17 無言は肯定か否か
謡が止み、風が草木を揺らす音だけが響く。
火気が密集していた場所には紅蓮の炎を纏ったモノが宙に姿を現していた。
容姿は美麗とでも言ったらいいだろうか、性別は男性の様に見えるが何分精霊なので確定できる自信は無い。だが、数メートル先に確かな実体を得て其処に在るという確信は本能で感じている。
炎を纏った火精霊は私に微かに目礼をした後、目の前の美しい少女の額に口付けを贈る。
聖なる儀、それは祝福でありそして契約……どちらかが消滅するまで続く永遠の枷。
ただの草木の生い茂る山の中で見るには、あまりにも厳かな雰囲気が周囲に漂う。
火精霊は唇を離した後、何かを少女にコソリと囁き、少女は囁かれた言葉に少しだけ首を捻る。その後、精霊が姿を消すのを感じたのか少女はとても美しい仕草で頭を垂れ、精霊が姿を完全に消し去るまでその姿勢をとり続けた。
その様子を私を含めた他の者達も固唾を呑んで静かに見守り続け、精霊の姿が消えた後各方面より詰めていた息の吐かれる音が耳に届く。
まぁ……約一名省くが
事が収束するまで私は静かに見守っている他なかったので、そのまま結界の隅を陣取り見物客気分で見ていたワケである
うん、なかなかに素敵だったよ…映画のワンシーンって感じで
とそんな感想を思いながら、相も変わらず障壁は先程のまま維持を続けている。
何分、地中から狙ってきた瘴気で変質した根っこがさっきからひっきりなしに色んな所で障壁にタックルしてくれている為、不用意に解く事が出来ない。
一応、ファルにご教授頂いた術の中で最高位の障壁なので私が意図的に解除するか、私の魔力が尽きるか、それとも私を殺すか、この障壁以上の高位魔術をぶつけて相殺させるかの4択になるので不用意に掻き消される心配はない。
所謂、物理的には最強の名を掲げていい代物であると言っていいのは誇るべき所だろう。(多分)
衝撃自体は私には届かないが、障壁自体がセンサーと同じような役割を担ってくれているのでどの場所にどれだけの数というのは、把握できている。
下手な事をされると儀式中に力場事体を崩される可能性もあったので、気づいた瞬間に感知できる力場全体に障壁を広げた。因みに障壁はドーム状の様に視界には捉えられるが、実際は卵状である。その為、地中もとい足元からの襲撃も防げるワケだ。
火精霊が実体を伴った時点で、根っこによる力場への干渉は不可能……簡単に言えば火精霊の力が契約によりパワーアップした為、ただの変質した根っこでは役不足になったのだ。
それを確認して障壁の範囲を縮める様に意識する。
出来れば、事が済めばすぐさまにでもトンズラをここうと考えていたんだがそうも行かない現状に軽いため息が零れた。
「申し訳ございません、此方の事情に巻き込んでしまって」
先程のため息が耳に入ったのか少女は私の方へと駆け足で寄り、申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。
いや、別に謝ってくれなくてもいいからここから脱出させてっ
なんつーか、貴女のお隣にいらっしゃるオニーサンの視線がとっても痛いのですヨ
そういう心境になりながらも、下手に洩らして死にかけるのはごめんなので「いいえーオキニナサラズー」とか言ったのは正しいと思う。
「契約の儀式は滞りなく済みました…貴方様のご協力に深く感謝いたします 《古代魔術師》殿」
そんな少女の言葉に次の瞬間には、一瞬思考が停止したワケであるが。
何をもって、彼女が私を古代魔術師と判断したのかはなんとなく思い当たる節があるが……あんな緊急事態の状況でよくぞ判断したものだ、とも思う。
目の前で詠唱を聞かれていたのもあるのだろう。そして、私は認識を改めなおす必要性があるらしい……どうやら、目の前のたおやかで純粋な美少女は割りと抜け目のない方なのかも知れない。
まぁ、明らか希少価値、利用価値とも聖女よりも上を行く王だとばれるよりは、向こうが勝手に決めてくれた役職に乗っかって置くべきだと思い、あくまで古代魔術師だと肯定も否定もせずに言葉を返す。
「いえ、お役に立てた様であれば何より しがない魔術師にそのお言葉ありがとうございます」
人とは自分がある程度確信を得て問いかけた事に否定も肯定もせずに返されると、肯定したと思い込む節がある。まぁ、所謂「無言は肯定」というヤツである。
該当しない疑り深い人間もたまに存在するが、私は先程に間違った確信を植えつけるには最高の術を行使したワケだから…そうそう、王だと暴かれる事は無いだろう。
というか、誤解してくれている事を祈ってる。
それに、向こう側も身分をひけらかしたい訳ではないのだな、と感じ取る。
「貴方様のお陰で無事に終えられたのですから」
首を横に振って私の言葉に否定の意を示した後、少女はふんわりと笑みながら言葉を紡ぐ。
その笑顔に此方も薄く口元に笑みを浮かべる。そんな穏やかな空気をぶち壊すかのように低くよく通る声が言葉を紡ぐ。
「事は済んだ、帰るぞ」
「兄様っ」
青年の言葉を咎める様に少女は彼を呼ぶ。
が、彼は大して気にした様子もなく鼻でせせら笑った後、流れる様な動作で礼をとる。
「《古代魔術師》殿 お力添え感謝します」
その言葉だけ呟き彼は頭を上げると「これでいいのだろう?」という意志を乗せてチラリと少女を見やり後ろで控えている側近達の方へと歩を進めて歩いていく。
その後姿を「ほわぁ……慇懃無礼ってこんな感じ?」等と場違いな事を思っていると少女が再度「申し訳ございませんっ」と言葉を紡ぐ。
その様子に苦笑を浮かべながら気にしていない意を伝える為に、首を横に振る。
そして、彼女に静かに問いかける。
「話は変わるのですが、障壁の外は先程の根が待ち構えております
……………如何されるおつもりですか?」
先程から聞きたかった事を。
また、新たな単語が………
少しは自重しよう自分orz
ここでひと段落付けられなかったのでそのまま18に繰り越します(ヲイ)