情報屋
ロウから教えてもらった場所にあったのは、気にせず見ればこの街のどこにでもありそうな、ごく普通の廃ビルだった。
「……ここ、ですか?」
「多分な」
首を傾げる一気にそう言いながら玲は周辺、主に建物の壁を観察していく。白いコンクリートの壁。窓は少なく、外からは見えないようにガラスにモザイクが入っている。
やがて目的の物を見つけると、玲はそれを指差すことで2人に教えた。
「コード?」
「ああ」
イツキの視線の先にあるのは電気ケーブル。
一見すると見落としてしまいがちだが、観察するとかなり新しい。それもわざとらしく一本だけが露出した状態で捨て置かれており、線を辿ると、その上にはわりやすく設置された監視カメラだ。
おそらくこれが、この施設を見付け出すヒントになっているのだろう。
「中から数人の人の声と、機械音が聞こえます」
「そうなのか?」
「はい。それが、私に与えられた能力なので」
聴力強化。ナツキが得た能力に、なるほどな、と玲は思う。
「凄いな。俺には何も聞こえない」
思わず言えば、ナツキは照れくさそうに頬を染めてはにかんだ。
「話した通り、一度使うと2日は使えないルールだ。お前らは、今でいいのか?」
ロウから聞いた内容は、既に道すがら2人に説明し終えている。
こちらは元々くるつもりだったからいいが、この場所さえ教えてしまえばあとは2人の問題だ。
玲が尋ねると、ナツキが言う。
「よろしいですね、兄様」
「うん」
イツキは頷き、一緒に行きますと伝えてきた。
少しわかったことだが、イツキは決してしっかりしていないわけではない。ただナツキの方が明らかに判断が早く、また積極的なのだ。
しかし同時に、最終的な決定自体はいつも兄に委ねたがる。
「じゃあ、行くぞ」
「「はい!」」
2人の返事を合図に、玲はビルの扉を開いた。
「うわぁ……!」
「すっ、涼しいです」
扉の先はエアコンがフル稼働していた。
中は外観と違って新しく、床は綺麗なタイル張り。天井にある照明は明るく、他のビルとは明らかに造りが違っている。
よくもここまでのギャップを作り出せたな、と言うのが玲の抱いた感想だった。
一階フロアには何もなく、上へと続く階段だけがある。玲は2人を促し、その先に進むことにした。
登り切って初めに目を惹かれたのは大量のモニター。どこを見渡しても、画面、画面、画面……。
正直目が痛くなるほどで、その明るさに圧倒される。
「おや、お客さんでございますね」
しばらくその場で双子と一緒に固まっていると、涼しげな声が部屋の奥から聞こえてきた。
現れたのは女性。精緻な模様が施された赤い着物を身につけている。履物は草履。手には扇。
おおよそ、このゲームの場にはまるで似つかわしくない装いだ。
「ふふっ、まあ貴方がいらっしゃることは既に予想が着いておりましたが……。まさか、こんな可愛い子達まで、一緒においでなさるとは」
特徴的な喋り方。訛り。
嬉しそうに、楽しそうに。女性は何処か意味深な笑みを浮かべている。
玲には自分の後ろでイツキが肩をこわばらせたのが分かった。人見知りは本当に激しいらしく、その様子に苦笑する。
そんなイツキとは対照的に、ナツキは
「綺麗……」
と言いながら、着物の女性に魅入っている様だった。
女性は彼女に対し、「ありがとう」と微笑んだ。
「自己紹介をいたしましょうか。
わたくしは雷エンと申します。御堂様より、このゲームに関するあらゆる判断を司ります、当施設の主任を任されている者です」
そう言い切って、彼女は恭しく頭を下げる。
「どうも」
玲はぶっきらぼうに言った。
「「よろしくお願いします!」」
反対に双子は元気よく頭を下げる。何が面白かったのか知らないが、雷はクスクスと笑い声をこぼした。
美人なのは確かだが、年齢がつかめない人だ。
さして化粧が濃いわけでは無いのだが、口調のせいか年増にも見える。
「立ち話もなんですから、奥にどうぞ。職員の邪魔にならぬ様、できれば静かにお願いいたします」
玲がそんなことを考えていると、雷はこう言葉を紡いだ。
言われてみれば、モニターの前には多くの職員らしき人々が待機している。彼らは揃って壁や手元の画面を凝視していた。
そして画面の中で動くのは戦闘中のプレイヤーや、話中のプレイヤー。時に職員は画面を操作してなにやら合図を送っている。
これは凄い監視体制だ。
流石にホテルの部屋などは表示されていないようだが、フィールドの中にいる間はずっと見られていると思った方が良いだろう。プライバシーの概念などあったものじゃない。
「レイさん?」
考えていると、目の前でナツキが首を傾げていた。イツキと雷は既に奥に向かい始めている。
「すまない。行こうか」
「はい」
玲はナツキと共に彼らの背中を足早に追った。
3人が通されたのは、いわゆる応接間のような部屋だった。机が一つと、高級そうな長椅子がそれを取り囲む様に2つ。
「さてここは、プレイヤーの公式に発表されていない情報を、タグを使用して買って頂く施設となります」
部屋を進んだ雷は、机を挟んで向かい側の椅子に腰掛ける。
玲と双子は入口の扉の前で立ちつくした。
「わたくしの役目は、皆様に要求された情報をタグと引き換えにお渡しすること。ですがそれだけでは面白くありません。……なので、ここではわたくしとゲームをしながら情報を得ていただく、ということになっております。
その際、ある程度ノーマルタグを要求させていただきます。特定タグの使用はできません」
注意事項やゲームルールをざっと話し終えると、彼女は意味深に微笑んで見せる。
「では、どなたが参加なさいますか?」
玲は咄嗟に前に出た。双子と顔を合わせることなく、参加の意を表明しようとする。
その時、
「あの! 雷さん!」
突然ナツキが大きな声を発した。
「なんでしょう?」
雷が笑みを深くする。
「例えば私たちが先にゲームをしたとして、それをレイさんが見ていても、問題ありませんか?」
臆することなくナツキは雷に質問をぶつけた。
彼女の度胸は大したものだ。この年齢にしてはかなり大人びていると思う。
「ゲーム内容をこの施設内以外で口外するのは、ルール違反となりますが、それくらいでしたら問題ありません。しかしよろしいのですか? 彼に会話を聞かれ、あなた方が損をすると考えられると思いますが」
「いかがですか? 兄様」
ナツキは振り返ってイツキを見た。彼が頷くと、今度は2人揃ってこちらに向き直ってくる。
「危ないところを助けてもらいました。それに、この場所だって、他のプレイヤーにはまだあまり知られていないのでしょう?」
「僕らが先にゲームの実践をします。会話も聞いてもらって構いません。これくらいの恩返しはさせてください」
要するに、2人は先にゲームに参加することで、こちらに情報を与えようとしてくれているらしい。
それは願ってもない事だが、
「いいのか?」
「はい!」
聞くと強く頷かれる。
「……分かった。頼む」
玲は少し迷ったものの、結局は彼らの好意に甘える事にした。
「任せてください!」
双子は明るくそう言うと、雷の方に足を進めた。




