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悪人の定義  作者: 黒兎
3日目 探し人
34/39

失ったもの


 タグを3枚まわし、玲は静かに雷を見据える。


「ここの他に、プレイヤーに公開されていない施設があれば教えてくれ」

「施設はありません。

 それと、プレイヤーと、弊施設で提供できるシステム以外の情報は、わたくしからはあまり与えることができませんので」


 今回だけですよ、と雷は片目をつむった。


 まあ、初めに『プレイヤーの情報』と言われていたから仕方がないかと玲は思う。ダメ元で聞いたが、施設はない、ということが分かっただけでもよしとするべきだろう。

 裏を返せば、施設以外はあるかもしれないということだ。


 玲はもう一度考える。


「……今回は、もう良いかな」


 本当なら他の特定タグを持っているプレイヤーの情報とか聞いておけばいいんだろうが、現状はそこまで深入りする必要性も感じない。


 位置情報はすぐに動くし、今聞いたところで役に立たない。それに、今後常に同じプレイヤーが特定タグを持ち続けるとも限らない。

 

 本当に欲しい情報は、ここではきっと得られないだろう。


「ふふっ。これで終了ですか。残念です」


 さして残念でもなさそうに雷は言った。


 最終的に減らしたタグは5枚。そもそも欲しい情報の数が少なかったし、今になると、気合いを入れてノーマルタグを集める必要もなかった気がする。


「……ジン、か」


 頭の中を占めるのは結局彼のことだった。

 自分の記憶の空白にいるのかもしれない人。改めてスマホで写真を確認しても、やはり何も分からなかった。


 被験者の可能性は高いだろう。

 黒井と知り合いの上、真正面から刃を交えることができるほどの人間だ。ただ黒井の言ったことから考えれば、双子のことも鑑みて、彼は体の一部に欠落を抱えていることになる。ホールで見た時は、そんな雰囲気は感じなかったが。


 とりあえず、今は考えても分からないことが多すぎた。


「会いに、行くべきか」


 呟いて、行ってどうするのだと思い直す。 

 自分自身が彼の事をわからないのに、一体なにを話せばいい。


 せめて礼ぐらい言うべきだとしても、同じジャックのタグを持っているのだ。迂闊に近づけば戦闘になるかもしれない。


 一度助けてもらったとはいえ、今でもその不安は拭うことはできなかった。


「そんなに考えなくとも、きっとすぐに会うことになりますよ」


 ニヤリと笑って彼女は言う。


「どういうことだ」

「さぁ? とにかく、そろそろ施設を出ていただけますか? 一応、ここは休憩所でも、考え事をする場でもありませんので」


 意味深に笑いながら、彼女は部屋の扉を開けて退出を促してきた。


 玲は椅子から立ち上がり部屋を出る。

 ぐちゃぐちゃの思考。とりあえず、今日の目的は達したと無理やり自分を納得させた。


 もうホテルに帰って眠ってしまおうか。

 そうすれば、少しはまともに頭の中の整理ができるかもしれない。

 そう考えながら雷の後ろに続いていると、すぐに建物の出入り口までたどり着いていた。


「そう言えば、御堂様から一つの伝言が」

「伝言?」


 ゲームの主催者が、一体何の用だろうか。

 心当たりはまるでない。混乱する玲に、雷は内緒話でもする様に小さな声で御堂の言葉を伝えてきた。


「『トウマをよろしく』だそうです」


 聞き覚えのない名前だった。


「トウマって誰だよ」


 そんな名前の知り合いはいない。知り合ったプレイヤーの中にもそんな奴はいなかった。


 なら自分がまだ出会っていないプレイヤーだろうか。いや、例えそうだったとしても、どうして御堂がそんなことを言う必要がある?

 また、一つ分からないことが増えていく。


「わたくしも、トウマと言う方については何も聞いておりません。あとはご自分でお考えください」


 雷も知らない、『トウマ』という人物。プレイヤーなのだろうか? それとも、雷の様な役職を持ったゲームマスター側の人間か。


 そこまで考えて、玲は今ある情報で何を思っても、これ以上は無駄だろうと判断した。

 施設の扉に手をかける。


「それでは、お気をつけて」

「……どうも。また来るかもしれないので、その時は」


 雷が後ろで頭を下げるのを目の端で捉えながら、玲はそっと施設の扉を開き、外へと足を踏み出した。 


 外へ出ると、既に空は薄暗くなっていた。

 ため息を一つ。


 今日は色々と分からない情報ばかりが集まってしまい疲れてしまった。とにかく早くホテルに帰りたい。


 そう思って玲が一歩足を踏み出した瞬間に、また忌々しい機械音がポケットから流れ出た。施設内から出た瞬間、と言うことは、相手が近くにいる可能性も高い。


 警戒しながら辺りを見回す。

 人影はない。

 でも、どこからか視線は感じる。


 感覚的には、……上。


 玲は自然とその方向に目「向けた。

 情報屋の正面に建つのは低いビルだ。

 

 その上に、人の姿。

 彼の背後には、三日月があった。風が吹き、黒髪が揺れる。彼が首に身につけたタグが光を反射し、その模様が浮かび上がる。


 クラブのジャック。

 長い髪で隠れた右目。左目の灰色。

 腰の刀は抜かれておらず、戦意はまるで感じられない。


「ジン」 


 玲は思わず、彼の名前を口にしていた。


 反射的に腰のナイフに手を掛ける。ジンは一切動きを見せない。 

 それが逆に、玲の思考を惑わせた。


 こういう時、どうするのが正解なのだろうか?


 玲は思う。礼を言うのか? この状況で。

 戦えばいいのか? 昨日助けてくれた相手と?

 迷っていると、ジンは自分の着ているコートから、白い布で巻かれた何かを取り出した。


 その挙動を玲は見つめる。

 そうして彼は、自分の立つ位置からそれをそっと地面に落とした。


 少しずつ落ちていく。その時間はすごくゆっくりとした物の様に感じられた。目を奪われる。

 やがてその場に響いたのは、金属音。


 落下する過程でわずかに開いた布の中からは、銀色の光が反射していた。見覚えのある銀だった。


「残りの一本は、黒井が持っている」

「は?」


 ジンはたった一言そう告げた。そうしてすぐに踵を返すと何も言わずに走り去ってしまう。


「っ! 待て!」


 とっさにそう叫ぶも、ジンは聞く耳も持たずにその場から一瞬で姿を消した。

 追いかけようかと一瞬迷ったが、しかしそれ以上に、ジンが置いて行った物が玲の思考を支配する。

 近くに寄って、それを拾う。


 ナイフが2本。

 間違いない。昨日黒井と戦った時に置いて逃げてしまった、玲の愛用のナイフだった。


「…………」


 返しに来てくれたのか。

 そう思った瞬間、また、なぜだという疑問が湧き上がる。


 なぜ、ここまでしてくれるのだろう。

 なぜ、あの時助けてくれたのだろう。

 なぜ、俺を気にかけている?


ーーなぜ、なぜ俺は、あの人のことが分からない。


 戻って来たナイフを、緊急で腰につけていたナイフとホルダーごと入れ替える。


 慣れた重みに、何処か安心する自分がいた。


 玲は首を振って雑念を押しやる。

 とにかく、考えるのはまた今度だ。


 そう思って、玲は中立地帯への道を急いだ。


ーーーー

プレイヤーリザルト 2日目

※は殺人経験ありのものを指す


1位 黒井オウヤ ※

 特定タグ 2枚

 K:スペード、ハート

 ノーマル 40枚


2位 レイ

 特定タグ 2枚

 Q:ダイヤ

 J:スペード

 ノーマル 17枚 


3位 ジン

 特定タグ 1枚

 J:クラブ

 ノーマル 21枚


4位 五十嵐コトウ ※

 特定タグ 1枚

 K:ダイヤ

 ノーマル 17枚


5位 光山イツキ

 特定タグ 1枚

 A:ダイヤ

 ノーマル 4枚

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