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悪人の定義  作者: 黒兎
始動
4/39

分配フェーズ


 ルール説明が終わると、しばらくの間、改めて参加意思を確認するための猶予時間が設けられた。

 時間は10分。経過した後部屋に残っていた者は、参加を表明したものとみなされる。


「ではこれより、タグの分配を行います」


 既定の時間が経つと、御堂は周囲のスタッフに合図を送った。部屋から出た者はおそらくほとんどいなかっただろう。


 御堂の声を皮切りに、部屋の隅に待機していた黒服たちが慌ただしく動き出す。いくつかの機材が操作され、やがてホールの壁に何台もの大型モニターが現れた。


 現れた画面の中には、四角い箱が大量に映し出されている。

 15×20。合計で300。予想されるプレイヤー数よりはいくらか少ない。


「モニターの四角はタグケースを表します。これより皆様に見えるように、特定タグを分配します」


 御堂が言うと、画面には16枚のタグが現れる。


 キング、クイーン、ジャック、エース。

 それぞれの数字にはまた、トランプのスートが4つ。スペード、クラブ、ダイヤ、ハート。


 ゲームのクリア条件は、ポーカーでいう4カードを作りゲームマスターに提出すること。

 つまりジャック以上の1つの数字につき、4つのスートを集めれば良い。


 16枚の特定タグは、画面上で複雑な動きをしてケースの絵の中に入り込んで行く。プレイヤー達は画面を凝視しており、玲も自然とその場所を記憶した。


「これよりケースの位置をシャッフルします。

 見事特定タグ入りのケースを見失わずに当てることができたなら、指定の特定タグと4枚のノーマルタグを持ってゲームに参加していただけます。

 なお、失敗した場合、ノーマルタグ1枚でゲームをスタートしていただくこととなります。ご注意ください」


 その宣言に参加者達の目つきが変わった。

 絶対に当ててやろうという、張り詰めた空気がホール内に充満する。


「全ての特定タグが当てられれば分配フェーズは終了。ケースを指定する人間がいなくなっても終了とし、余った特定タグはランダム配布といたします」


 シャッフルを見極められれば、有利な状態でゲームに望めるという。だが言い当てを外せば、タグ1枚という不利な状態からのスタート。


 全てのタグを失ったらゲームオーバー、即ち死、というルールのゲームで、ここでの失敗は命に関わる。

 言い当てに参加しなかった場合は、特定タグ入りを持って参加できるかもしれないが、もし全ての特定タグが言い当てられた場合は確実にノーマルタグのみから参加。


 なかなか面白い趣向だと玲は思った。


 それにこの手のやり方は、こちらからすると願ってもない。


「それでは、シャッフルを開始します」


 瞬間、ホールのほぼ全員が最寄りのモニターに目を向け、玲も静かにそれに倣った。

 集中力の高まりを感じる。周りの人間も、自分自身も。


 静寂の中、御堂のカウントは始まった。



ーー それから数秒。


 モニターの中には、まるで何事もなかったかのようにタグケースが整然と映し出されていた。


「シャッフル終了です」


 少し変わったことといえば、ケースの一つ一つに番号が振られたことぐらい。ホール内はいっそ不気味なほど静かだった。そうしてほとんどの人間が、一様に肩を落としている。


 理由は単純。シャッフルのスピードが速すぎたからだ。


 言うなれば、たくさんの流れ星を同時に追いかけているような感覚。普通の人間の動体視力であれを見切るのは、はっきり言って不可能だろう。

 それほどメチャクチャなスピードだった。


ーーまあ、あくまで普通の人間ならばの話だが。


 玲はしばらく様子を窺うことにした。今の状況は自分に都合の良すぎている。それが逆に、言いようのない違和感に繋がっていた。


「あんなの……見えるわけねぇじゃねぇか!」


 誰かが野太い声で叫んだ。それをきっかけに不満の声はそこかしこから溢れ出す。

 だがその中で、御堂はまるで罵声など聞こえていないかのように柔らかな笑みを浮かべていた。


「では、どなたかケースを指定なさる方はいらっしゃいますか?」


 その様子は、誰かが必ず名乗り出ると確信しているかのようだ。

 有無を言わせぬ御堂の対応に、騒めいていたホールが次第に静まる。嫌な緊張感に、玲はじっと息をひそめた。

 やはりどこか、気持ちが悪い。


「はーぃ」


 静寂は破ったのは気だるげな男の声だった。

 人混みの中で、病的なまでに白い手が高々と、そしてひらひらと揺れながら挙げられている。


 どこかの宗教の出来事のように、人が自然と空間を開け、そいつの前に道ができて行く。

 コツコツと鳴るブーツの音は軽いのに、異様に重たく響いて聞こえた。


 壇上へ続く階段を登りステージに上がったのは、20代半ばであろう黒ずくめの男だった。


 短い髪は乱雑に切られ、顔の片側で不自然に長い髪の束が揺れている。真っ黒の瞳と同じように髪もまた黒く、立っているだけで不思議と存在感がある青年だ。


 メインの得物は刀だろう。黒い鞘が腰のベルトに付けられている。


 彼の浮かべる笑みは、狂気的で不気味だった。笑った口の端が三日月型に吊り上がっている。そしてその左頬には、幾何学模様のような刺青。


「……あれ、黒井(くろい)オウヤだ」


 隣で火狩が呟くのが聞こえた。


「知ってるのか」

「少しだけどね」


 火狩の頬にはわずかに汗が伝っていた。言葉の中にははっきりと恐怖が滲んでいる。


「オレも噂しか聞いたことないけど、その手の世界じゃ有名な殺し屋だよ。快楽を求めて殺人やってるヤバい奴って話。

 あいつに殺された死体は、いつもめちゃくちゃに切り刻まれた状態で見つかるんだってさ。

 軍では指名手配扱いなはずだけど……、あんな奴まで参加してくるのは、ちょっと予想外だったかもしれない」


 苦く笑っている火狩をよそに、玲は黒井の姿を見つめる。


 何気なくふらっと立っているようで、隙がないのは確かだろう。身体つきはガッチリしているというより、むしろひょろりと長い印象が強い。身長は目測で180ぐらいはありそうに思う。


 表情には余裕が見られ、今も他のプレイヤーを見下ろしながら気味の悪い微笑を浮かべている。

 直感的に、嫌な空気を纏う人物だと玲は思った。積極的に関わりたい人物とは言い難い。


 そう思った時だった。


 不意に、男と視線が交わった気がした。


 気のせいかと思いつつ、玲が逸らすことなく彼を見据えれば、相手も逸らすことをしない。


 男の立つステージとの距離はかなり離れている。それでもわかるのは、吸い込まれそうなどこまでも黒い瞳の奥に、深々と暗い闇が渦巻いていること。


 ぞくりとした何かが背筋を走り、しかし玲は視線を逸らさないようにと耐えることを選んだ。

 ここにきて弱みを見透かされるのは避けたい。


 意識して拳に力を込める。

 その瞬間、「へぇ」っと、黒井が呟いたように見えた。


 やがてニヤリと笑った黒井は玲からふっと視線を外し、改めて御堂へと向き直る。


「何番ですか?」


 御堂にそう尋ねられ、彼は歪んだ笑みを深くした。

 あんな奴の前でも態度を崩さない御堂の度胸には思わず感心してしまう。あの男の目の前に立って、自分はあんなに平然としていられるだろうか。

 正直疑わしいと思えて、玲はつい目線を逸らした。


「スペードのキング。88番だ」


 黒井はさらりと、何事もないようにタグのマークと数字までを口にする。その宣言に、モニターの中で88番のケース画像が開かれた。

 その瞬間、ざわめきが起こる。


「お見事ですね」


 御堂は満足げに口にする。

 開かれたケースから出てきた5枚の中には、確かにスペードのキングのタグがあった。


 玲は無意識に口元を歪めた。シャッフルの速度は、決して常人が見切れるようなものではなかったはずだ。


ーーそれを、いとも簡単に。


 考えるほど嫌な予感が沸き上がり、つい額を指で押さえる。

 あの男は、要注意だ。


「はい!」


 騒ぎの収まらないうちに、また誰かが手を挙げた。


 黒井は興味なさそうに欠伸しながら、ステージをゆっくりと下りて行く。そんな彼を睨みつけるようにして壇上に現れたのは、まだまだ小柄な少年だった。


 目を引く煌びやかな白い軍服に、軍帽から覗く鮮やかな金髪。瞳の色も同じく鮮やかな金色だ。しかも火狩と違って痛みのない天然物。


 身なりからして、間違いなく軍の関係者だろうと予想がついた。


 だがその年齢があまりにも若い。見た目的には10代半ば、いや前半としか思えない。


 玲は首を傾げて少年のことを観察する。立ち振る舞いも、気張ってはいるがどことなく幼さが隠せていない。あんな子供まで、軍は登用しているのだろうか。だとすれば、軍の底も知れているように思えるが。


 考えていると、隣で火狩が口を開く。


「軍って最近は世襲が進んでて、関係者の子供は物心ついた時から戦闘訓練やらなんやら叩き込まれるらしいよ。

 まだ表には出てきにくいけど、子供も珍しくはないって聞いた」


 見て、と促され、玲はステージの下に目を向ける。そこには少年と同年代くらいであろう、同じような服装の女の子が不安げな顔をして立っている。


 彼女の髪もまた金色。しかもおそらく天然もののツヤである。この国に住む大半の国民の容姿から考えれば、彼らの関係性は明白なように思えた。


「兄妹だろうね」

「……ああ」


 玲が火狩の言葉に頷いている間に、少年はケースの番号を指定する。


「145番をお願いします」


 ケースが開く。

 そこから現れたのは、ダイヤのエース。


 御堂からケースを受け取ると、少年はすぐさま段を駆け下り仲間であるらしい少女の元へと向かって行った。少女はホッとしたように笑い、少年は苦笑いを見せながらも彼女の頭を撫で始める。仲は悪くないらしい。


 続いて2人の背後から間髪入れずに現れたのは、これまた長身の男だった。


 黒のロングコートにスラックス。胸元には複雑な形をしたネックレスが揺れている。


 無言でステージに登った彼は、御堂にそっと頭を下げた。


 顔の半分を覆うような長い前髪。顔を上げると、それは彼の右の瞳を隠してしまう。

 年齢としては20代後半ぐらいだろうか。なぜか儚い雰囲気を感じる青年だなと玲は思った。 


 ただしそれは見た目だけの話。

 立ち振る舞いから感じるプレッシャーは、正直黒井と大差ない。


 得物は黒井と同じく刀だろうか。黒井の物は鞘が黒かったが、こちらは反転して鞘が白い。見えている左目は色素の薄い灰色で、気のせいかもしれないが、光が鈍いようにも見える。


「2番。ジャックだ」


 開いたケースから出てきたのは、クラブのジャック。

 

 あの男にも、見えていたということか。

 玲は無言で目を細めた。



 さて、この時点で3人中3人が特定タグを得ることに成功した。そこで会場にはある憶測が飛びかい始める。


 シャッフルが見えた見えていないに関わらず、早く言い当てを行った人間に、特定タグが当たるのではないか、という推測だ。


 それを確かめるように、勇気ある数人はステージに上がって特定タグを得ようとした。


 だが結果は全員外れ。

 そのことで、初めの3人はシャッフルがきっちり見えていた、という仮定がより現実味が増すことになる。


 もちろん主催者側から何か言われていた線は否定できない。

 だが玲からすれば、彼らが並外れた動体視力の持ち主であろうことは、なんとなく察しがついていた。


 身に纏う空気感と身体つき。 

 普通の人間と同じようで、やはりどこか異なっている。


 今の所、わかりにくいのは軍服の少年で、顕著なのは黒井ともう1人の男。

 あの3人は十中八九、普通とは一線を画した存在だろう。


 玲はそう思い息を吐いた。

 そう簡単に、ことは運んでくれないらしい。

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