十七話 落着
「ちょ、なにすんのよメヌエット! いくらあんたでもあたしの頭を叩くだなんて!」
「そりゃあ叩きもしますよ。ここでお二人が争ってなにになるんですか?」
「でも、メヌエット!」
「でももなにもありませんっ。めっ」
ぐぬぬ、という不満顔。面白くない! でも反論できない! ベルはそんな風に悔しそうにしている。
意外に思われるかもしれないけど、ベルは昔からメヌエットに逆らえなかった。幼い自分、私に嫌がらせをしてきたときも叱られたら素直に従ったり謝ったりしていた。
そのときはまだベルも四天王じゃなかったけど、立場と身分的には天地ほどの差があった。にも関わらず、頭が上がらない存在だったのだ。
はっはっは。良い気味だ。
「リルウル様も。メッ! いくら手柄をとられたくないからといって」
「はい。ごめんなさい」
まぁ、私も一緒なんだけど。
普段は普通だけど、本気で怒ったときのメヌエットには逆らえない。もう体の芯まで刻まれてしまっている。
「ちょっと待ちなさい。今なんて言ったの? 手柄?」
「ええ。そのとおりです」
さも意味深げに、メヌエットは私のほうに視線を一度向けた。次いで重苦しそうな表情を作る。どういうつもりなのか、皆目検討がつかない。
「リルウル様は、四天王に就任したばかり。それもまだ若輩。いくら功績を認められたからといっても、周囲には妬む者や謗る者もいるでしょう」
「う、うう」
ベルはなんともいえない、難しい顔をしている。心当たりがあるんだろう。ベルだったら裏で私のことを悪く言ってそうだし。
しかし、メヌエットの言い分はしごくもっともだ。魔王軍に入隊したばかりの頃、周囲からの見下す視線や陰口を流されていたし。
まぁ、私の家と両親も関係しているが。
「だからこそ、リルウル様は自ら提案したのです。魔界のため、魔王軍のため、にっくき勇者の情報を入手して、周囲に実力を見せつけようと。そしてあわよくば・・・・・・」
「そう。そういうことだったの」
納得したようなベルの目を盗んで、感心してしまう。
よくこんな出鱈目を即興で考えつくものだ。でもまぁ、どうやら最悪の事態は避けられそうだ。
ありがとうメヌエット。やっぱり一緒に来てもらってよかったよ。
「ばっかじゃない?」
まぁ、ベルがむかつくというのは変わらないけど!」
「そんなくだらない理由で、わざわざ様子を見に来てやった私にあんなこと言うなんて。相変わらず見栄を張るんだから。あんたみたいな雑魚が、勇者に太刀打ちできるわけないでしょ。身の程を弁えなさいよリル」
ぐぎぎ、このあま・・・・・・! 言わせておけば・・・・・・!
「んで? 肝心の勇者はどこにいるのよ」
「教えるわけないだ―――」
「ここから南にまっすぐ。湖近くの砦です」
「あーはっはっは!!」
高笑いを上げながら、宙へと浮き上がるベル。そのまま南の方角へと一気に飛んでいく。
「・・・・・・おいメヌエット?」
「さて、朝食の支度をしましょうか」
既に豆粒ほどに見えるほど飛んでいったベルを眺めるが、メヌエットは素知らぬ顔だ。平気で嘘をつき、それもベルが死ぬかもしれないというのに。
「あいつはたしかに嫌な奴だけど、流石にやりすぎじゃないか?」
「良い薬です。あの子は自分に自信を持ちすぎていますから、ここでちょっと痛い目をみたほうがいいとおもいますよ?」
薬っていうか、毒じゃない? 痛い目ですむのかなぁ。まぁ、ベルが大変なことになったら、それはそれでスカッとするけどね。
「それに、いざというときの囮にできるだろうし」
「へ? 囮?」
「アッシュ様達は、魔族が来てるかもしれないって警戒はしています。でも、誰が、何人来ているかまでは掴めていないでしょう? だからリルウル様が騒動をおこせば、魔界から来たのはあいつだ! って皆おもうでしょう」
「・・・・・・うん」
「ベル様に皆が注目している間、リルウル様が疑われる可能性はかなり減るとおもいますよ? それに、邪魔もされないとおもいますし」
「あ〜〜。なるほど。なぁ、メヌエット」
「はい?」
「お前黒いな!!!!」
尋常じゃなく腹黒いよその企て!! こわすぎて私の倫理観じゃ思い浮かびもしなかった!! 魔王様しか思い浮かばなそう発想だよ!!
仮にも小さい時から知っていて、主の知り合いで、そして自分より身分も立場と高い相手に、よくそんなことが実行できるな!! いや、もし思い浮かんだとしても実行するのに躊躇いはないの!? 罪悪感とかはないの!?
「いやいやそれほどでも〜」
「褒めてないよ! 褒められないよ!」
「そんなことよりも、朝ごはんどうします〜?」
「食べられないよ! 食欲失せたよむしろ既にもう胃もたれおこしてる気分だよ!」
メ、メヌエットにこんな一面があったなんて・・・・・・。
長年の付き合いだけど、初めて知った。もう今までと同じ感じで接することが躊躇われてしまう。
「ん〜〜。どうしょう。野生の動物でもいたらいいんだけど」
いや、待てよ?
もしかして、普段のほほんとした性格や雰囲気はただ演じているだけなのでは? いつもそんな黒いから咄嗟のときに思いつくのでは?
だとしたら、普段から仕えている私に対しては・・・・・・一体どんなことを考えて?
「リルウル様?」
「ひゃ、ふぁい! なんでしょう!?」
「? 朝ごはんですけど、一旦どこかでなにか買います?」
「は、はい!! それでお願いします!! はい!!」
つい敬語を使ってしまう私に、メヌエットは不思議そうに小首を傾げる。
少し・・・・・・警戒していたほうがいいかな。
「でも、本当によかった。戦わないで」
「・・・・・・」
「リルウル様は昔、『魔陣紋章』の件で色々あったでしょう?」
「・・・・・・そうだったな」
メヌエットの言葉につられて、私は己の手の甲に視線を落とす。そこに存在している四天王の証が、『魔陣紋章』が、過去の記憶を思い起こさせる。
「行こう。アッシュ様に会うのが遅れてしまう」
ブンブンと頭を振り、記憶を追い出す。そうして私は自らを鼓舞し、小さく駆け出したのだった。