十三話 帰路
「ひっく、うぃ~~~。でも、本当に立派な耳してるね~~~」
「きゃうん!?」
「ええええ!?」
なんとクリスタは、メヌちゃんの耳にぱっくんちょ。突然咥えたのだ。
なにやってんのこの人!?
「ちょ、く、クリスタ様!? あ、あん・・・・・・!」
「あむ、ぺちょ、んん、はむ」
と、止めないといけない・・・・・・けどあまりにも衝撃的すぎる・・・・・・。唾液音と艶めかしい嬌声。メヌちゃんの表情と相まって、なんだか見ちゃいけないものを見ているような気分・・・・・・。
「お? なんだなんだ~~~? うい~~」
フラフラした足どりでこちらに酔ってくるゴッツ。やたら顔が赤いし、目がとろんとしている。というか酒臭い!
「あっはっは~~~! なんらなんら~~~! いいぞもっとやれ~~~!」
「ゴッツ・・・・・・君は昔から想っていらけろ、すこし声が大きいじょ・・・・・・ひっく」
もしかしてこの人達、酔ってる!? お酒飲んでるの!? いつの間に!
「ひっく、良い機会ら。おしおきしてやるじょ~~」
「がっはっは! いいぞいいぞ! どんどんこ~~~い!」
「もう~。邪魔しないでよ~~!」
「うわあああああああああああああ!」
大変な騒ぎになった。
ゴッツは何故か服を脱いでスクワットをしだし、エリオットが放った矢があちこちに飛び、クリスタの魔法が炸裂。メヌちゃんは耳をしゃぶられ続けている!
とんでもない状況だ。魔界よりもカオス! この人達、本当に英雄!?
「ちょ、アッシュ様ああああああ! どこですかあああ!?」
一人、この事態を止められるであろうアッシュ様を探す。いつの間にか部屋にもいないし、一体どこへ行ってしまったんだ?
「? どうかしたか?」
「あ、アッシュ様!」
どうやらトイレに行っていたらしい。出てきたアッシュ様を見つけたとき、おもわず、抱きついてしまった。
「っ!」
「うぇ、うぇ・・・・・・。ご、ゴッツ様達が・・・・・・お、お酒を・・・・・・それで・・・・・・」
「あ~~~~。成程・・・・・・わかった。なんとかするから・・・・・・ちょっと離れてくれるか?」
「ふえ・・・・・・? あ! ご、ごめんなさい!」
なんてことをしていたんだろう私!
慌てて気付いて、すぐにアッシュ様から離れる。恥ずかしくて、まだドキドキしてしまう。
チラッと様子を伺うと、アッシュ様と目があった。そして、すぐにお互い目をバッと横に背ける。
って、あれ? アッシュ様も?
「あいつらは、酔うとちょっとおかしくなってな」
「ちょっと・・・・・・?」
「・・・・・・そういうことにしておいてくれ。とにかく、三人は俺がなんとかするから、二人はもう帰ったほうがいい」
「そうですか・・・・・・わかりました―――ってえ!?」
「? 当然だろう。女の子を二人、男だけの家に置くわけにはいかない」
「そ、そんなああ!!」
というか今帰れない! 今帰ったら転移魔法の反応を感知されてより怪しまれてしまう! そして多分二度とここには来られない!
「? どうかしたのか?」
「い、いえ・・・・・・その、」
どうしよう。どうやって言い訳しよう。メヌちゃんは今、大変なことになっているし。早く救ってあげないといけないし。
「・・・・・・まぁ、来てくれて助かった。礼を言う。恩返しは充分だ」
「そんなことありません!」
「うを!?」
「まだまだ全然! 返しきれていないんです!!」
急に叫んだ私に、アッシュ様は呆気にとられている。でも、叫ばずにはいられなかった。
偽らざる、私の本心を。
「命を救っていただいたのに・・・・・・せっかくお会いできたのに・・・・・・一回だけだなんて・・・・・・」
「・・・・・・気持ちはわかった」
泣き出しそうになっている私の頭に、大きく暖かい掌がのせられる。ポンポンとされる度に、慰められているような心地に陥る。アッシュ様の優しさが伝わってくるようにも感じられて、余計に涙が溢れそうだ。
「正直言うとな。君達のことは、覚えていない」
「っ、」
それはそうだろう。犬と猫を助けたなんて、嘘なのだから。必死に自分に言い聞かせても、自責の念とは別の、胸の痛みが広がる。
「だが、俺は恩返しを期待して助けたわけじゃねぇとおもう。あのときはそんなこと、考える余裕がなかったから」
「ええ・・・・・・ええ・・・・・・!」
それでもいい。いいんです。覚えてくださっていなくても。
救ってもらったのは本当ですから。
命も、弱かった私の心も。あなたのようになりたいとおもうようになったのですから。
あなたのおかげで、私は変われたのだ。だから、私はあなたのことが―――。
ボガアアアアン!!
「っと、あのやろうども・・・・・・! 騒ぎすぎだ」
アッシュ様に連れられ、部屋に戻る。すると先程よりも更にひどい光景が広がっていた。ドッカン! バッカン! と爆発が生じてもいる。
なにこれ、戦争? 人の家でしていい騒ぎじゃないよ。さっきの余韻が台無しだよ。
なんとかアッシュ様が三人を大人しく・・・・・・ちょっと強引に静かにさせていく。そして、漸くメヌちゃんを救うことができたけど、びく! びく! と小さい痙攣を繰り返し、ぐったりとしている。手遅れだったかもしれない。
「メヌ・・・・・・お姉ちゃん。大丈夫?」
「はぁ、はぁ・・・・・・だ、だいじょぶ・・・・・・へ、変な扉が、開きそうだった・・・・・・よ」
いや、ギリギリだなこれ。よかった、のかな?
「じゃあ、そこまで送ろう」
「あ、はい・・・・・・」
もう帰らないといけない流れじゃんこれ・・・・・・。しょぼん。ここで拒否したり、抵抗すると怪しまれるだろうし。
・・・・・・しょうがない。素直に帰ろう。
「あの、アッシュ様」
「うん?」
「また来ます!」
今日は、帰る。でも、一日で終わらせたくなんかない。
「それでは! おやすみなさい!」
「お、おう。おやすみ?」
元気のよい私に驚いたのか、ポカンとしたアッシュ様。そのままメヌちゃんに肩を貸し、真っ暗闇の森の中を進み・・・・・・。
すす・・・・・・す・・・・・・。
こわい・・・・・・・・・。
昼間とは全然違う風景が広がっている。夜の森って、こんなにこわいの? アッシュ様よくここに住んでいられるな。流石勇者様だ。魔物とか住んでいるって言っていたし・・・・・・。
いや、大丈夫だ。私。思い出せ。私は四天王。誇り高きウェアウルフ族。もしなにかあっても、私にはあの力が―――。
ガサガサッ。
「ぴい!?」
やっぱこわい!
「う~~~ん、でも女の子をこんな森を帰させるなんて、警戒されてるのかな~~? リルチャン」
「も、もう演技しなくて良いよ。二人しかいないし」
まったく、呑気な奴め。今私がどんなに大変かわかっているのか。ぷんぷん。それに、警戒されてって言葉には賛成できないぞ。自惚れではなく、アッシュ様は私達を魔族だとは疑っていないだろう。そういう確信がある。
でも・・・・・・・・・。
「ねぇ、メヌちゃん。アッシュ様って、なにかあったのかな」
「ん~~~?」
メヌちゃんの話から連想して、私はあることを振り返る。ゴッツ達を止める前のことが浮かんだ。
二人で話していたときアッシュ様は悲痛な顔をしていた。昔のことを少し語っているとき。また戦争がはじまるのか・・・・・・。そう呟いていたときと同じ表情。昔のことを思い出しているようにも見えた。
「なにか・・・・・・辛いことがあったんじゃないかな」
「辛いこと・・・・・・」
「戦争だもん。そりゃあ私達魔族も大変だったけど、アッシュ様も大変なこと、あったんじゃないかな」
「・・・・・・・・・そうか。そうだな」
一体どんなことがあったんだろう。それは、勇者を引退したことと関係があるんだろうか? こんな誰もいない、暗くて心細い森に一人で暮らすことを選べるほどに?
短絡的かもしれないけれど、一度そう考えたらそうとしかおもえない。そして、知りたい。
知ってどうにかできるものじゃない。でも、助けたい。もしも今もまだ、辛いおもいをしているのなら、私が癒やしたい。紛らわせたい。
それが、本当の恩返しになるんじゃないかな。
「メヌちゃん。私、やるよ。これからも」
「うん・・・・・・・・・でもその前に大切なことがあるよ」
「?」
決意を新たに語る私に、メヌちゃんは気になることを呟いた。はて、まだなにかあったっけ?
あ、家事の練習とか?
「今晩どこで寝るのかってこと」
「・・・・・・・・・あ~~~」
たしかに、それは大切だね。うん。




