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悪人の定義  作者: 黒兎
1日目 開幕
6/39

フィールドへ


 タグの分配が終了すると、プレイヤーは実際にゲームが行われるフィールドへ移動することになった。


 ゲームフィールドの入り口は東西南北の4方向に存在し、プレイヤーは各々好きな地点から入場することができる。

 入るのは配布されたタグケースの番号順という決まりだった。

 

 配布物を受け取った玲は、南口と呼ばれる場所を選んでフィールドに入った。

 使い慣れないスマートフォンをぎこちなく触りつつ、なんとか全体地図を表示する。


 俯瞰で見ると、このゲームの舞台の広大さがよくわかった。


 フィールドは半径3kmの円形。周囲を高い壁で囲まれた1つの街、と考えるのが良いかもしれない。

 

 玲が今立っているのは入り口からほぼ真正面の位置だ。

 立ち並ぶのは外と同じく腐敗したビル群。剥き出しになった鉄骨と、ひび割れの多いコンクリートの道が続く。見た目上は、貧困層の暮らしている街並みと大きくは変わらない。しかしどこか、再度人の手を加えられた末に成り立つ姿にも感じられる。


 ちなみに街の中心には中立地帯と呼ばれる場所があり、そこはある程度綺麗な建物が揃っているらしい。

 

 なお、中立地帯での他プレイヤーへの攻撃行為は禁止となっている。

 またプレイヤーは1日の内、昼間の時間帯(6:00-19:00)で5時間以上中立地帯にいてはならない、というルールもあるため、戦うのが怖いからとずっと安全圏に居続けることもできないわけだ。


 中立地帯には特定タグ以外のノーマルタグを、物資や食料などと交換できる施設も揃っている。中にはホテルも存在し、それらの料金はすべてタグでの支払いとなるらしい。

 要するに、ノーマルタグは外でいう通貨と同じ扱いになるわけだ。


 これから2週間、もしくはゲームクリア者が出るまでの間、プレイヤーはフィールドの外に出ることができない。


 玲は街の構造を一通り頭の中に入れて息を吐いた。

 まずはこれからどうするかを決めるべきだろう。


 ゲームスタートは今から約2時間後。

 入り口近くで待ち伏せなどが発生しないよう、プレイヤー全員がフィールド入りしてからも、ゲーム開始までの間に少し猶予が設けられている。

 スマートフォンを確認すれば、開始までの時間が刻一刻と減っていくのが見て取れた。


 ちなみにスマホは、運営側から配布されたゲーム用の機材だ。使える機能は現状6つに限られているが、進行に応じて機能が追加されることもあるらしい。


ーー


・ルールの確認

 (主要10のルール他、細かな規定が記載されている)


・データ確認

  (全プレイヤーデータ、【悪の定義】、および所持しているタグの種類、枚数などが確認できる)


・ソナー

 (自分の周囲半径300メートル以内のプレイヤーの位置と名前を確認できる)


・プレイヤー間および運営とのメール、通話

  (アドレス、番号の交換は任意。初めは運営への連絡先のみが登録されている)


・警告

  (半径100メートル以内に自分を攻撃対象とするプレイヤーが侵入した場合、自動で知らせる)


・マップ確認


ーー


 ゲーム開始までの間は、【ソナー】と【警告】の機能は使用できない。


 玲はスマホをポケットに入れると、ひとまず辺りを見渡した。

 近くにはプレイヤーの姿から数名。そのほとんどがこちらを見つつ、ひっそりと様子を伺っているように見える。


 まあそれも当然だろう。

 分配フェーズで既に目立った行動をしてしまっている。

 多くのプレイヤーから警戒、ないし狙われている可能性は高いと言えるだろう。しかもタグケースの番号でフィールドへの入場順も把握されている分、余計に見られていると考えて良い。

 

 だからこそ、残りの時間でできる限りのことをしなければならない。賞金を手にするためには初めの時点でなんらかのリードが必要になる。

 特に今持っているジャックのタグは、絶対に死守する必要がある。


ーーとりあえず……、どっか建物入るかな。


 玲は考え、一番近くにあったビルの中に足を踏み入れた。


 ビル内は、正直ひどいの一言だった。

 錆びた鉄骨とボロボロのコンクリートには、どうしたって恐怖を抱かざるをえない。

 フィールドの外の街以上に、長年放置されてきた感が滲み出ている。が、最低限補強された形跡もあり、管理はなされているようだった。


 若干の埃っぽさを感じながら中へ入り、目につくところにあった階段を慎重に上がる。上まで登ると、その先に屋上へと続く扉があった。


 取手に手をかけて押してみれば、案の定、不快な音と共に錆びついた扉が開く。

 

 直後に広がったのは、淀んだ雲で覆われた空。

 それと高さが異なるものの、その先も続くビルの森。


 ビルとビルの間隔は広くもなく狭くもない。


 玲は手すりのない縁に立って、ひっそりと下の様子を眺めた。ビルの入り口辺りにはプレイヤーが2人ほど立っている。

 さっきこちらを伺っていたプレイヤーだろうか。ゲーム開始直後のタイミングで接触を狙っているのかもしれない。


 玲はふと空を見上げた。地上からここまで、大体5階ぐらいだったはずだ。落ちればただじゃ済まないだろう。


 とはいえ、これくらいの距離なら問題ないか。


 そう判断して、玲は助走をつけることなくその場で軽く地面を蹴った。


 一瞬の浮遊感と心地良い風。

 近くなった空に目を向ければ、意図せず胸が微かに高鳴る。だがすぐさま重力で地面に引き戻されてしまい、その瞬間を寂しく思った。


 そうしてそのまま、バランスを崩すこともなく隣のビルへと着地する。

 一度後ろを振り返れば、さっきまでいたビルが何事もなかったかのようにそこにあった。

 

 玲は一度眼を閉じ、再度改めて前を向く。

 そこから続けて同じ要領で、屋上を通ってビルからビルへ移動していく。

 

 現状、大体のプレイヤーが地上でいろいろと模索している最中にある。下で見張っていたプレイヤーだって、建物の入り口にしか意識が回っていないようだった。

 【ソナー】も【警告】も働かない以上、おそらく地上よりも高い場所を使って移動した方が、他プレイヤーに位置を悟られにくいはず。


 スタート位置から数箇所の屋上を経由し、1kmほど街の中心に寄ると、玲は今まで見た中でも最も腐敗の激しい建物を選んで中に入った。

 

 階段を降りて下の階層へ移動。

 当然そこかしこが埃まみれだ。大きな窓ガラスはバラバラに砕け、破片が至る所に散らばっている。壁は軽く触っただけで剥がれて崩れ、煙が舞った。

 

 ここなら、余程の物好きでない限り入ってきたくはないだろう。


 ガラス片に注意しながら、玲は窓近くの柱に身を隠して腰掛けた。


 ポケットから取り出したスマホを開き、プレイヤー情報のアプリを選択。

 

 まだどのプレイヤーが何のタグを持っているか、という情報は公開されていないらしい。

 見ることができるのは、プレイヤーの顔写真と登録名。年齢と身長。

 それと、【悪の定義】。


 初めに表示される画面はマイページらしく、自身の写真と情報が書かれていた。


 登録名 レイ

 年齢18歳 身長173cm


 白髪に赤い瞳。写真映えは最悪だった。


 見なかったふりをして、手始めに情報収集に努めることする。

 最初はあの3人から始めようとそう思って、まずは黒井オウヤのページを探した。


 登録名 黒井オウヤ

 年齢25歳 身長181cm


 年齢的には7つ違い。しかし、


「殺し屋……か」


 話を聞く限り、その手の世界ではかなりの有名人なのだろう。

 この年齢で殺し屋として活躍していることや、分配フェーズの時のことを考えると、玲の中ではにわかにある可能性が浮上していた。


 8割方そうだろうと結論付けながら、玲は画面をスクロールして黒井の定義を確認する。


 ただその内容に、また頭を悩ませる結果となった。


 【悪の定義】は、このゲームで最も重要なファクターとして位置付けられる。

 定義の内容は申告制で、ゲーム開始前にプレイヤー自身が決定し、ゲームマスターに申告する。

 またゲーム中は、ゲームマスターに5枚のノーマルタグを渡すことで変更が可能だ。


 定義できる内容は箇条書きで3つまで。

 

 ただし、『〇〇を除く』など、除外条件を含んだ定義の設定は禁止とされている。その他、人名を並列して使用することも禁止だ。


 そんな細かいルールもあるから、正直他のプレイヤーがどんな定義を設定しているのか、玲は少々興味があった。


 他のプレイヤーがどんな内容を決めたのかは、フィールドに入る前の段階ではわからない。


 ただ黒井の定義の内容は、他と比べるとイレギュラー中のイレギュラーだろうと、一目見ただけで確信できた。


 黒井の定義欄に書かれていたのは、たった一言。

 いっそ清々しいほどに単純明快で、だが逆に、それ故恐ろしい文言。


・人間


 黒井オウヤの定義は、たったそれだけの内容だった。

 

 玲はつい後ろ頭を掻いて考える。


 そもそもこのゲームの【悪の定義】は、攻撃可能な対象を絞るために設定される物だ。だがそれと同時に、自分の身を他のプレイヤーから守る、という役割も持っている。


 設定した【悪の定義】で悪とみなされるのは、なにも他のプレイヤーだけではないからだ。

 定義の中で悪とみなされる対象には、設定したプレイヤー本人も含まれている。


 例えば、


・特定タグを持つ者。


と、定義したプレイヤーがいたとしよう。


 当然このゲームにおいて、そのプレイヤーは特定タグを持っているプレイヤーにしか攻撃できない。そこまではいい。


 だがもし、このプレイヤー自身が特定タグを入手した場合、実質そのプレイヤーは、自分が悪とみなした行為を自分で犯してしまったことになる。


 そうなると、この瞬間から状況が変わる。


 他のプレイヤーはこのプレイヤーを、設定している定義の内容にかかわらず、攻撃することが可能になるのだ。

 つまり、自分の定義で悪と見なされる行為を自分自身が行えば、その時点より他のプレイヤーから


『無条件で攻撃することのできる対象』


として位置付けられることになる。


 おそらくこの状況を作るのが、除外条件を含む定義を設定してはならない、というルールが作られた目的だ。


 ではこの黒井オウヤの定義はどういう意味を持つか。


・人間


 ここにいるプレイヤーは、当然のことながら全員が人間だ。

 黒井自身も、当然そこに含まれる。


 答えは簡単。

 黒井はおそらくこう言いたいのだ。


ーー俺は誰に対してでも攻撃する。その代わり、誰でも攻撃をしかけてこい。


 誰にでも攻撃できるメリット。

 誰にでも攻撃される可能性を持つデメリット。


 ハイリスクでハイリターン。

 よっぽど自分の力に自信がなければ、できない芸当に変わりはない。


 やっぱりこいつは危険だと、玲は静かに眉をひそめた。

 迂闊に手を出していい相手じゃない。ハッタリの線もあるが、分配フェーズの時や火狩と言っていたことなんかも考えると、限りなくそちらの可能性は薄いだろう。


 できる限り、こいつに近づかないようにしなければ。


 玲はスマホの中の憎たらしい顔を睨みつけた。


 湧き上がってくる恐怖心には、わざと気づかないふりをした。

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