03 選択と自覚
先を歩く二人の会話を聞きながら、ゆったりとした所作で歩を進める。
二人の会話から色んな情報を得、頭の中に収める事に没頭する。
目の前で和やかに「私のことはカリスと呼んでください」だとか「私もサマは要りませんよ?」とか和やかに会話している二人を、どつき倒したい。
ヒトはそれを、八つ当たりというのも知っている。
後方にいる他の方々も、百合さんに話しかけたいのかそわそわしているのが感じられる。
何処までヒトを魅了すれば気が済むのだろうか、そして本人が気づいてないのがまたスバラシイ
やだなぁ…………ここにいるの
オマケはオマケで捨てられておきたい
そんな事を思いながら、軽く溜息を吐き気付かれぬよう後方のヒト達をちらりと見る、此方も先方を歩くカリスフェイド氏と負けず劣らずの美男子達だ。
美人には美形が寄ってくるんでしょうか………………そうかもしれない
向こうでもそうだったもんなぁ
……はぁ、目の保養には嬉しいが、それは遠目からだからいいのだ、と百合さんと付き合っていてよくよく思ったなぁ
そうシミジミと遠くない過去に思いを馳せながら遠い目をしていると、どうやら目的地に着いたようである。
「それでは、右の部屋をユリが隣の部屋をミズエ様がお使いください」
そう扉を示すカリスフェイド氏に促され、百合さんは扉の中に消える。
パタリと扉が完全に閉まる音を待って、私は口を開いた。
百合さんには出来れば聞いていて欲しくない、内容だったから。
「別に敬称は必要ありませんよ、ただのオマケに」
ふっと口元に笑みを浮かべ、そう告げる。
目の前の彼は私の自分の立場の言い回しに肩眉を上げて見せた後、心得た様に「では、ミズエと呼ばせてもらう」と百合さんにむけていた笑みとはまた別の笑みを浮かべた。
人柄思いっきり変わりやがりましたワヨ…………やっぱり、一筋縄では行かない性質か
でも……今の所は彼さえ引き込んでおけば、 百合さん は安全かな
そんな事を考えて苦笑を零しながら問いかける。
「ただのオマケの戯言ですが、一つ お願いがあります」
「……それは、ユリに関する?」
「えぇ、彼女の存在は様々なモノを動かします…………時には 神さえも ただ、本人自身は貴方方が垣間見た人間そのものです その本人を……彼女の全てを 護って下さいとは言いません、傷付ける事だけはしないで下さい」
嘘は言ってない、現に此処に居るのだって≪神≫と呼ばれるミュケーさん達の上の采配だろう。
その采配によって、彼女は国々を渡り歩くのだ……色んな国の色んな事に巻き込まれるのだろう、それでも巻き込んだモノを憎まず、世界を呪わず、其処にいるヒト達を愛すのだろう彼女。
人々に愛される彼女を……他人の痛みに涙を零せる、彼女をどうか傷付けて欲しくない。
私は何だかんだあの子をきつく評価するけれど、嫌っているワケじゃない
どうでもいい人間だったら、世話なんて焼かないし基本的に気にも留めない
それぐらい私はヒトに対して興味が持てない、事象になら幾らでも持てるんだけどねぇ
そんな私が面倒事に巻き込まれながらも、二人セットに見られるぐらい一緒に居るのは…………私が彼女を許容し、愛しいと思っているから。
ただ、面倒事は面倒だけどね
親愛のアイジョウがあるのは、否定しない
そう深々と目の前の彼に頭を下げる。
これから先、彼女はこの彼と後は周りの彼等と共に行くのだろう 長い旅路へ。
それに私はついていく気は無い、聖女でもない私がこの中にいるのは違和感以外、何者でもない。
でもって、役に立つのかもさっぱりだ
ミュケーさん曰く、世界を渡った時点で色々と与えられているらしいが、特に何か兆候があるわけでもない。ゲームや小説などの様に髪の色が変わるとか、瞳の色が変わるとか外見が良くなってるとか別人になってるとか、そんなんだったら真っ先に百合さんが気付くだろうし。
私も彼女の変化や態度で気付く、それに百合さんは私にそういった変化を隠す理由が無いしね
役に立たないモノを連れていけるほど≪世界≫を救う旅は容易ではないだろうし
では、彼女の居ない期間どうするのか……此処に世話になるわけにも行かない。
まぁ、私は私の道を行くだけだ
「頭を上げよ、ミズエ」
不遜な声音が、頭上から響く。その声の指示する通り、下げていた頭を上げ目の前の彼を見据える。
「ユリは世界が望んだ奇跡、ソレを誰が好んで傷付けよう 儀式は既に他国にも周知事実、喚ばれた彼女を傷付ければそれは世界すらも敵に回そう お前が言うまでも無く、それは私が許さぬ」
私の思いを感じ取ったのか、目の前の彼は真剣な目と上に立つ者の空気を伴い、その言葉を紡いだ。
その瞳や言葉に、嘘や計算が無いことを悟る。
「では、どうか 百合さんのこと宜しくお願い致します」
そう言い、再度深く頭を下げる。これが私に今できる、最大の感謝の表し方。
数拍置いて頭を上げれば、目の前のカリスフェイド氏は苦笑を浮かべていた。
「お前はユリの母か姉の様だな」
そんな言葉をポツリと彼が漏らすものだから、「あんなデカイ娘か妹を持った覚えはありませんよ」などと返しながらあてがわれた部屋の扉を開ける。
その言葉に彼が愉しげに喉を鳴らした。
向こうの世界では熟年夫婦などと呼ばれていたことは、言わない方がいいだろうな
因みに百合さんが妻で、私が旦那である
「では、今日はゆっくり休め 明日はこの国の王…父に謁見して貰う ユリには先ほど伝えてある」
「…………やっぱ、王子だったか」
「ん、何か言ったか?」
「イエ、ナンデモゴザイマセン」
「そうか」と彼は呟いて、他の方々を引き連れて部屋の前を後にした。
ちなみに隣の扉には、ガッツリ護衛の方が着いている。
…………厳重だ、これなら、百合さんに滅多な事は起こらんだろう
そう思って、溜息をつきながらパタリと扉を閉める。閉めた扉を背に、部屋の中の気配を探る。
以前ならこんなことは出来なかった、コレも補正の一つなんだろう。
自分以外の気配がしないことを確認して、ずるずると扉に背を凭れさせながら座り込む。
「…………はは、はははは」
口から零れるのは乾いた笑い、それさえも遠い。己の口から漏れているモノの筈なのに。
視線を両の手に向ける、ゆっくりとした動作で指を動かし、グーとパーを繰り返す。
其処に確かに存在する身体。
それが、もう私が向こうには存在しない証。
本当の身体はとっくになくなっているのだろう、この身体に傷が無くとも覚えている。
心が……魂が……あの、衝撃を
涙で視界が滲む、もう抑えていられそうに無い。
「…っふ、……ふぅうっくっ」
声を漏らさぬように、誰にも……特に、隣に居るであろう百合さんに気付かれぬように、泣き声を口内で噛み潰す。
私だけが、≪私≫という存在を惜しもう、今この時だけ……
大した生き方をしていた訳じゃなかったけど、もっと、生きていたかった
もっと、両親と共に居たかった
もっと、学びたかった……もっと、もっと、もっとっ
大好きだと思える人に出会ってみたかった、結婚だってしてみたかった、
赤ちゃんだって産みたかった、愛してくれてた両親に孫の顔を見せてあげたかった、
おばあちゃんになって子供を孫を見守っていたかった
ありがとうもさようならも伝えられなかった
まだまだ、≪私≫としてやりたいこと一杯あったのになぁ
もう一度生まれなおせるといっても、≪私≫として生まれることはできないのだろう。
だって、≪私≫はあの時死んだのだから。
そして、≪私≫が死んだのを知っているのは人間では私だけ。
せめて自分だけは≪私≫の死を悼もう。
自分で自分を悼むなんて余りにも滑稽だけれど。
泣くだけ泣いて、明日からは仮初めの身体だけど、この世界で生きる為に。
だから、もう少しだけ自分に涙を許そう。
思っていた以上に最後がシリアスに……
もうちょっと強い子にする筈が、あれ?
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修正履歴
H22.8.23. 感情部読点削除、改行追加+文頭空白追加