固めた。
一体、こんな事態を引き起こしたのは誰なのかを調べるのだ。
魔物は本来、魔族によって使役される。目に見える範囲にいる魔物達は、一見まとまりがなく暴れているようにしか見えないが・・・・・・私が魔族だからか四天王だからか。一種の統率があるように感じる。
しかも種類がバラバラだ。竜ならば竜人族が、鳥型ならば鳥人族が、という具合に使役できるのには条件がいるというのに。
一人か二人じゃない。複数の魔族がいる。だとするなら、先程の悪魔みたいな少女、という言葉も繋がる。四天王である私の立場を利用すれば止められるかもしれない。
というか、怒りたい。二度とこんなことしないように釘をさしておきたい。人の恋路を邪魔しやがったんだから、当然だろう・・・・・・!
あ~~~、いかん。段々怒りが・・・・・・・・・!
まぁ、そんなこと説明できるわけないんだけどね!
そんな私の事情なんてアッシュ様に話したり目の前で魔族を止めるなんてそんなことしようものなら、即正体バレて首スパンだろうけど!
「? なんだ?」
「あ、えっと、しょにょ・・・・・・」
バシュ!!
背後から迫ってきていた魔物を、振り向きざまに一閃。アッシュ様は聖剣を引き抜くと同時に魔物をまっ二つにした。
襲撃を受けている人達にも、聖剣から放つ斬撃で遠距離から守り、次々と魔物を屠っていく。その横顔は、いつものアッシュ様ではなかった。まるで切れ味鋭い刃物と同じく、どこまでも冷たく黒い眼差しをしている。
か、かっこいい・・・・・・♡
勇者として戦う男の姿ってかんじだ~・・・・・・♡ 惚れ直しちゃう、じゅるり。
「見惚れてる場合じゃないよ!」
バチン!
「あうっ!」
「は、は、早く逃げないと! このままじゃ私達も巻きこまれちゃうよ!」
「で、でも・・・・・・・・・」
ビンタされた後、メヌは私の手を引いて逃げようとする。力が強すぎて付いていくことしかできない。
「でももなんでももないよ! こわいよ! あれ完全に殺人鬼の目だよ! 視界に入る者は皆斬るっていう狂戦士を思い出したよ!」
魔族としての本能か。メヌは普段とは打って変わって怯えきっている。アッシュ様、こんなにかっこいいのに・・・・・・。
それにメヌの言葉も一理あるとはおもうのだけれど、このままアッシュ様だけに戦わせるなんて、申し訳なさが残るし。
「あっはっはっはっはっはっはああああ!! ははははははははは!!」
メヌに口を塞がれんがら羽交い締めにされた瞬間、天から甲高い声が響いた。
ピタリ。メヌと私の足が、おもわず止まってしまった。どこか聞き覚えのある、可愛らしくも小憎たらしい声に、顔を見合わせてしまう。
まさか・・・・・・この声は?
「あららららら~~? そこにいるのはもしかしなくても~~。かの名高い勇者じゃな~~~い?」
「お前は・・・・・・?」
「お初にお目にかかるわ、アッシュ・バーンガイズ。あたしは魔王軍の新しい四天王が一人・・・・・・」
「な、」
「ベルゼ・バアル。お見知りおきを」
・・・・・・・・・。
「新たな四天王だと。一体――――」
「「お前かよっっっっ!!!!」」