14 ちょっとした観光
一晩明けて、相も変わらずこの世界で私は目を覚ます。
カーテンもどきの隙間から差し込む朝日に目を顰めながら上半身をベッドから起こす。
腕を天井に向け大きく伸びをし、背筋を伸ばす。
「んー…眠い」
呟いた言葉は行っている行動とは多少ずれているが、気にしない。
もぞもぞと枕の脇から衣擦れの音が聞こえ、二つの小さくて愛らしいお顔が布の間から出てくる。
「おはようございます、主様」
「おはよう、リョーコ」
「うはよ、二人とも」
まだ、眠気が覚めやらないのかファルは瞼を擦りながら、そして黒玲は黒銀の髪を纏めながら起床の挨拶を紡ぐ。その様子に笑みを浮かべながら挨拶を返す。
そして、思うのだ然るべき場所で取った睡眠は格別である…と。
「ベットがあるって素敵」
そうボソリと洩らして手早く着替えを始める。ファルは心得たかの様にくるりと背を向けてくれる。
「精霊達にそうおっしゃればいくらでも用意してくれるでしょうに」と言いながら、黒玲は人間で言う年頃8歳ぐらいの姿で本日の着る服などを用意してくれたりと身支度の手伝いをしてくれる。
先日までは馬車生活、しかも他人と過ごしていて彼女がSDサイズから大きくなることはなかったのだが、昨日の夜から私の世話をやく事に張り切ってくれているのだった。
えぇ、服を脱がせる事からしようとしてくれましたよ(遠い目)
一般人感覚しか持たない私は世話される事に慣れておらず、昨日の夜に盛大なる《お話し合い》というバトルをする羽目になったのは言うまでもない。
話し合いの結果、お互い譲歩しあい服を着る作業や風呂に入って体を洗う等は手出しをしない、但し着替えを用意するなどの事はさせるということに相なりました。
「本日は如何がなさいますか?」
「王都からは結構離れたし、今日はちょっと息抜きに観光しようかなぁって思ってるんだけど」
私が脱いだ衣服を畳みながら、黒玲は本日の予定を問いかけてくる。彼女の言葉に暫し考えた後、昨日から思っていた事を話してみる。
王都から離れたといってもまだ、国境も跨いでいないので油断は出来ないのだが。
セレファンのお偉方はまだ誰も私がニュスだという事に気づいていないだろうし、そうそう大技の魔法や術が使えるとは見込んでいないだろう。
何分、魔法や術を行使するには師が必要不可欠。行使の方法が安定しなければ、災害にしかならないらしい。
私に教授したのが 世界 だとは、誰も思うまい。
今の時点では、私が勝手に家出したという状態になっているだろうし。
まぁ、オマケだからという認識で放って置かれている可能性も無きにしも非ず。
でも異世界から来た私の未知の力を利用しようと企んでたりする人達は、躍起に探していたりするかもしれない。
という、思考の結果【ボロが出なけりゃオッケーでしょ】という心境に至ったわけである。
「カン、コウとは何だ?」
聞きなれない言葉だったのか、ファルが私に背を向けながら言う。
その背に「もう、こっち向いても平気だよ」と声をかけつつ、此方を向いたファルと同じ疑問を持ってる黒玲に説明をする。
「観光っていうのは、他の国や地方の風景・史跡・風物などを見物することを指すのね」
「一応、風景を見物しにいくつもりだから 観光」と続けて言えば、二人とも納得したのか頷いている。史跡については、聞かれなくてよかったとか思ったのは内緒の話である。簡易的には説明出来るが、正確性には欠けるのである。
「では、何処に行かれるおつもりなのですか?」
「んー…昨日言ってた北の山に行ってみようと思うんだけど」
私にとっては見知らぬ土地なので二人に「其処って危ない?」そう続けて問いかけてみる。
二人は暫く考え、顔を見合わせてまず黒玲が口を開いた。
「私が知っている其処は精霊達が多く集う場所でしたので、その頃であれば 「危険は無い」 と判じる事は出来ます……しかし、今は」
「忌石の影響が在る事も否めん 在るならその土地にどのような影響が起きているかは我にも解らぬ」
申し訳なさそうに言葉を告げ瞼を伏せる黒玲に続き、ファルが真剣な瞳で言葉を紡ぐ。
「ぶっちゃけ、危険度が高いってことか」
「そうなるな」
二人の言葉にぼそっと洩らした言葉に、ファルが至極当然のように言葉を返してくる。
「まぁ」と続けてファルが愉しげにニンマリと口角を上げ、チェシャ猫の様な笑みを浮かべる。
「何かあってもリョーコの腕でどうにかならんワケではないが、な」
「……つまりは、私次第だと」
私の言葉に頷き、ファルは視線で「どうする?」とそれはとても愉しげに問いかけた。
それが、約3時間程前の事。
私は今現在、北の山《クォルレ山》の中腹付近を黙々と登っている所だったりする。
「ふ、ふふふふふ………何この急斜面、何この獣道 パッと行ってパッと帰れたらいいのに」
「別に精霊達に運ばせるのはいいが、着地は保障しないぞ」
道無き道をザクザクと進みながら急斜面にゼーハーは大きく息を乱しつつ呟けば、ファルさんが冷静に返してくれる。
その言葉に「ですよねー」と返しながら、足を動かす。
実際、長距離移動の方法や術やらは存在するのだが、如何せん使い勝手が悪いのである。
方法としては話にも合ったように精霊達に運んで貰う方法がある、但し精霊達仕様の移動方法である為、着地が何処になるか解らないのである。
一度、挑戦してみたがとても切ない事になったので、上手い方法を考え付くまでは使用しない事にしたのである。
例えとしては「カスタフに行きたい」と言えば、カスタフの《何処か》には届けてくれるワケではあるが、街の構造や立地、配置を知らない人間にはあまり易しくない仕様なわけである。
カスタフの入り口としても、精霊達の《入り口》になる為あまり有効ではなかったりする。
術もあるにはあるのだが、行使する人間が行きたい場所を明確にイメージできないと使いモノにならないとか言うオチである。所謂、ド〇クエのルー〇みたいなモノなのですよ。
「トール様、もうそろそろ目的の場所ですので頑張って下さいませ」
黒玲の可愛らしい声音に励まされ、必死に足を動かし辿り着いたのは鬱蒼と生い茂る木々の中、其処だけぽっかりと口を開けたかの様に拓けた空間。
膝丈までの草が茂ってはいるが、野原や広場といっても通じそうな場所である、とある一箇所を除いては。
「………何か、幻影みたいに赤や銅の色合いがキラキラしてるのですけれども」
「それらが火気だ」
目の前に広がる幻想的な風景に呆然としながら、言葉を洩らせばファルが説明をくれる。
見た目だけでなくその場にはある程度の力が息づいているのか、一種の力場を作り出している。
知識として認識したワケではないが、直感で感じることが今の私ならば出来るようである。
目の前に広がる光景に見惚れる事暫し、不意に違和感を感じた。
ちょっとした観光に行ったつもりが何故か山登り。
パッと行ってパッと帰る事が出来るご都合主義は適用されませんでした。
タイトルが気に入らないので後日修正が入る可能性大デス。
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修正履歴
H22.8.23. 脱字修正、読点追加、改行追加+文頭空白追加