19 対話
視界が術により遮られる寸前、腕に「何か」が触れた。
触れた「何か」によって加えられた負荷に、耐え切れずに身体はバランスを崩す。
ドザサッという音と共に重い何かに押し潰される感触と、その「何か」が温もりを持つ事に気付くと同時に視界が開けた。
視界に入るのは、山に向かうまでいた宿の部屋の天上、そしてソレよりも手前に……というよりか、眼前ド真ん前に陣取るのは麗しくも精悍なお顔。
うーわぁ、びっじーん 睫毛、長っ! お肌、白っ!
しかも、すべすべしてそうっ!!!…………妬ましやっ
まともに回転しない頭で、そんな事を思う。
私も大概に目玉が零れ落ちそうな位に目を見開いているのだろうが、それに負けず劣らず目の前の彼は私を押し倒した状態で息を呑んだ。
「……お前、女か」
一瞬で冷静さを取り戻したのか、彼は静かにそう呟く。
その言葉にはたと気付く、今この体勢のありえなさに。
私は彼に縫い止めるかの様な状態で押し倒されて居るわけで、上半身は彼が肘を立てて庇ってくれたのか密着は免れてはいるモノの、明らかに普通の対人距離とは比較にならない程、近い。
下半身は言わずもがな、というよりは彼も膝を着き損ねたのか、密着度はかなり高い。
性別の判断は多分其処から成されたんだろう、とかグルグルしている思考に、彼の付けている香いがはっきりと匂り余計に思考はマーブル状へ。
落ち着く様な香りの中に少し、何かをそそる様なスパイスが入っている……そんな匂いを美味しそうだと感じてしまった自分は大概、壊れかけだという事にハタと気付く。
うぎゃぁああぁぁあっ ち、ちかっ近いっすよっ!?
そりゃ、百合さんが押し倒されてるトコに乱入して、助け出した事は何度か御座いますがっ!!
自分が押し倒されるなんて、想定外の外だってのーっ
にーぎゃぁぁあぁぁぁあああ、眩しいよぉぉぉおおっ
心から大絶叫して泣き喚きたいのに出来ない。そんな状態で顔は真っ青、背中にはダリダリと冷や汗を掻きながら、カチコチに固まっていること、幾許か。
此方の出方を伺っているのか、体勢を動かそうとしなかった彼が動いた。人がこれ程、俊敏に動けるのかと言う速さで、彼は私の上から飛びのく。
その瞬間、彼の上半身があった高さの壁に小気味いい音を立てて、漆黒の矢が突き刺さる。
「我が主に、何たる無礼 身の程を弁えよ、小僧」
静かに、それでも怒りを纏わせた、鈴の音の様な声音が部屋に響く。
ふわりと私の横に黒玲が降り立ち、彼を威嚇しながら手を差し出し起き上がる手伝いをしてくれる。
黒玲しゃん、何かお言葉遣い違いませんこと?
未だ、沸々と湯気を出している脳内で彼女の言葉遣いにツッコム。
しかし、黒玲さんは私の思考に応える事無く、警戒は解かないままジッと彼を見つめる。
「世界が女で、《気性》持ちか……面白い」
黒玲の威嚇に動じる事無く、私が立ち上がりベッドに腰を下ろす様子を見ながら彼はそんな事を呟く。
「は?」
彼の言葉を理解し損ねて呆けた言葉を返せば、彼はゆったりとした所作で私に近づくと顎に手を沿え上を向かせた。
敵意、害意、殺意等が感じられず、されるがままに呆然と上を向き、彼を見つめている私に言う。黒玲も彼の意図を測り兼ねた様で、多少困惑の気配が伝わってくる。
「世界は翡翠の髪に赤紅の瞳、褐色肌の青年だと言う伝承だが、これでは《青年》には見えんな」
そら、生粋日本人標準仕様の私が青年に見えりゃー、眼科の検診オススメするわぁ
…………つか、目医者自体いるんだろか?
何とも間の抜けたツッコミを、心中で返す私を気にする事無く「精々、少年止まりだろうに」そう彼は続けて言う。その言葉と共に私の、今は翡翠色の髪を一房するりと流れる様な手つきで梳くと、素早く一歩後退した。
その動作に、顔や髪を隠す為のフードが意味を成していない事に今更、気付く。
「主に触れるでない、この青二才」
彼の今まで立っていた場所に又も、見事な音を立て漆黒の矢が突き立つ。
あー……また、部屋に穴が 後で修復せななぁ……修復呪文系ってあるのかしらー?
矢が突き立ち、霧散した後に残る穴を私は嘆くが、誰も取り合ってはくれない。
いきり立つ黒玲の様子に、それはとてもとても愉しげな笑みを浮かべた後、彼は私を見る。
嘆きの次に脳内に巡るは「ファルさんの姿は、ニュスにしか見えんのちゃうのっ!?」などと言う、あたっている様なそうでない様な感想と「それよりも勘違い解けよ」と言う以外に冷静な思考。
「私は貴方の思う様なモノでは無いよ、ヒトでしか無い」
感想は隅に置いておき、その彼を静かに見つめ返しながら言葉を紡ぐ。私の紡いだ言葉に、彼は器用に片眉だけ上げて見せる。
そんな所作も様になるのだから美しいって凄いね、等と阿呆な事を思いながら続ける。
「外見で決めないで頂きたいなぁ」
「そりゃ、結構珍しいとは思うけどね」と付け加えて、至って悠長……基、のんびりとした調子に聞こえる様に喉から音を出す。
肯定はすれば、目の前の彼のペースに乗せられてどうなる事か考えたくはないし、そうかといって全力の否定は肯定と見なされるだろう。無言で通せば、彼に確信を与えてしまう。多少、ズレタ確信だけれども。
なら、私の取れる行動の中で一番、無難なモノで応戦するしかない。その際に焦りや深い思考は禁物、何処で暴かれるか解らないし、そんな事を思いながら彼の出方を待つ。
「人で 翡翠の髪も褐色の肌も多くは無いが、確かに居るだろう だが、その瞳は誰も持ちえぬ」
「赤に属する瞳はノヴェリアのみの固有色 だが、紅に連なる色は持たぬ」そう静かに続ける彼の言葉に、「で?」と抑揚無く返す。
「確かに、紅は居ないかも知れないが 他が居ないからと言われて決められても困る」
彼の言葉をぶった切って、話し始めた私を咎めるでもなく、静かに彼は見つめる。
「生物は進化するのだから、突然変異が「有り得ない」と言えないだろうに」
そう付け足して、パチンと指を弾く。
即座に彼の足元に展開される魔方陣、薄れる彼自身の輪郭を見送りながら呟く。
「面倒事は嫌いなの」
術式に慌てる事も無く、彼はそのお綺麗な顔に笑みを浮かべる。
私はその笑みを訝しみながら肩眉を上げるが、彼は至極、愉しげな笑みのまま穏やかに言葉を紡ぐ。
「お前も、既に渦中だというのにな」
その言葉を残して、彼の姿は掻き消えた。
……今回は体勢的に如何わしい(?)部分もありましたが、全く持って艶とか色気とか甘さとかその他諸々はありませんね。
この話で明らかですが、トーコさんは、異性とのスキンシップ(?)は苦手です。
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日々、精進してやっていきたいと思います。