十一話 不穏
「まぁまぁ。大丈夫だよリルチャン」
「あの二人はあんなかんじだけれど、本気で殺すということはしないさ」
困惑していると、アッシュ様とゴッツは外へと移動していく。それを当たり前のように受け入れているエリオットとクリスタに、私は慌ててついていくしかない。
「で、でもでもあのお二人、戦うんですよね?」
「戦うといっても、挨拶みたいなものさ」
「大丈夫大丈夫。お互い本気で殺し合うなんてしないよ~~」
「は、はぁ?」
家から少し離れたところまで移動すると、二人は距離をとって戦闘の構えをとる。それを見た瞬間、私は硬直してしまった。
肌がひりつき、空気が張り詰めていく感覚がした。俗にいう殺気というものが二人から漂いはじめている。
………殺さないんだよね?
ゴウッッッ!!
「!?」
衝撃波が生じた。
二人が動いたと同時に、巨大な力がぶつかい、凄まじい動きと金属音と打撃音が響く。凄まじい余波が生じ、周囲の木々を揺らし、地面を震わせる。
本当に殺さないんだよね!?
ただの挨拶なんだよね!? 果し合いでもしている雰囲気だよ!! 特にアッシュ様のあの目つき! 仲間に向けていい目つきなの!? まるで仕留めると覚悟を決めた敵に向けている目つきだよ!!
あんな目・・・・・・・・・あんな・・・・・・・・・。
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でも、かっこいい・・・・・・・・・♡
「ん~~~。腕は落ちてないみたいだね~~」
「よかった。安心したよ。怪我の影響もないみたいだね」
「え、怪我? アッシュ様、怪我をされていたんですか?」
「うん。といっても、そんな深い傷ではなかったんだ。でも、その直後に引退をしてしまったからね」
「もしかして、やばかったのかなっておもってたの」
「そ、そうだったんですか」
怪我と聞いて、私は一瞬不安になってしまった。そして、すぐに疑問を抱く。それじゃあどうして引退したんだろう? と。
「なにはともあれ、これでアッシュもいざというとき、一緒に行動できるね。来てよかった」
「ほんとほんと」
「一緒にって、なにかあったんですか?」
「うん。王国から、ある命令が下されてね」
勇者様とその仲間たちは、かつて王国の命令で様々な任務を行っていた。特定の軍や舞台には加わらず、少人数であることを活かして魔王軍と戦っていたという。
今でも勇者様を除く英雄達は王国に仕える立場にいるという。だから命令されるというのは不自然じゃないけど、わざわざ英雄に、というのが気になる。
もしかして、魔王軍を攻めろとか? 調査しろとか? そういう類じゃないか? 可能性は高い。
「魔王軍幹部が動いた気配があるから、調査せよという命令さ」
「……………………………………………………………………………」
「魔界とこっちの大陸は基本繋がってないから移動するときは大規模な転移魔法が必要なんだけど、最近その転移魔法が使われた反応あるんだよね~~~」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
「それで、王国から調査を依頼されたんだけど、そのついでにアッシュの元へ立ち寄ったというわけさ」
「会いたいって気持ちもあったけど、いざとなったらアッシュにも動いてもらわないとだしね~」
「ソウデスカ~~~。タイヘンデスネ~~~……」
「うん? どうしたんだい? 顔色が悪いよ? 汗塗れだし」
「イエイエイエ~~。キノセイデスヨ~~」
ヤバイ。
ヤバイヤバイヤバイヤバイ!
バレてる!?
たしかにこっちに来るとき、転移魔法の魔法陣使ったけど! そんなすぐに感知されるものなの!? しかも幹部ってところも的確だし!
「あの、もしも本当に魔王軍が動いていたら……どうされるんですか?」
「そうか。そういうことか。安心したまえよ」
エリオットは、何かを感じ取ったようにフッと小さく笑った。そして安心させるように私の肩にポン、と手を置く。
「ちゃんと皆殺しにするさ☆」
「物騒な台詞に不釣り合いな良い笑顔!」
「もう、エリオットったら。きちんと生きた状態で残しておいてよ~~。ただでさえ生きた魔族なんて中々手に入らないんだからさ~~」
「生きた魔族でなにをするつもりなんですか!?」
「あ。知りたい? 実は今新しい魔法を発明中でね~~~」
やだ! 聞きたくない! というかなんで「あ、そうだ」って具合で杖構えているの!? 実演するつもり!?
やっぱりこわいこの人達!!
「皆さん、お茶が入りましたよ~~。おや?」
「め、メヌエット~~~!」
「あ、あららら?」
どうやら私は、自分でおもっていたよりも色々と限界だったらしい。やってきたメヌエットの登場に、涙が突然ドバー。目から滝のように溢れ、そのまま抱き着いてしまう。
「えっと、なにがあったんでしょうか?」
「ふむ。少し怖がらせてしまったようだね。すまない」
「えへへ~~。ついうっかり~~」
そのまま二人は改めてメヌエットに、魔王軍について、そして王国からの命令について説明をした。
「なるほど・・・・・・・・・そういうことですか~~英雄の皆さんも大変なんですね~~」
「「いや~~。それほどでも」」
抱きしめて、頭を撫でている手に、微妙なこわばりが産まれる。メヌエットも事の重大さを理解したんだろう。
「あ、そうだ。ちょっと忘れ物を思い出しました」
「また逃げるつもりかあああ!!」
この薄情者! 主に対する忠誠心はないのか!! というか行こうとしてる方向、家のほうじゃないじゃん! 魔界に帰るつもりだろ絶対!
「どうしたんだろうね? この子達」
「さぁ? しかし、アッシュが女の子とか・・・・・・・・・う~~~む」
「エリオット?」
「ガハハハハハ!! 腕は鈍ってないみてぇだな。安心したぜ」
「おや。どうやら二人は満足したみたいだね」
激しい戦闘音が、いつの間にか終息していた。サッパリした表情のゴッツは、大笑いしながらアッシュ様の肩に手を回している。
「これなら、いざ戦いがはじまっても大丈夫だな! 安心したぜ!」
「そりゃどうも――――って、戦い?」
「おうよ! 楽しみだろう!? また魔族達と殺しあえるのが!」
ゴッツって、本当に人族? 蛮族じゃないの? というかアッシュ様とあんなに距離が近いなんて、羨ましい!
「戦い・・・・・・・・・戦いか」
「?」
もしかして、アッシュ様も? と考えているときだった。手から力が抜け落ちたのは。
それで引き止められていたメヌエットが、急に支えを失ったようになって、「あああ!?」と叫んで、エリオット達のほうに吹き飛んでしまった。
でも、そんなことはどうでもよかった。アッシュ様の表情が沈痛で、苦虫を嚙み潰しているようで。
「またはじまるのか」
そう辛そうに呟いたのが、口の動きで見えてしまったのだ。