十六話 衝突
「でも、よくここだとわかりましたね?」
「あたし達淫魔族の力、知ってるでしょ?」
「・・・・・・成程」
淫魔族は、特殊な魔法を扱える。異性の夢の中に入って淫らな夢を見せ生気を奪い、異性を魅了して操ることができる。大方、人族を魅了して私達の特徴から情報収集をしていたんだろう。
「っていうかその格好、なに? まるで人族みたいじゃない。誇り高きリュカントロポス家の娘が」
「・・・・・・・・・」
「ご両親が知ったらどんなに嘆くでしょうね。くすくすくすくす」
あ~~~~~~・・・・・・・・・! ぶん殴りたい!
なにこいつ。なにしに来たの? 嫌がらせ? わざわざ私をイライラさせるために来たわけ?
「あの、ベルゼ様? リルウル様はキチンとお役目を果たしていますよ?」
「本当に~~? あんた、小さいときから仕えているから庇ってるんじゃないの?」
「いえ。その証に勇者の居場所を掴みました」
「ちょ、おい!」
「は?」
なんで言っちゃうんだよ! 絶対めんどうなことになるじゃん! 「居場所掴んでいるのに、まだ殺してないの??? びびってんの? ぷーくすくす! あたしが代わりにやってやろうか? www」って煽られるに決まってる! メヌエットのアホ!
「ふぅ~ん、やるじゃんリルのくせに・・・・・・」
あれ? なんか反応がおかしいな。唇を尖らせてつまんなそうな顔をしている。不満だっていうのがこれでもかと表されているよ。
「な~~んだ。あたしが手を貸してあげようかな~~っておもってたのに」
「ふん! 余計なお世話だ。お前の手なんて借りなくっても、私達だけで充分なんだよ」
「まぁまぁ。仲良く仲良く~~~」
こんな言い争いをしている場合じゃない。アッシュ様に早く会いたいし、なにより今誰かがここを通りかかったら。魔族であることがバレてしまう。ただでさえ、転移魔法を使ったことが英雄達にバレているんだから。
ん? 待てよ?
「なぁ、ベル。お前、いつここに来たの?」
「つい三日前よ」
「・・・・・・転移魔法使った?」
「勿論。それがなかったら来れないでしょ」
「・・・・・・・・・」
「うわぁ・・・・・・」
「? なによ」
アッシュ様の仲間達の話を思い出す。転移魔法の発動を感知した、と。
あれはもしかしたら、私達じゃなく・・・・・・・・・こいつのなんじゃね?
こいつがこっちに来たからバレたんじゃね?
間を置かず二回も転移魔法を使ったから、英雄達が怪しいっておもったんじゃね?
「まぁ、いいわ。んで? 勇者はどこに―――」
「帰れ」
「え?」
「帰れええええええええええええええ!!!!」
余計な真似をしやがって。
そう怒りに駆られた私は、大きく叫んだ。
「はあ!?」
「ちょ、リルウル様!!」
余計なことをしやがって!! こいつのせいで私の計画(ほぼ画餅)が崩れるかもしれないじゃないか! いらない緊張も強いられたし!
「ちょ、なによ! なんでそんなこと言われないといけないのよ! あたしがいれば百人力! 能力であのにっくき勇者を下僕にしてやるんだから!」
「ますます帰れええええええええええええええええええ!」
あのアッシュ様になにしようとしてやがるんだ! ふざけんな! むしろお前がアッシュ様の下僕にされちまえ!
「あんた・・・・・・・調子に乗ってるわね?」
舌打ちとともに、地面に降り立つ。鋭くこちらを睨みつけながら殺気だつとベルの左手の甲が、明滅しだした。
ゾッとした。身の毛がよだつ危機感に襲われる。
「ちょ、ベル様! 『魔陣紋章』を使うつもりですか!?」
魔陣紋章。かつて魔王様が自ら選んだ四天王に、特殊な紋章を与えた。魔法陣と同じ仕組みで構成され、莫大な魔力と、ある魔法が込められている。かつて魔王様が自ら編みだした魔法だ。
「どう? 泣いて謝るなら今のうちよ? 泣き虫弱虫リルウル虫」
ベルはまだ『魔陣紋章』は発動していない。けど、前兆は発生している。ベルの周囲に力の奔流が産まれ、左手の甲から溢れ出ている魔力が爆ぜ、赤黒い閃光を放っている。
それも当然。魔王様は凄まじい力の持ち主だった。そんな魔王様が編みだしたのだから、一度使えば地形すら、天候すら変えることができる。
極めて強大で、おそろしい力。そんな『魔陣紋章』を発動しようとしているのだ。
四天王同士の喧嘩で。
「誰が謝るか! このブスおんな! モテないから淫魔族の能力使わないと男に見向きもされないくせに!」
「なんですって~~~~!!」
上等じゃん。
ベルがその気ならこっちも受けてたってやる! 今こそ積年の恨みを晴らすチャンス!それに、こいつを放置していたらアッシュ様にも危険が及ぶ! 私とアッシュ様の夢にまで見た蜜月も!
せっかく私の恩返しがはじまったばかりだというのにもう終わりだなんて。そんなことあってたまるか!!
やってやろうじゃん!!
「こお〜〜〜ら」
ペシン。
「あう!」
「ベル様。流石にやりすぎですよ。めっ」
空気が変わった。一触即発だったのに、メヌエットの緩い叱責がベルを止めてしまったのだ。