協力体制
「……で、お前はこれからどうするつもりだ?」
玲がそう言うと、火狩はきょとんと首を傾げた。
「どうって?」
「あと数分でゲームが始まる。俺もお前もプレイヤーだ。戦うのは必然だろ」
ナイフはまだ抜いてない。
だが玲はずっと、それに手をかけたままだった。警戒を解くつもりもない。
しかしそんな玲とは対照的に、火狩はそんなことかとでも言いたげに、ホールで見せた時と同じ屈託のない笑みを浮かべた。
「オレは戦うつもりも、タグの取り合いをするつもりもないよ。だってあんたは、オレの【悪の定義】に触れてない。オレもあんたの定義には触れてない。そうでしょ?」
指で銃の形を作り、火狩は玲のことを指差す。
その動作は玲にとっては癪にさわるものだったが、行っていることは的を射ていた。
玲はつい肩を落として額を揉んだ。
事前に確認した火狩の定義は3つ。
・火狩クレハに攻撃を仕掛けた者
・銃器を所持する者
・殺人を犯した者
一番最初は言わずもがな、まだ適応されていないことがわかっている。
ちなみにこのゲームにおける"攻撃"は、プレイヤーが持つスマホにより自動で判定がなされる。
どこまでの行為が攻撃と見做されるかは若干ブラックボックスだが、少なくとも殴ったり蹴ったり、あるいはナイフで斬りつけたり、銃を撃ったりなど、とにかく明らかに敵意を持った行動をしない限りは問題はない。
これはゲーム開始前に御堂が話したことだ。
また、定義が適応される行為は、ゲーム内で起こったことのみに限られる。だからゲーム外での殺人は対象にならない。
なので3つ目の定義も、火狩がこちらのことを知らなくてもわかる内容だ。
だが、
「どうして俺が、銃を持っていないと言える?」
尋ねると、火狩は首を傾げて唸った。
「んー……この距離なら、銃を持ってたら多分をそっち使うかなって。あと、ナイフ使いの"虚"が、この期に及んで銃を持つとは思えないから……かな?」
玲と火狩の距離はせいぜい6m程度だ。
しかしこの距離なら、ナイフで突っ込んだ方が早いと考える人間もいる。
実際玲はその類だ。
「そもそも外のストリートファイト大会は刃物しか使えない決まりだ。隠し玉で銃が出てくるとは思わないのかよ」
「でも、あんたは今ナイフに手をかけてる」
玲の右手を指差し、火狩は言った。
「あと、これは銃がどうこうとかいうのには関係ないけどさ。オレはあんたの定義を見たことあるし、その上で、オレはあんた定義には触れていないと断言できる。多分あんたもそれをわかってる。
たがら少なくとも、オレの方から仕掛けなければ、戦闘はできない。やったら死ぬ。そう、だよね?」
言葉の語尾は疑問系。
確認とも取れる自信なさげな声だったが、それでも火狩は真っ直ぐにこちらを見て笑っていた。
軽い奴だと思っていたが、どうやら頭はそれなりに回るらしい。
そう思うと同時に、こちらからは何もできないのが悔しかった。
玲が自身に設定した【悪の定義】は3つ。
・レイに対し、武器を手にした状態で5秒以上続けて視線を向けた者
・レイに対し攻撃を仕掛けた者
・殺人を犯した者
このどれも、ゲームが開始された後でなければ効力を発揮してはくれない。
その上、玲は火狩の方から攻撃ないし、武器を構えたりされない限り、彼を攻撃対象とみなせない。
受け身になってしまうのが自分の定義の弱点と言えることは、玲自身にもわかっていた。
しかし定義違反=リスクの上昇、という状況下で自分を守るためには、このくらいの枷は必要になると思った故に、玲は自分に対してこのルールを設定した。
玲は黙ってナイフの柄を指でなぞる。
これの出番はまだ遠そうだと思いつつ、一度それから手を離した。
「オレたちは今は敵じゃないよ」
「だからって仲良くお話しする状況でもないだろ」
「そうかもしれない。けどオレは、あんたに協力して欲しいと思って、あんたのことを探してたんだ」
「探していた?」
思わず首を傾げた玲に、火狩は続ける。
「さっき、狙われてる気がするって言ったでしょ。と言っても、じっと見られてるような視線を感じて、気のせいかと思ったけどどうしても気味悪くてさ。
適当にフィールド走り回ったりしてみたけど、誰かが着いてくる気配はなかった。
だから居るとしたら多分そいつ、そこそこ遠くからオレを見てる。でも場所がわからない。だから代わりに目の良い奴に探してもらいたい、と思ったんだけど……」
遠くから狙われている、動いても着いてくる気配がない……と言うことは、相手の居場所はほとんど変わっていないはず。
狙撃手の可能性が高いだろうかと頭の中で見当をつける。まあそれがお得意の火狩の勘故の予想なら、あまり当てにもならないが。
なるほど、と玲は思った。
この時点でなんとなく察しがついた。
目の良い奴。
それを考えて火狩が思い浮かべたのが、分配フェーズで成功したメンツだったんだろう。動体視力と遠くがよく見えるは少し違うはずだが、火狩の考えることもわからなくはない。
「黒井と、ジンって人は論外。あれらは確実に危ない。光山は妹? と組んでるみたいで、まあ定義からして正直やりにくそうだしさ……」
チラリと視線を向けてくる火狩に、苦笑いをしながら玲は言った。
「……で、消去法で残った俺を探していたと」
「消去法じゃないよ。少なくとも話せる相手だってことはわかてるから、最初から筆頭候補」
面倒な奴だな、と玲は思った。
「内容からして、お前の話が本当だと判断する根拠がない。嘘でないと証明できるか?」
尋ねると、火狩はきっぱりと首を振る。
「無理だね。でも本当のことだし、オレは嘘つかない」
話にならないと玲は思った。だが飄々とした態度ながら、火狩は目だけは真摯だった。
なんと言うか彼はとことん真っ直ぐで、それが逆にやりにくい。
「今回限りで良い。うまくいってもいかなくても、オレのタグをあんたに1枚譲渡する。ノーマルだけど」
「お前のメリットは?」
「オレはそいつさえ排除できればいいしと思ってる。そいつからタグを奪えれば、オレのタグ枚数は実質プラマイゼロで収まるし。
いないならいないで、それが分かれば万々歳かな」
相手を殺すつもりはない、ということだろう。
元々自分も火狩も迂闊に殺人ができない定義を定めている以上、当然の選択とは言える。
玲は静かに思考した。
話に乗れば、タグ2枚。
乗るだけで1枚は確実に得になる。
考えた玲は、諦めてひとつため息を吐いた。こいつといると、どうも自分のペースが乱れている気がしてならない。
「……一回限りだ」
「よっしゃ!」
ガッツポーズをする火狩に、玲はつい額を抑える。
「本当に今回だけだぞ」
「わかってる。ありがとな!」
向けられたのは無邪気な笑顔。
その表情に、いろいろとつい考え込んでしまう自分との違いを感じ、玲は微妙な顔をした。
自分が協力すると決めたのは、初めにできる限り多くのタグを集めておく方がいい、と考えた故の結果だ。あくまで利己的な判断に過ぎない。
懸念点は、この話自体が火狩の仕組んだ罠である可能性。
だがそこはこちらの技量次第でどうとでもなる。
玲はスマホの時刻を確認した。
ゲームの開始はすぐそこに迫っている。
あまりのんびりしていられる時間はなかった。




