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悪人の定義  作者: 黒兎
始動
3/39

ゲームルール


 参加証を手に入れてから一週間後、玲は国の首都に来ていた。


 ゲーム開催地として指定されていたのは、元は有名ホテルだったらしい建造物。しっかりと管理がされているのか、見た目の上には外壁にも痛みは少ない。かなりの高さがあり、その両サイドには後々増築されたらしい白い壁が延々と続く。


 まるで侵入者を拒絶する要塞のようで、玲は呆れ混じりに肩で息をした。プレイヤーを閉じ込める巨大な檻とも言える気がして、なんだか居心地が悪そうだと思う。


 入り口には警備のためか、屈強な体格の黒服たちが待ち構えている。玲が参加証を見せると、名前を聞かれた後すんなりと中に通された。


 1人の黒服に先導されて、整えられたエントランスを抜ける。音もなく動くエレベーターに乗って上層階へ向かい、その先に見えたのは煌びやかなホールだった。


 時代錯誤とも言える豪華さは、パーカーに古いジーンズで入るには少々ためらってしまう程。こんなに綺麗で整った施設に来るのは随分と久しぶりで、玲は思わず天井を見上げる。

 吊られているのは明らかに高そうなシャンデリア。天井には複雑なモザイク画が描かれていた。


 ダンスホールにも見える大広間には、壁際にいくつものモニターが飾られて、部屋の奥には広いステージ。一段高い位置にあるそこにはまだ誰も立っていない。


 空間は喧騒で満ちていた。


 集まっている人数は数百人ほどだろうか。年齢はまばらだが、30代かそれに満たない若者が多いように思う。男女比はおおよそ8対2ぐらい。各人思い思いの格好をしているが、動きやすい服というのが共通項として挙げられる。


 玲は人混みを縫いながら広間の中央へ足を進めた。

 ただ、普通に歩いているはずなのに、どうも周りからやたら視線を向けられている気がして顔を顰める。


 こういう時ばかりは自分の容姿が嫌になる。

 玲は自嘲したように笑った。


 黒髪や茶髪の人間が多いこの国で、年齢の割に白髪になってしまった自分は、周囲に溶け込むことに向いていない。幼い頃は普通の範疇だったのだが、今では完全に異物と化した。

 気味が悪いと思われるのも、無理はない。


「ねえ、あんた」


 適当な場所で立ち止まっていると、不意に声をかけられる。


 自分のことだと思わず反応せずいると、


「ねぇーって。聞こえてるでしょ?」


という声と共に、問答無用で金色が視界に入り込んできた。


 ピンピンと跳ねた金髪はおそらく染めたものだろう。染めてから時間が経っているのか、頭のてっぺんだけ僅かに黒くなっている。髪も痛んでバサバサだ。

 玲は自分よりも幾分か背が低いその青年を見下ろし、無意識に眉間に皺を寄せた。


「あんたオレと歳近いよね! 名前は?」

「…………」


 やけに馴れ馴れしい奴だと思った。正直苦手なタイプだとも。こういうグイグイ来る人間とは、あまり関わりたくはない。


「あ、オレは火狩(かがり)クレハ。よろしく」


 男にしては高めな声が脳を揺らす。


「聞いてない」


 玲は表情を消してそう言うが、それでも火狩は笑顔で続けた。


「ねぇ、名前は?」


 彼の表情は屈託のない純粋なものだった。いっそこの社会では珍しいと感じるほどに。


 玲は気づくと、無言のままズボンの生地を意味もなくさすっていた。そもそも誰かの笑った顔を向けられたのがいつぶりかもわからないほどで、どうしたものかと戸惑ってしまう。


「もー、それくらい教えてくれてもよくない?」

「……玲」

「玲ね。苗字は?」

「どうでもいいだろそんなの」


 反射的に強く吐き捨てる。火狩は一瞬ビクついたが、すぐ気を取り直したように首を傾げた。


「歳は? オレは18」

「同じ……」

「マジ?! やっぱりオレの勘は当たるね」


 どうでもいい、とは口に出さなかった。これ以上相手のペースに巻き込まれるのはごめん被りたいと思う。ため息をつけば、目の前の金髪は眩しいものでも見るように目を細めた。


「玲、ホント綺麗だよね。肌白いし、髪だって。目の赤色も凄く特別だ。オレ、あんたみたいな色は初めて見た」

「……」

「立ってるだけで目立ってたから、なんかつい声かけちゃった。カラコンってわけでもなさそうだし、髪も染めてないでしょ?」

「…………」

「無言は肯定でいいよね」


 好きにしろよと思いながら、やはり見られていたのは容姿のせいかと顔を顰める。

 せめて髪だけでも黒染めしておいたらよかっただろうか。それくらいできる金は、ストリートファイトで十分稼げていたのだから。カラーコンタクトだって作るだけ作っておけば、幾らかはマシだったのかもしれない。


 そんなことを考えていると、会場の明かりが消え、代わりにステージ上にスポットライトが向けられる。

 ホールが静まり返ると、カツカツとヒールが音を立てるのが聞こえてきた。


 舞台に現れたのは1人の女性。

 身長はあまり高くない。一目で高級だとわかるブラックスーツと、洗練されたデザインのイヤリングやネックレス。身につける物のどれもこれもが、くたびれた街で生きている人間たちのそれとはひと味違う品物だった。


「皆様、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます」


 マイクを通して言い放つ女性は、ホールにいる人間の視線を一身に浴びながらも、一切臆する様子がない。


「私は御堂イチカ。御堂グループ代表を務めています。そして今回、このゲームを主催した者です」


 その言葉に周りがざわめく。


 若いな、と玲は思った。塗りつぶしたような黒髪にはツヤがあり、顔立ちも華やかな印象がある。


 見た目的には30代そこらの彼女が、この国で今、最も影響力を持つと言われる企業グループの代表。

 言い換えると、搾取する側の中でも最上位の存在とも捉えられるのが、皮肉なところではあるのだが。


「あの人がねぇ」


 隣の火狩が低く呟くのを聞きながら、玲は静かに御堂を見据えた。


「では、ご挨拶はこのあたりで。早速ですがゲームの説明をさせてください。

 皆さんには二週間をかけて、このドッグタグを奪い合っていただきます」


 そう言って彼女が掲げたのは、チェーンに通された金属プレート。軍人が持つようなドッグタグ。


 プレイヤーとなるであろう人間たちは皆揃って息を潜めた。


 御堂の後ろに巨大なモニターが降りてくる。ホールの壁に配置されていたモニターにも電源が入ると、御堂はマイクを手に淡々とゲームルールを解説していく。


 一通り終わった頃になると、隣にいた火狩が口を開いた。


「特定のタグを4枚揃えて、ゲームマスターに提出すればクリア。賞金15億円ゲット。なんか簡単そうだね」  


 のんきなことを言っている彼を無視して、玲は頭の中で説明されたルールを整理していく。

 ステージ上で降ろされているモニターには主なルールが映し出されている。

 

 その数10個。


ーー


1 プレイヤーは、己の【悪の定義】をゲームマスターに申告する義務を有する。


2 プレイヤーは、己が悪と定義した行為を行った他プレイヤーを倒すことで、倒したプレイヤーからタグを1枚奪う権利を獲得する。

 勝敗は配布するスマートフォンにより判定される。

 敗者はタグを要求された場合、勝者の要望に沿ったタグを譲渡する義務を有する。

 

3 プレイヤーは、己の【悪の定義】に触れていないプレイヤーに攻撃してはならない。

 なお、定義の抵触したか否かは、配布するスマートフォンの判定に従うものとする。


4 夜間(19:00-翌日6:00)は、戦闘を行うプレイヤーの他に1人以上の立ち会い人を設けなければ戦闘を行ってはならない。

 立ち合い人は配布するスマートフォンによる選定に従う。

 戦闘が発生したとみなされた場合、先に仕掛けた者をルール違反とみなす。

 また、立ち会い人は戦闘に参加してはならず、戦闘中のプレイヤーも立ち会い人に攻撃してはならない。


5 複数人での乱戦となった場合、敗北したプレイヤーに対し5分以内に攻撃を行ったプレイヤー全員がタグを奪う権利を獲得する。


6 殺害した場合に限り、相手プレイヤーの持つタグを全て奪う権利が与えられる。


7 絶命したプレイヤーを発見した場合、戦闘の有無に関わらずタグを全て奪う権利を与える。


8 タグの譲渡は可能とする。


9 タグを全て失ったプレイヤーはゲームオーバーとする。


10 上記ルールいづれかに違反した場合、ゲームオーバーとする。


ーー


 その他細々としたルールは他にも沢山あるものの、戦闘に関わるルールとしては、この10項目がメインとなってくるのだろう。

 そして、一番重要なのは次の部分。


「ここでのゲームオーバーは、死を意味します」


 御堂の放った言葉に会場がざわめくのを聞きながら、玲は静かに息を吐く。

 命を賭けるという噂は、嘘ではなかったというわけだ。

 そう思うと、不思議と拳に力が籠った。


「ただしゲーム期間の14日間、もしくはどなたかがゲームをクリアするまでの間ゲームオーバーにならなければ、ゲームから生きて帰ることが可能です」


 その宣言に、周囲からはほっとしたような声が漏れ聞こえた。

 要は、タグを1枚でも手元に残した上で、かつルール違反をしなければ死にはしない、ということ。


「なお、ゲーム内での殺人に関しては、外部の法の処罰対象とはなりません」


 しかし同時に存在するのは、ゲーム内ではある種合法的に殺人が可能という割ととんでもないルール。


 よくまあこんなルールを国……いや、軍が認めたものだなと玲は思った。


 現状、国の政府や警察はほとんど機能していない。そこに取って代わって、この国の実質的な治安を仕切っているのが、『軍』という組織である。


 元来かなり厳格な組織だと言われており、殺人御法度を明確に定めて取り締まっているのも彼らだ。

 だが御堂グループほどの経済力があれば、あの組織に殺人可能というルールを認めされることも容易い、ということなのだろうか。

 そう考えると、やはり金の力が恨めしくなる。

 玲は密かに苦笑した。


 ただ一つ気になるのは、このゲームを開催することで御堂グループが得るメリットはなんなのか、ということ。

 賞金額、ゲームのための設備、備品、そのどれを取っても金がかかりすぎている気がする。どう考えてもきなくさい。しかしそうは思いつつ、それを今さら考えても、という感覚も否めないのが正直なところではあった。


「怪しいと思う?」


 声をかけられ、玲は視線を横に向ける。


「このゲームの噂、1年以上前には遠く北の半島やら南の火山島の方で流れ始めてたらしいよ」


 火狩はそう、ぼんやりとした声で言った。

 北の半島や南の火山島といえば、おおよそこの国の一番端にあたる地域のことだろう。


 廃れたといえど一応首都であるこの地域は、あらゆる情報の発信地だ。大手企業や軍の本拠地、死んだ政治の拠点でもあるこの都市からではなく、なぜそんな辺境のあたりから、こんな大規模なゲームの噂が流れ出すのか。


 無言で続きを促せば、「食いついたね」と火狩はニヤリと口角を上げる。乗せられたことが気には触るが、なんであろうと情報は必要だと判断して、玲はじっと火狩を見つめた。


「話によると、国の中でも辺境の地域から、参加証は流れ出してる。でもって、それを持った奴は自然と、ゲーム開催地である首都に向かおうと移動を始めることになるでしょう? それも可能な限り、ひっそり移動しようとするはずだ。

 でもなぜか、参加証を誰が持ってるかって情報は、移動する先々で勝手に流れ出していく」


 参加証はこのゲームに参加するには必須のもの。ばら撒かれたのは全国でおよそ500枚強と言われている。

 数が少ない故に奪い合いになることは必至だっただろう。

 

 玲は火狩の話から想像する。


 ある場所で強い人間が参加証を手に入れると、そいつはゲームに参加するために国内を移動し始める。その移動の過程で、参加証の奪い合いは各地で起こることになるはずだ。

 持っている人間が強ければそのまま死守して次の街を渡り、弱ければ奪われて、今度はまた、奪った人間が動き出す。


 それが延々と繰り返されてきた結果集まったのが、ここにいるプレイヤー候補たちということだ。


「噂の通りなら、最終的にはこの国の中でも力のある奴がここまでくるように仕組まれてたんじゃないかと、オレは思ってる。だからここにいる奴の大概は、いろんな意味で強い人間だと考えておいたほうがいい」

 

 そう言われて、玲は改めて周りを見た。

 見るからに強靭な筋肉を持つ者もいれば、一見戦闘などには向いていなさそうな者もいる。肉体的には弱そうでも、明らかに眼光が鋭く殺気が見て取れる者もいた。


 火狩が言いたいのは、なにも強いの意味は喧嘩が強いだけではない、ということだろう。


 知力、人脈。

 様々な面で文字通り"強い"人間が、おそらくここに集まっている。


ーーそうであれば、火狩も。


 玲は改めて彼の身体付きを窺った。

 身体の線は細いほうだ。明るい色のジャケットにひざ下のラフなパンツ。見えている足の筋肉は……どうもあまり大したことがないように感じるが。


 火狩は玲の視線に気づくと、慌ててブンブンと首を振った。


「オレはたまたまだよ。2、3日前に運良くチケットを手に入れたこの辺の現地民」

「……どうだかな」

「えー、ホントだって」


 火狩は茶化したような口調と共に鼻頭を指で掻いた。

 屈託なく笑う彼は、はたから見ればただの人畜無害な少年だろう。だが、玲としてはこういうタイプこそ信用できなかった。

 信用できないというよりむしろ、あまりに自分と違いすぎていて、どうしても苦手意識が先に立ってしまっているような気もしている。


「でも、あんたは違うよね。 "虚"さん」


 その言葉に、やっぱり苦手だとそう思った。笑顔のまま放たれた台詞に、玲は自然と目を細める。


「知ってたんだな。俺のこと」

「白髪に赤い目。あと玲って名前でピンときた。近くで定期的にやってるストリートファイト大会の王様。全戦全勝のナイフ使い。

 まるで化け物みたいに強いって話がオレのいた街にも……ごめん、冗談だよ」


 無言で視線を送った瞬間、饒舌だった火狩は口を噤んだ。「こわいなぁ……」と呟いた彼は、おそらく失敗したとでも思っているんだろう。


 意図せず負の感情が湧き上がるのを感じながら、玲は彼から視線を外した。

 火狩はそれからなにも言おうとしなかった。

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