02 救いを求める世界-ファルディカーレ-
視界から死神の姿が完全に闇に覆われると、不意に浮遊感がやってきた。
足元から《立っている》という感覚が消え去り、バランスをとる事が出来なくなる。
こけて何かにぶつかる訳でもなく、前にゆったりとした動作でくるりと前転をした……そんな感覚を受ける。
漆黒の闇が何処からか漏れる光と混じり、薄くなり始める。
まるで澄んだ空が、夜から朝を迎える様に………。
≪我は其方を バシレース・ニュス と定め、歓迎する≫
「え?」
不意に何処か遠くで誰かが囁いた気がした瞬間、視界は白転した。
浮遊感は取り払われ、重力が身体に掛かる。差し込む光に、何度か瞬きを繰り返す。
少し前の方では「ふぎゃっ」とかいう声が聞こえたが、声を上げた人間は大体予想が出来るので其処は気にしない、というよりは気にすることが出来ない。
目の前に広がるのはだだっ広い≪白≫に満ちた空間、私と彼女が居るのは精密な文様の描かれた直径10メートルあろうかという光を放つ円陣の上。
中央には死ぬ間際に見たままの彼女が、座り込んで目をぱちくりとさせている。
私はその後ろ人が2、3人入れるぐらいの間を空けて、突っ立っていた。
周囲にはずらりと私達を中心…否、円陣を中心としてヒトがおり、私達を凝視している。
彼らの腰元には剣と思われる物が下げられている、その中の一人が動いた。
白い服に身を包んだ青みを含んだ銀髪に深い蒼の瞳を持つやたらと顔立ちの整った美青年が円陣の中に足を踏み入れる。
青年が円陣に触れると、漏れ出ていた光は掻き消る。
瞬間的に、道が≪閉じられた≫ことが理解できた。
この理解力……というよりは、感知力が補正?等と思いながら彼の行動を見守る。
明らかな殺意や敵意は出されていないのだから、私達に危害を加える者では無いのだろう。
これだったら、私達の世界の人間の方がよっぽど強かったし、ね
白衣の彼は座り込んでいる彼女と私の前に来ると、恭しく跪き頭を垂れる。
それに習うように周囲にいた人々も、同じように跪き頭を垂れる。
……壮観は壮観だが、微妙に居心地悪いわぁ しかも百合さん固まっちょるし
「お待ちしておりました、聖女様」
そう彼は静かに、私達に向かって言った。
おぉう……話してる内容も理解できる
エルピス…って多分、聖女の事よね
ミュケーさんの話を聞いてなかったらホントにさっぱりだっただろうな、そう思いながら沈黙を貫く。 何故ならここは私の出る幕ではなく≪聖女≫が取り仕切るべきだろう。
「え、えぇ…と どういう事でしょうか?」
可愛らしく首を傾げ、訪ねる彼女に連動して美しい黒髪がサラリと揺れる。
座り込んでいる彼女の上目遣いをもろに喰らった白衣の彼は、微かに頬に朱を走らせたがすぐさまその色を隠しこの状況を経緯を語り始める。
ふむ……彼も堕ちたな
まぁ、あくどい男と融通の利かない男以外は美人の涙には逆らえまい
しかも超ド級の美人とくれば成功率はかなり高い
……百合さんなら老若男女関係なく堕せそうだけど
しかし、剣の携帯が許されてるなんて結構物騒な世界そうだねぇ、そんな事を思いながら彼の説明を一応頭に入れておく。
簡単に纏めると、
「この世界≪ファルディカーレ≫に落ちた忌石を浄化して欲しい」
これに尽きた。
数年前に落ちた隕石(?)が原因で瘴気的な物が発生し、この世界に住む者達に多大な悪影響を及ぼしているらしい。
どうやらこの世界にはヒト以外に多くの種族がおり、魔族やエルフなんてものいるようだ。
聖女にしか忌石は浄化できないらしく、各国に散っているらしい。
そんな忌石の影響からか、それぞれの国がなんだかんだキナ臭くなっているとのこと。
幸い私達がいるこの国≪セレファン神聖国≫は、其処までの影響が出ていないらしいが、何処に何が潜んでいるか解らないとのこと。
このまま、隕石の影響が進めばこの世界は滅ぶ可能性があるということも話しの最中にうっすらとあがっていた。
……ねぇ、これ何処のゲームですか?そう突っ込みたい
あまりにも在り来たり過ぎて私、笑っちゃいそうになったよ
まぁ、笑ったら最後だろうけど
周りには剣を持つ者ばかり……しかも、それぞれ豪奢な服を着ていて身分があるというのを伺える上に
多分、これは感だが…………戦闘能力高い奴等ばっかな気がする
私は、痛い思いはしたくない
その話を聞いて百合さんは既に出来る事なら手助けする気、満々のようだ。
何分、彼女は正直なので顔に書いてある。そして、とてつもないお人好しである。困っているヒトは放っておけない、相手を憎みきれない……そしてヒトを疑えない。
まぁ、そこは今は関係ないから置いておいて。
ただ、問題は……どちらが、聖女か
ソレをはっきりさせて置く必要性があるわね
私は誰が聖女だか知っているけど、二人同時いるなんて事はそうそうないだろうしね
「異世界の方に、頼む事は申し訳なく思いますが、どうぞお力をお貸し下さい」
そう言って、彼等は再度頭を垂れた。
そんな彼等に口を開いたのは、彼女だった。
「あ、あの私が出来ることであればお手伝いさせて頂きますので」
真剣な表情で、目の前の彼等を慮る美人を誰が嫌えようか……
おぉう……色んな所のハートを一気に打ち抜いたね、百合さん
「そのお言葉に感謝いたします」
白衣の彼は嬉しそうにキッラキラの笑顔を浮かべて彼女に言葉を返す。
…………無駄に眩しい
「申し送れました、ワタクシはこの国の神官を務めます
カリスフェイド・アルク・セレファンと申します」
……今、彼の名前に国名入ってませんでした? 王子様とか言わないよね? ね?
そんな私の心境を無視して百合さんが自己紹介をする。
「こちらこそ、名乗りもせず申し訳ございません 私は御巫 百合といいます」
そう言って彼女が名乗った瞬間、私達の立っている魔方陣が呼応するように光を放った。
……えーっと、聖女判定機?
円陣が光った事によって、周囲は微かにどよめく。
「私は、水江 享子 姓が水江 名が享子になります」
一応、ついでに名を名乗っておく。やはりというか、何というか円陣は無反応だった。
「神官さん、今まで聖女が二人なんて事は無かったのよね」
「文献には、それらしいことは何もありません」
「なら、今の円陣の反応を見るにエルピスは解ったようだし……百合さん、がんばって」
にっこり笑ってそんな事をのたまえば、彼女はビックリしたような顔をしている。
その間にもカリスフェイド氏が周囲に何かを伝えて急速に周りが動き出している。
「え?」
「だから、百合さんが名前を言った瞬間に円陣は反応した……なら、答えは一つでしょう?」
「……私が、エル、ピス?」
「そういうことでしょ」
困惑気味の彼女に、サラリと肯定の言葉を紡ぐ。
「えぇっ!?」等と驚いて混乱している彼女に、優しく声をかけたのはカリスフェイド氏だった。
「ユリ様、ミズエ様 本日は貴方方に大変な疲労を強いたかと思いますので
ごゆっくり城内でお休み下さい」
「お部屋を用意させて頂いていますのでご案内いたします」そう言って、彼は私達を連れ立って広間を後にする。それに従いあの場所にいた全員が広間の外へと出る。
全員がその場を後にすればあの広前の扉は厳重に≪封印≫された。文字通りそのままの意味で扱っていいと思う、アレは。
多分、魔術とか魔法とかそういう系統なんだろう、扉が閉まるとすぐに先程広間に居た一人がその前に立ち≪何か≫を囁いた。離れていたから呟いた≪何か≫は聞き取れなかったが、彼の唇が動くのを見た。
その囁きに呼応するように扉には強大な紋様が浮かび、外見上は壁と一体化したのだ。
わーお
そう口だけで微かにかたどり、私は先を歩く彼女とカリスフェイド氏の後に続いたのだった。
聖女様の物語は大まかな感じでは内容に出て来たコトになります。
ただ、トーコさんがそれについていくか否かは不明。
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修正履歴
H22.8.23. 感情部読点削除、改行追加+文頭空白追加