Andvaranautr
「Sigrdrífa」(https://ncode.syosetu.com/n5072ip/)の後日譚です
それからは本当に生きる気力が消えてしまって……ヴァルキュリャであることを辞めました。
炎に囲まれた城に引きこもって、あなたから貰った指輪を眺めては、あなたと過ごした日々を想う日々でありました。
数多の求婚者を断るのにも飽きてしまったものだから、
「この炎を乗り越えてきた勇士とならば結婚しましょう」
ついそう言ってしまったの。
だって、そんなことができるのはシグルズ以外にはいないでしょう?
あなたが世に轟かせるであろう武勲と、あなたがこれから手に入れるであろう幸せのことだけを考えて、せめてあなたの邪魔をしないように生きていこうと思っていたの。
……そう、思っていたのよ。
けれど、あなたは私の前に再び現れた。
あなたは姿も形も偽っていたけれど、その太陽のような瞳を忘れるわけがないじゃないですか。
この城の炎を怯まずに飛び越えられるのは、世界広しと言えどもグラニだけですし、
この城の炎を切り払えるのも、グラムしかありえません。
膝をついてあなたは言いました。
――自分はギューギ王の長男グンナルである。あなたに結婚を申し込みに来ました、と。
その時の私の気持ちを、誰かに理解してもらおうなどと思いません。
愛しさと憎しみと怒りを――あぁ、どのように言葉にしたものでしょうか。
あなたは別の女と結婚しただけでなく、よりにもよって、私を誰かの女にするためにここに来たと言うのです。
私は――ブズリの娘はここまで辱められて、おめおめと泣くような女ではございません。
剣を手に取って、彼に付きつけます。
「私を妻にするからには、この世界の誰よりも強い証を見せなさい。さもなければ、私の亡骸を妻となしなさい」
彼は少し困ったような顔をすると、
「けれどあなたの義父の許しは得ている。それに、それはあなた自身の言葉とも違う」
そんなことを言われては私も剣を降ろすしかないじゃない。
それから、二人だけのささやかな婚儀が行われた。
三つの夜をあなたと同じ褥で過ごした。
けれど、昔とは違って、あなたは私たちの間に抜身の剣を置いていたわね。
それはグンナルへと忠誠なんでしょうけど、私にとっては死刑宣告のようなものだったわ。
それからね、これだけは本当に許せないのだけれど、
あなた、私が寝ている間に、大切な指輪を、抜き取ったわね。
ギューギの妻グリームヒルドは愛娘グズルーンをシグルズに嫁がせるため、あなたから私に関する記憶を魔術で消した。
それはいい。シグルズは悪くないもの。
私が諦めればいいだけ。
けど、じゃあ、なんで。
どうしてあなたが私に贈った指輪のことを覚えているのよ。
どうしてグンナルなんかのために、私に求婚に来たのよ。
この三日、一緒にいる間に私のことを思い出してくれたなら、そう言ってくれればいいじゃない。
私のことを愛してるって言ってくれれば、ずっとここで一緒にいられるのに!
わかってる。わかってるわよ。
そんなことをしたら、あなたはせっかく手に入れた名声を失うことになる。
可愛い奥さんも失っちゃうしね!
私だってそんなことを望んでるわけじゃない。
けど、じゃあ私は誰を恨めばいいのよ。
私を忘れるように仕向けたグリームヒルド?
あなたと結婚した幸せなグズルーン?
私を妻にしたいと言ったグンナル?
私を忘れたあなた?
私を忘れているフリをし続けるあなた?
この城と一緒。私の心はまるで炎の中にいるみたい。
ぐるぐると渦巻く恨みと怒りが、私を苦しめ続ける。
けれど、私とて元はヴァルキュリャとして戦場を駆けた者。
女々しい恨み言は口には出すまい。
自らの誓約は違えますまい。
運命が変えられないことは初めからわかっていました。
あなたが私を愛してくれないのなら、私も覚悟を決めましょう。
私はギューギの息子、グンナルの妻になります。
……あとは彼が誉れ高い武人であることを祈るばかりです。