選ばれたもの
数人が言い当てを終えると、今度は誰も動かなくなった。
あてずっぽうで行っても特定タグは当たらない。ならば自分の運に任せて、特定タグが当たるのを願う方がいい。
下手に動いてタグ1枚で始まるよりはマシだと、多くのプレイヤーがそう考えた結果なのだろう。
だがしばらくすると、そんな空気をぶち壊す声が、すぐ隣から聞こえてくる。
「はーい!」
やたらと明るく元気な声は、ずっと玲の横にいた少年から発せられたものだった。
「お前……」
玲は驚いて火狩を見下ろす。
「へへっ、大丈夫。オレって運だけは超絶いいんだ!」
彼はそう言うと、すぐさまステージに駆け上がって行った。そうして壇上にたどり着くと、そこに置かれたこのホールで最も大きなモニターに目を向ける。
「うーん……」
かと思えば、火狩は顎あたりに手を当てて考える素振りを見せ始めた。それはまさに、絵に描いたような考えるポーズ。
しかも近くに御堂のマイクがあるからだろう。「どれにしよっかなー」なんて、気の抜けた声が微かに会場に響いてきている。
「あいつバカだろ」
そんな嘲笑混じりの声が、いたるところから聞こえてきていた。
実際、玲もそう思った。ただそれは別に、火狩の台詞だけで判断した故ではない。
シャッフルがおこなわれる際、玲はモニターを見る視界の端で火狩の動きを捉えていた。だからこそ、そう思わざるを得ないのだ。
玲が見る限り、火狩はシャッフルの間、一切モニターを見ていなかった。なぜかは知らない。でもとにかく、彼はボーっとしているだけだった。モニターには少し関心を向けただけで、それ以降見向きもしなかったのだ。
「じゃあ、279番で!」
だが、火狩はステージ上ではっきりとそう宣言する。
ケースが開かれ、中からタグが現れた。
見えたのは、ハートのクイーン。
「ウソだろ……」
玲は唖然と呟いた。
周囲の人間も同じように思ったのか、目を見開いて驚いている。
誰かが言う。
「……偶然? 293分の13だぞ? 当たるか?」
そんな声を、玲の頭は否定した。
4%。
そんな確率、滅多に当たるものではない。偶然にしては出来過ぎだ。
なにかカラクリがあるのだろうか。
ついそんなふうに邪推してしまう。
あるとしたら、火狩が主催者側と繋がっている可能性ぐらいだろう。最初からあいつに、御堂が勝たせようとしているならば。
確かに火狩と話した限り、彼は色々と情報を持ってはいた。だがそれは判断材料として心もとない。
いや、正直それはどうでもいいのだ。
もし御堂が火狩を勝たせようとしているのだとして……だとしても、御堂の目的はまったく見えない。こんなゲームを主催する時点で、最初から目的などわかったものではないのだが、それは一旦横に置く。
もしもこの説が本当だとするなら、それにしたってもっとうまくやるはずだろう。火狩自身も、せめてモニターぐらい見るだろうに。
ーー……やっぱり、ただの偶然か。
玲は一度目を閉じる。
もし本当に勘で当てたのだとしたら、単にあいつの運が良かったということになる。
くじ引きだってなんだって、当たる時は当たる。けれど、
『オレ運だけは超絶いいんだ!』
という火狩の言葉が不意に頭で再生された。
正直なところ、信じたくはない。なんなんだあいつ、と玲は頭の中で独りごちる。ついため息が溢れてしまった。
「他には、いらっしゃいませんか?」
考えている間に御堂は言う。
ホールは静まり返ったままだった。
このまま行けば、もう誰もステージに上がることはないだろう。
……潮時だ。
「……はい」
玲はそっと手を上げ、ステージ上に向かうことにした。
嬉しそうに与えられたタグを持つ火狩とすれ違って壇上へ登る。
火狩自身は周りが見えていない様子で、横を通り過ぎる玲に目を向けることはなかった。
玲はゆっくりとステージに上がった。
すると御堂は何故か軽く会釈をしてくる。
それは、今までのプレイヤーにはなかったはずの行動だった。
玲は一瞬きょとんとして、その場で足を止めてしまった。
彼女はどこか嬉しそうな顔でこちらを見ていた。
「何番ですか?」
尋ねられて、はっとする。
胡散臭さを感じながら、一度呼吸を整えた。
答える番号はここに上がる以前から決めている。
「230番」
現れたタグは予定どおり、スペードのジャックだった。




