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悪人の定義  作者: 黒兎
1日目 開幕
9/39

初戦闘


 その後、玲は火狩と話し合い、1つの作戦をまとめた。


 ひとまず火狩は2人で話し合いをした廃ビルで待機。相手が彼を追っているなら、最初に火狩がここに侵入した姿もおそらく見ているに違いない。


 狙撃手である可能性が浮上している以上、建物の中、それも柱の影ならば、撃たれることはまずないと仮定した。


 そもそも狙撃のメリットは、相手に初撃を悟られない奇襲力にある。だからこそ最初の一発が特に重要で、あえてそれを不確実な場面で使うのは基本的には悪手と言える。


「俺はお前がここに隠れている間に外に出る。とりあえず、お前が入ってきたのと反対側の窓から隣に移るから」


 玲が指定した窓は割れていて、その向こうには隣のビル内部がはっきりと見てとれていた。

 距離も大きくは離れておらず、幸い、少しジャンプすれば届く距離。


「そっからこっそり移動すれば、多分問題ないだろ」


 玲がそう言えば、


「キミの発想と運動能力は非常識だね」


と火狩は笑う。

 玲は肩をすくめて続けた。


「うまく外に出られたら、俺は屋上からそれらしい相手を探してくる」


 狙撃手であれば、何処かの建物の屋上か、フィールド内でも高いビル一室が潜伏場所としては濃厚となる。前提が違っていればそれまでだが、まあ扱っている銃もそこそこの長物であることが予想されるため、自分の視力なら見つかる可能性が高いと、玲自身は判断していた。


 ちなみにだが、玲の視力は両目とも2.0を大きく上回っている。最後に計測したのは数年前だが、その頃と比べても、今は更によく見えるようになった、くらいの感覚があるほどだ。

 

 【ソナー】機能もあるし、相手を見つけること自体はおそらくそう難しくない。


 相手を見つけた後は、玲1人で相手のいる建物に移動する。ついたら戦闘前に火狩に一本メールを入れて、1人先制で戦闘に入る手はずとした。


 玲が相手を倒す前にその場所へ火狩が辿り着ければ、彼も一緒に戦闘に参加。2人で相手のタグを奪う。

 もし玲が先に倒してしまえば、火狩の分のタグは無し。


「連絡する前に動いたら敵とみなす。【ソナー】でまるわかりだからな」


 これが火狩と共闘するに当たって、玲ができる最大限の譲歩でもある。


 火狩もそれを理解したようで、案外素直にわかったと頷いてくれた。

 「神経質だなー」とは言われたが。



 そうして今、玲はスマホ片手に相手の捜索に乗り出していた。

 ビルの屋上に登ったり跳び移ったりしながら、こっそりと相手の姿を探す。途中いくつか戦闘が行われているのが見えた時には、ゲームが開始されているのがようやく実感できた気がした。


ーー火狩の奴、隠れてる間に襲われたりしないだろうか。


 なんとなくそう考えて、玲は自分の思考に少し呆れる。

 

 そんなこと、考えるだけ無駄なのだ。

 こちらはあいつと決めた作戦をするだけ。あいつがどうなろうと、実際のところ関係はない。


 まああいつの運なら、きっと問題ないだろう。


 そうして玲は考えを押し出すように、周囲に対して目を凝らした。


 しばらく探すと、それらしい相手はすぐに見つかる。


 火狩のいるビルからだいたい700mくらいの距離にある建物。周囲の中でも頭一つ抜けて高くなっているそれの屋上に、長いライフルを構えた影がひとつ。


 照準は火狩のいる方向に向いている。

 こちらに気づいている様子はなさそうで、玲はひとまずほっとした。


  狙撃の有効距離は600mから1kmと聞いたことがある。

 これだけ距離をあけて攻撃できるなら、例え【ソナー】を使われても標的に位置を悟られることはないだろう。


 とはいえ、このゲームでは遠距離からの攻撃で相手を倒しても、結局はタグを取るときに相手の前に姿を現さなければならない。

 であれば、狙撃はあまり良い攻撃手段とはいえないか。

 そう思いつつ、玲はスマホを手に取った。


 適当に身を隠しながら相手との距離を詰めていく。


 300メートル圏内に入った段階で一度【ソナー】を確認した。ちなみに【ソナー】で表示されるのは相手の位置とその名前だ。

 

 草壁くさかべミサ。


 珍しいな、と思ったのは仕方ないことだろう。女性のプレイヤーが少ないことは、あのホールの時点でわかっていることだ。


 そのままプレイヤー情報のページに跳び、プロフィールを確認する。


 長い黒髪のポニーテール。大きな瞳が特徴的な女性。


 ちなみに情報はゲーム開始前から更新されており、各プレイヤーの持っているタグの枚数と、特定タグの種類が公開されるようになっていた。


 その内容を見て、玲は案外良い収穫になるかもしれないとひそかに笑みを浮かべた。できるなら早く倒してしまうべきだろう。


 地上に降りて、彼女のいるビルに入る。

 比較的綺麗な雰囲気のビルだ。歩いても軋むことがない階段を、足音を殺して一歩ずつ登る。


 屋上に続く扉の前に来ると、玲は一度火狩に対してメールを送った。

 当然ながら、相手との距離は既に100mを切っている。ビルの近くに来た時点で【警告】機能は働いており、スマホは音声でそれを伝えてくれた。


 彼女の【悪の定義】は3つ。


・ 草壁ミサに攻撃を仕掛けた者


・ 草壁ミサが『(プレイヤー名)は悪だ』と宣言した者


 そして最後の1つが、玲も火狩も問答無用で当てはまっているであろう定義。


・ 男


 ゲームに参加しているプレイヤーは男性が多い上に、草壁自身は絶対に当てはまることがない。理にかなった内容なのは理解できるものの、なんとなく理不尽感は否めなかった。


 どうしたものかと、玲は目の前にある金属の扉を見つめた。

 あいにくとこちらから攻撃することは不可能だ。


 ひっそりとドアノブに手を触れながら、息を潜めて思案する。

 できることなら火狩が来る前に倒したい。だがもし、相手がこちらの存在に既に気づいていたとしたら、扉を開けた瞬間にハチの巣にされたりしないだろうか。


 玲はナイフを右手に握った。悠長に構える時間はない。


 【警告】通知が入るのは、自分に対して攻撃権を持つプレイヤーが近づいた時だけだ。それ以外のプレイヤーが近づいても警告はない。

 そうであれば、草壁のスマホはまだ【警告】を発してはいないないだろう。


 一度呼吸を落ち着ける。玲は静かに、ほんの少しだけ扉を開いた。


 隙間から屋上を覗いてみれば、彼女は銃を構えたまま明後日の方向を向いていた。

 気づかれていないと判断し、覚悟を決めて扉を押し込む。


「誰?!」


 完全に開いた瞬間に、女性の特有の高い声が飛んできた。

 

 長い黒髪のポニーテール。茶色がかった瞳に首に巻かれた長い緑のマフラー。


 数字だけで身長は158cmと把握していたが、実際に見ると思ったよりも小柄だ。

 スナイパーライフルは三脚で固定されて地面に置かれたままになっていおり、彼女の右手は腰の拳銃に伸びている。


 ただしまだ、ホルスターからは抜かれていない。


 それを見て、玲は低い声を発した。


「草壁ミサ、で間違いないか?」

「だったらなに」


 気の強そうな目つきをしているとは思ったが、実際の性格もそうなのかもしれない。苛立った様子で、彼女はこちらを睨んでくる。


「あんた、今私に攻撃したらゲームオーバーよね? 警告音が聞こえなかった」


 面倒だなと玲は思った。


 普通の喧嘩なら何も考えずタグを奪いに行ける。だが、今こちらから仕掛けに行くことは不可能だ。こちらがルール違反で死んでしまう。

 あの時は最善だと思ったが、やはり定義の付け方を失敗したかもしれないとつい考えてしまった。


「…………」


 内心の苛立ちを悟られないよう、玲は無言で草壁を見据える。


 お互いに睨み合ったままで時間が過ぎていく。


 草壁はホルスターに収まったままの銃を撫ぜた。玲はその指先の動きをじっと目で追う。


 彼女の細い指は、黒塗りの銃の感触を確かめるように、その表面を静かになぞる。


「一方的に攻撃できる状況で悪いけど、」

「……」

「私、遠慮はしないわ」


 彼女は言う。

 玲は両足に力を込めた。


 

ーー次の時には銃声が響いていた。


 しかし玲は空中に飛び上がって彼女の弾丸を交わしてみせる。

 草壁は目を丸々と見開き、驚愕したように息を詰めた。


 玲は着地したと同時に、元々自分がいた場所に視線をやった。


 コンクリートの床に深く弾がめり込んでいる。


 実弾ではない。ゴム弾だ。

 当たったらひとたまりもないことに変わりはないが、死ぬには至らないよう少し配慮されている感じがある。


 ともあれ、これで条件はクリアされた。

 そう判断して、玲は反射的にナイフを抜く。


[半径100m以内に、あなたを攻撃対象とするプレイヤーが侵入しました]


 機械的な声は草壁のスマホから発せられる。その瞬間、彼女の表情に動揺が走った。


 もう一度引き金が素早く引かれる。放たれた弾をバックステップで軽くかわし、勢いに任せて右に踏み切る。

 それに合わせてまたすぐに銃口がこちらを追いかけてくる。


 反応速度は申し分ない。だが生憎とスピード勝負はこちらが有利だ。

 玲は無言で笑みを浮かべ、その上でさらに動きを速めた。狙いを絞らせないよう細かく動きながら、素早く彼女との距離を詰めていく。


 地面を蹴り、空中に跳び。

 使える空間はいくらでも使って、草壁との距離を一気に縮める。


「っ?! はやすぎ、!」


 声を聞いた時には、彼女の顔はすぐ間近に。


 玲はその場で右足を大きく蹴り上げる。狙ったのは彼女の手。


「きゃっ!」


 草壁の右手から銃を弾く。


 反動でバランスを崩した彼女の足を引っ掛けて転倒させ、押し倒す形で身動きを封じた。そうしてすぐさま、草壁の首筋に自らのナイフを突きつける。


 拳銃は音を立てて地面を転がる。

 彼女の手は、届かない。


「…………」

「…………」


 彼女と視線を合わせてしばらく。


[勝者、レイ。 草壁ミサのタグを1枚、入手することを許可します]


 無機質な声が聞こえ、玲はそっとナイフをはずした。


 彼女の顔を間近で見ながら、小さくほっと息を吐く。


 なるほどこういう感じか、と心のうちでは思っていた。


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