11 道中語り[前]
ガタゴトと揺れる荷馬車の中で、のんびりとお茶を啜っていれば突き刺さるのは鋭い視線。
視線の主は言わずもがな、彼…シグルドサン。
何が気に食わないのだか、気に障るのだか、それともイラツキの素なのか………始終キツイ視線を此方へと寄越して下さっています。
あー…こういう視線、久方ぶりかも。
こっちに来てからはこんな視線を向けられる事、無かったからなぁ……私、何かやらかしたっけか?
遅刻に近い出現に怒ってらっしゃる、とか…かねぇ?
つか、それしか思い当たる節が無いのですけれども………確かに仕事に遅れるとかは怠慢になりますが、一応ギリギリ間に合った筈なんだけどな。
まぁ、下手に藪をつついて蛇や邪など出したく無いのでスルーしておくか。
そんな事を思考しながら手に持つカップのお茶を啜るが、不意にその視線の主から声をかけられる。
否、あれはそんな生易しいモノでは無く…投げ付けられたと言う方が正しいかもしれない。
…………キャッチするのが面倒臭いんだけどな。
「トールとか言ったか?お前………そんなナリで使えるのかよ」
刺を巻かれた言葉にファルマさんが彼を止めようとしてくれるが、こういう手合いにそんな抑止は意味を為さない。
気に入らないモノは気に入らない、認められないモノは認める気もない。そんな感じの人間に何言ったって、馬の耳に念仏、糠に釘…暖簾に腕押しだと思うのデス、ハイ。
ソコまで私を嫌う人間に好かれようとも思わないので、必死に取り繕うことはしない……面倒だし。
「ガキの遊びじゃねぇんだよ」そう続けられた言葉と彼の視線には嘲りと見下しが含まれていたが、そんなものは私にとってはどうでもいい事であって、重要な事じゃない。
ただ、彼の胸に輝く【紫】の証を見て何となく彼の心境を想像してみる、それなら…致し方ないと思ってしまうのだ。
そして、口元に笑みを浮かべ必要最低限を紡ぐ。
「足を引っ張る様な事は致しませんよ」
特に怒るでも無く、萎縮するでも無く返した言葉にシェラザードさんが感心したように「へぇ」と言葉を漏らすが其処は聞かなかったフリ。
それだけを紡いで再度お茶を啜り始める私に周囲の空気が数度下がったような気もするが、まぁいいか。
初対面からして不躾な態度をされても好意のある対応を返せる程、人間出来ていないもので。
私どちらかというと好意には好意で、無関心には無関心で、敵意にはスルーで返す人間です。全うな対応が必要だというのであれば己の対応を省みて下さい、と言うしかない。
どれだけ上から目線だという話だけれども、特に害意のある見方をされない限りは人畜無害で通っているんですよ、これでも。
≪リョーコは大変だな≫
不意に脳内に響く私を気遣った声、言わずもがなファルなのだが。
…如何せん、唐突はやめれ
≪む、すまぬ…しかしアレは何故あぁなのだ?≫
不可思議そうに首を傾げながらファルが示すのは先程のシグルドさん。
ファルや黒玲の姿は他の方々には見えていないのでそのまま思念で応える。
んー…子供にしか見えない私が自分と同じランクってのが嫌なんじゃない?
≪狭量だな…それにリョーコは子供では無いだろうに≫
身も蓋もないなー…まぁ、わからなくもないよ? 彼の思考は、想像だけど
それに私の見た目が幼く見えるのは人種的なものだから仕方無いさ
≪そうなのか?≫
ポッと出の人間に舐められるのは誰しも余り嬉しくないだろうしね
彼はソレが顕著なだけでしょ、多分
…基本向こうでも国が違えば幼く見られがちだからね、諦めた
≪まぁ、リョーコが気にせぬのならいいが≫
多少、心配そうな雰囲気を残しながらファルがそう言い、その彼の視線がチラリと別の方を見つめる。何を見つめているのか解らず内心で首を傾げつつも「ファルさんが心配してくれただけで嬉しいデスヨ?」と思えば多少青ざめた顔で思念を返された。
≪それは黒玲にも伝えておいた方がいいと思うぞ≫
そう言って≪ほれ≫というファルの言葉に逆側を気にすれば、とっても恐ろしく黒い何かを出しているSD黒玲しゃんがいらっしゃいました。
≪主様にあの態度…リョーコ様にあの態度…ふふ、どうしてくれましょう≫
ぶつぶつと小さい思念で呟かれる内容に内心冷や汗を掻きながら思念を送る。
………こ、黒玲さーん?心配してくれてありがとね だから、落ち着いてクダサイマセー…
私は気にして無いから……つか、一般人に呪詛はやめて下さい、お願いします
≪はっ、ももも申し訳ありませんわ 主様が宜しければ私はいいんですのよ≫
街に着くまでは抑えてくださると助かりますです、ハイ
≪解りましたわ≫
そんなやり取りを茶を啜りながら交わしていると不意に何かが引っ掛かった。
この荷馬車に乗り込む際、荷馬車周囲半径1キロぐらいに不審なモノが存在すれば感知出来るように術式を組んでおいたのですよ。
簡易的なモノだから1キロぐらいという微妙な代物だが他者には見破られ難く感知しずらい様なので重宝している。
城の中は有り難かったわー。
まぁ、馬車の走行時に襲われたら堪ったものじゃないからね。
ある程度張れる予防策は張っておく主義なのです。
御者台の方に馬車を停止させるよう言葉を紡ぎ、馬車を止めさせる。
訝しがる他の方の表情や表情が険しくなるシグルドさんを無視して馬車を降りようとする。
「おい、お前どう言うつもり…
「どういうつもりも何も………出れば、解りますよ」
シグルドさんの言葉に重ねるように言葉を紡ぎ、馬車を降りる。
彼も他の方も周囲の気配を感知したのか、続けざまに素早く荷馬車を降りてくる。
「ちょっと遅かったみたいですね、すいません」
「………いや、お前が気付かなければ俺達は対応すら出来なかっただろう」
武器を構えたシグルドさん達に謝罪を述べればそう返された。
馬車を囲むは卑下た笑みがお似合いのオジサマ方、その中にチラホラと術の気配が見え隠れする。
が、ソレを私が赦すワケでは無くて……危険要素は即座に潰しておくに限る。
私が感知できる範囲で術式を使用させてたまるか。
「さて、此処からは我等の舞台だ」
リクロウさんが静かにそう告げた。
渋い声で告げられたソレが合図だった様で、山賊であろうオジサマ方の中にリクロウさんとシグルドさんは躊躇せず突っ込んでいく。
何時の間にやら私は私でファルマさんやシェラザードさんの背中の方へと押しやられています。
…………戦力外通告? いや、そっちのが楽は楽だけどさぁ。
それもなんか申し訳ないので、こそこそっと御者台の方へと回る。此方は守りが手薄なので御者さんが危ないと思うのです。
因みに大事なモノは荷馬車の中なのでまぁ…彼等側からはそうそうな事では奪われないかなぁとか思ってます。
ヒトって合う合わないありますよね。