24 ソウサクするモノ
息を吸い込み、静かに吐き出す。ソレを、繰り返す音だけが耳に届く。
目を閉じて、神経を集中させる。今から行う作業を他の誰かに悟られぬように、二重三重と複数種の結界を展開していく。視覚として認識できない力の膜が部屋を覆い、空間を仕切る。部屋が隔離されるというムコウでの非日常な事象を体感し、口元は満足気に笑みを模る。
これぐらい、しておけば平気かな?
今から行うのは無から有を生み出す事象、万が一にも他に影響を与えるワケにはいかないと考えた末での、防衛措置。ファルには「用心しすぎだ」などと言われたが、用心するに越したことはない。
物事は何処で繋がり連鎖するのか、人の身では把握しにくいのだから
把握したくも無いけれど
心を決めて、意識を何も持たない手の内へ向ける。両の手で、上から何かを受けるかのようにお椀を模る。
その内は、空ろ(うつろ)。
その空ろに『在る』というイメージを付加する。補正のお陰か、細部の指示はなくとも脳裏に思い描く形と備え付けたい機能を思い書けば創り上げてくれるので、かなりお手軽である。実質、必要なのは器となる形態のイメージと必要な機能内容の設定だけなのだから。
「ホント、ありえない」
あまりの容易さ加減に、ボソリと言葉を漏らすと同時に、手の内の空ろには鈍く光を放つ物体。
真円を模り、銀に似た貴金属の蓋と胴を持ち、同じ色の鎖を持つソレは、見た目はまさに「懐中時計」。蓋には唐草の細かい紋様が透かしで彫られ、その隙間から文字盤らしき部分が何となく見える。裏を向ければ、逆L字を描く蔦が一部に彫られており、ささやかながらも己の好みが反映されている。
胴の側部からは一部だけ螺子の様に飛び出しており、それには60センチ程の細やかな鎖が同色のリングで繋げられている。
手の内の虚空から出現した懐中時計もどきをしげしげと見つめ、出っ張った螺子を押して蓋を開ける。カチリと金属が擦れる音が微かに聞こえ、掌中のソレは蓋を上げた。
懐中時計であれば、文字盤である筈の場所は明らかに作りが変わっていた。
中央には、何かを乗せる為の窪み、その窪みの前にはボタンらしきモノが二つ。そして、淵に沿って『甲乙丙丁』などと刻まれている。
まぁ、懐中時計として使用するワケじゃないから納得できるけど・・・
私の中二病加減も露呈した気がする
等と、遠い目をしても時既に遅し。
物体として成り立ってしまっているモノをまた、壊すのも勿体無いと思い、いそいそと懐へと仕舞ったのだった。
「こんな感じで作れるなら、装備品買う必要性なかったかも」
ちょっと一人ごちて、出た出費分を考えると涙が流れたのは致し方ない、と思う。
ただ、思いなおせば今作った懐中時計モドキのようなモノをわんさか持っていても、怪しまれるだろうなという思考に行き着いたので、先立った出費は必要経費と思っておくことにする。
そう思わないと、勿体無い病に煩わされるので苦肉の策である。
「無事、創れたようだな」
「まぁ、ね ただキチンと機能するかは、使ってみないとわかんないけどね」
「そうだな」と言うファルの同意の言葉に、苦笑を浮かべながらベッドの上に広げた荷物を鞄に入れる。ウィークリーパックも最終日となってしまった為、次の町へと向かう為に荷造りも並行して行っていたのである。
もう少しゆっくりしたかったのが正直な所ではあるが、懐中時計もどきの試行も行いたいという思いもある為、さくさくと準備を整えて行く。
先程創った道具を正確に扱う為には、対象の一部が必要なのだが。如何な事、この町で瘴気を振りまくアレと対峙するワケにも行かず、移動の道中にて採取を行う事にしたのだった。
まぁ、長く留まるつもりはなかったし、ね
なんて事を思いながら、荷物を詰め終わった鞄をマントの術式に投げ入れ、すっぽりと頭から被る。どこぞのお偉いさんの所為でボロボロになってしまった裾は修復魔法で元通りになっている。
姿見の前で、己の姿を確認した後、部屋を一通り見回し忘れ物が無いか確認する。
忘れても取りにはこれるけど、立つ鳥跡を濁さずって言うしね
部屋のドアを開け、潜る。静かにドアを閉め、カウンターへ向かう。
お世話になった女将さんや旦那さんに声をかけ、挨拶をし私は宿を後にした。
日も真上に昇った正午、賑わう通りをヒトを避けながら歩く。町を出るまでは、のんびりと散策をしその後、密林内の開けた場所にてアレを誘き出す心算では、ある。
うまく運ぶ事を祈りながらも、それに対しての不安が心中を掠めるが、そうなったらそうなった時だと思考を宥める。
まぁ、陽が落ち始めるまではブラブラしよっかな
そう考えを落ち着かせ、露天のドライフルーツを幾つか買い込みながら町を後にしたのだった。
「・・・しかし、ド紫蛍光色のドライフルーツがマンゴー味かぁ しかも、甘・・・」
珍しさで購入した食べ物により撃沈する、彼女の姿が見られたとかなんとか。
涙目で、ドライフルーツを完食する彼女に疑問符を飛ばす世界と気性が精霊達に目撃されたらしい。
「まだ、見つからぬのかえ?」
箱庭の様に切り取られた空間に響く、苛立ちを含んだ声音。この空間に存在するのは、声の主と中央に聳える蔦の蔓延った巨木。
まるで、女の言葉に応える様に巨木の根が這う大地はうねる。
「妾に傷をつけた者を許すでない・・・妾の邪魔をする者は駆逐せよ」
女の口元に浮かぶは、笑み。堪えきれずに零れた哂いが空間に反響した。
震災津波風評被害に遭われた皆様に心よりお見舞い申し上げます。
亡くなられた方々とそのご遺族の方々にお悔やみを申し上げます。
今、命を削って修復作業をしてくれている方々、撤去作業を進めてくれている方々、被災地で救命にあたってくれている方々、そして必死に生活されている被災者の方々に感謝と応援を。
少しでも、多くの方が救出される事を願っています。