死んでもいいと思うの
悪役令嬢が死ぬ話。悪役というからには、ちゃんとおつむが狂っていないと!というのが僕の思想です。人知の及ばぬ化け物も好きです。
なんか投稿してみるか、と思ってさっと書きました。投稿の練習です。初投稿なので全部大目に見ろ。
※グロくはないのでR15付けてませんが、しっかり“死ぬ話”をしているので嫌な方はお逃げください。
白いドレスを着たわたくし。眩いばかりに真っ白だ。
銀のタキシードを着た王子。隣に並べば、揃いと言えなくもない。
今日は結婚式。おめでたい場。めでたそうな顔をした人間は、一人もいないけれど。あらやだ居たわ、ヒロインちゃん。聖なる乙女、悪魔を倒す、拾われっ子のヒロインちゃん。
ピンクヘアーのヒロインちゃんが、シルバー合わせの金の掛かったドレスで、勝ち気に微笑んでいる。数年前、転生者仲間ねって、お友達になろうと話しかけた時には、もう敵対されておりましたものね。一体、周りに疎まれ慎ましやかに虐待を受けてきたわたくしの、どこを危険視したのかしら。悲しかったわ、あの時。
「カルミア!おまえとは結婚しない!今すぐ出ていけ、ここは俺とミリーの結婚式会場だ!」
国王陛下も承知。ヒロインちゃんの両親……侯爵家だったかしら、あちらも義理の親子だろうに……彼らも承知。驚くべきことに、うちの親も承知だ。蚊帳の外なのはわたくしだけ。嫌ねえ、いつもこうなのは。
まあ、よいのです。わたくしは別に、王子様のことが好きなわけではないから。そんな男、いくらでも貰ってくださればいい。わたくしを好いていないそんな男だ。ヒロインちゃん、あなたのことも、きっといつか捨てますわよ。
「承知いたしましたわ、謹んで」
「残念だったわね!ブラッドリーが選んだのはあたしよ、あ、た、し!ねぇドリー?」
「ふんっ、今日までに婚約が解消されたことにも気付かなかったのか?まぬけめ、のこのこやって来おっ……て、え、なんだ」
三文芝居の途中で、式場が揺れ始めた。地面が揺れることに慣れていない現地人たちは、神からの何かかと思い、まぬけにも、上を見上げた。平気そうなのは元日本人のわたくしと、元日本人のヒロインちゃんだけ。
「きゃっ、やだぁこわーい」
ぽけっと上方を見る王子様に、ヒロインちゃんがぎゅっと抱きつき、胸を押し付ける。醜悪なニヤケ顔が良く見えて、本当にこれで一国の王子様を落とせたのか、気になってしまう。落とせたのであろう、王子様がまぬけだから。
「まあ怖いわ、地震かしら」
「なーににこにこしてるのよ、気持ち悪いのよあんた!」
悪魔が、式場に入ってきた。原作通りに。
「……はっ!?」
何が起こるか知っていたはずのヒロインちゃんは、あら、動けない模様。どうしたのかしらね、舐めていたのにね。迫り来るものが、どうにも信じ難いほど終焉すぎて、怖気付いてしまったのかしらね。
わたくしは、すっくと立って、できるだけ冷静を装う。耳、赤くはございませんかしら。眼前のピンク頭を避けて進めば、横目に、パアと輝いたわたくしの表情に目を見開くヒロインが見える。まさか失禁しています?青い顔でお労しいわ。
興奮で鼻血が出そうであるのを、息を整えて誤魔化して、わたくしは口を開いた。
「第十三代目、色慾の悪魔、アスモデウス様。お初にお目にかかりますとともに、契約のご提案がございますわ」
どんどん聖女に迫り来ていた、有無を言わせぬ歩みが、ぴた、と止まった。巨大な黒い靄がわたくしを見下ろす。
美しいわ。笑みが、零れる。
「おみあしお留めくださり、ありがとう存じます。人間の、カルミア・タオティエでございます」
白いドレスは、ちょうどよく吹いた秋風に煽られ、とても膨れた。まるでプリンセスラインだわ。幸先が良い。
風で変形してしまう、その程度の安い生地なのだ、本当に。
「契約内容は至極明瞭、対価に応じて望みを叶えていただきたいの」
布丈が足りなくても見栄えがすればよいのである。ああいけない、要らないことを考えて。緊張しているのね、わたくしったら。
でも、仕方が無いと、思うのよ?これから世界一幸せになるもの。
「まず、わたくしの命を差し上げますわ」
最初の一手は自己紹介。貴方様がこれから奪う命の名前。悪魔の通貨は、命。貴族から平民まで、童話で習ったでございましょう。何を驚いていらっしゃるのだか。周囲のざわめきが止まりません。
「わたくし、見ての通り誰からも必要とされておりません。ですので、死んでもいいと思いますの」
ざわめきが止まりました。いい調子ですわ。
「この体は、恐らく六十歳程度まで生きると思われますわ。ご召喚時の人柱は、死んでも老衰と見分けがつかぬ老人ばかりと聞いております。どうでしょうか?」
靄はまだ、靄のまま、確かに存在する死が具現化したような雰囲気を醸し、その場で動かない。まあ、頭の足りぬ令嬢一匹では充分でない、と元より思っていたから、わたくしとしては特に想定外でもない。
想定外は外野である。なんだ、うるさい。この溢れ出る絶望に、意外にも騎士達が打ち勝って、立ち向かおうとしておいでだ。さすが死を前提に訓練している方々なだけあるわ。あら?近衛騎士がまだ起きられていないわね。笑った方がよろしい?
しかし、次第に靄に剣で切ってかかっても無駄と分かったのか、騎士共は私に水を向けた。まあ。ため息しか出ませんわ。
「加えて、」
ゆったり付け加えると、騎士共の歩みが鈍った。剣を突き出されてこの落ち着きよう、狂ってしまったと思われたかしら?本当は、目の前の美しい終末に比べては真剣すらおもちゃ、というだけですけれど。いいわね、そのまま契約してしまうまで尻込みしてらっしゃい。
「王城の地下に匿われている、色仕掛けのせいで極刑になったはずの元メイド。体つきがよろしかったから、死なせずに軟禁され、国王のお情けを毎夜賜っているとか。今頃のびのび紅茶でも飲んでいらっしゃるのではなくて?死んでもいいと思うわ」
急に明かされた、とんでもない醜聞に、さて、国王の様子も気になるところではあるが。どうでもいい人のどうでもいい反応など、捨ておくべきでしょう。あら、ホール内がまたザワザワしているわね。
わたくしは一息置き、続けた。
「王都騎士団の南西の詰所に勤めてらっしゃるパールさん。隣国からの間諜ですから、死んでもいいと思うわ。北のクァルトの街で、火の不始末により村の一年分の食料をだめにしてしまったロビンさん。鉱山に送られていらっしゃるけれど、ほぼ死にかけですし、死んでもいいと思うわ。父親であるタオティエ伯爵ですが、わたくしが三歳の時、わたくしを蹴っ飛ばしたことがあります。年端もいかぬ女児をですわよ?信じられません。死んでもいいと思うわ。継母のタオティエ夫人は、多産でたいへんよろしいですが、三男以降は違う父親の子供ですわ。嘆かわしい。死んでもいいと思うわ。血の繋がらない妹のマリー、彼女にお熱な使用人が、誰のものにもさせないと殺害計画を立てていらっしゃるわ。三日後どうせ刺されて死ぬから死んでもいいと思うわ。あっ、ちょうど会場から出ようとしているそこのあなた、うん、死んでもいいと思うわ。えーっと、同じく逃げようとしているのは、あら。わたくしの侍女のアルカナね。おまえ、わたくしのヘソクリを着服していたわね?死んでもいいと思うわ。更にそこの王太子ですが、わたくしが彼を慕っていると勘違いなさっておいでです。死んでもいいと思うわ。ピンク頭、目に痛いの。死んでもいいと思うわ!」
にこにこと、良い笑顔で言い切った。わたくしは達成感に苛まれ、うっとり苦しくアスモデウス様を見上げた。
ああ、ようございますわ。変わらず生命の危機そのもののような威圧感で鎮座してらっしゃる。わたくしは、安心して心を落ち着けられた。
「計、十人。わたくしを加えて十一人。貴方様をこちらへ寄越しなさった、アールグレイ辺境伯がご用意された生贄より、一人分多くご提出いたしますわ」
名指しされ、びく、と震えるアールグレイ辺境伯。会場の視線が、一気にそちらを向いたのを感じる。王妃に懸想しており、国王へ辺境の地から恨みを募らせていたらしいが、知ったことではない。感謝いたします。わたくしのところへ、この方を連れてきてくださって。
ふわり。アスモデウス様のすがたかたちが、靄から人型へ変化する。美しい絶望だとは思っておりましたが、絶望だけではなくかんばせも美しいのですね。
アスモデウス様の目が、ゆっくり開かれる。あら兎のお耳、お可愛い。
『望みは』
少しも唇を動かさず、アスモデウス様が伝えてきた。このお姿は、お嗜みのようなものなのだろう。人型になる理由など、相手がそういう構造だから、くらいのものなのだわ。
わたくしは、つとめて冷静に告げる。
「わたくしを幸せにしてほしいの」
続けて、と瞬きで促され、わたくしは理由を求められているのかと考えた。なるほど、契約には対価も大切だけれど、それよりも興味を引くことのほうが大切なのかしら。
「わたくし、愛されたことが全くございませんの。詳しく探して、些細なことでもひとかけら、と思いましても、全くの無でございます。驚きますわよね、何か少しくらい無いのかと思われますが、本当に無いのです。ですのでわたくし、愛されたいのですわ」
『なぜ、私だ?』
「人間には荷が重いようなので」
とても、簡単な話である。わたくしはいつだって、愛を願っていた。でもそれに応えてくれた甲斐性のある人間はいなかった。人でダメなら、では人外の方に頼むしかない。あぁ、動物はだめよ、わたくしが愛せない。
わたくしは、恥じらうように目を逸らして、返答を待った。
『よいだろう』
ばっ、と顔を上げる。嬉しいわ、記憶の中で一番嬉しいかもしれない。なんてことなの、嬉しい、嬉しい!
わたくしは、飛び上がりたい気持ちを抑えて抑えて、抑え尽くして淑女の笑みを作り、カーテシーをした。アスモデウス様には人間の作法など無意味だろうが、気持ちとして、誠意は見せなければならないと思ってのことだ。
その実。アスモデウス様は、そういう機構だ。魔界から魔力によってこちらに訪れ、命と引き換えに契約を結び、履行し、達成されたら帰るのだ。だから、誰かとの契約条件が満たされる前に、新たに契約を持ちかけると、無視できない。既契約者の出した報酬より、新契約者の提示する報酬が、割がいいなら、魔界に帰るための契約は新しいほうに更新される。知っていてよかった。わたくしは賭けに勝った。
前の契約者、つまりアールグレイ辺境伯だが、彼が人間を捧げていて良かったとも思う。ほら、命の価値は平等ですもの。もしネズミなんかを代償に契約を結んでらしたら、わたくし、用意出来る自信がありませんでした。例えば、ネズミより人間の命が重い、だなんて、悪魔の秤の正当性を、わたくし達のようないち生物風情が判断しては、思い上がりですわ。
兎にも角にも、契約は、成った。
アスモデウスは微笑んで、または微笑んだように見える顔を作って、人間に愛されぬレディーに、手を伸ばした。
あぁ、なんって幸せなの!わたくし、これから死ぬんだわ!




