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悪人の定義  作者: 黒兎
2日目 救済
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狼の目的

 

 大きな手が玲の頭を撫でてくる。

 優しくて、どこか懐かしい。


 人の無条件の優しさは、こんなにも嬉しいものだったんだと、久しぶりに気づかされた。


「なんか君、泣きそうだね」

「……うるさい」


 茶化されて素でそんなことを言ってしまう。事実泣きそうだった自分が悔しくて、玲はそのことが恥ずかしく、つい俯いて顔を隠した。


「あんたは、なんでこんなゲームに参加してんだ」


 玲が照れ隠しにそう尋ねれば、ロウは答える。


「僕はね、人探し」

「人探し?」

「そう。そこそこ有名な家からのちょっとした依頼でね。報酬は良いんだけど、情報は名前と容姿だけ。あとは、親がいないってことかな。

 で、その探し人の名前が、君と同じだったもんだから」

「……へぇ」


 有名な家、というのが少し引っ掛かった。だが玲はすぐに頭の中で否定する。


 今更、あの親戚たちが、報酬を払って自分を探す意味はない。探されたとしていても、ろくな理由だとも思えない。


「……それで、俺じゃないんだろ?」


 少し間が空いて、ロウは言った。


「まあ、レイ、なんてどこにでもいる名前だし。容姿も聞いてたのとちょっと違うからね」


 ロウが頭を掻く音が聞こえる。


「ゲームに参加したのは、なんとなくかな。

 あんまりお金も持ってないし、変な話、そこそこ戦闘できれば、2週間は少々いい思いをして暮らせるわけでしょ?」


 まあ、言われてみれば確かにそうなのかもしれない。

 他のプレイヤーから数枚のノーマルタグさえ奪えれば、2週間は外にいるよりも格安で食料が得られる。

 なるべく中立地帯にいれば誰かに襲われる可能性も狭まるし、寝床だって、おそらく普通よりも良い場所を確保できるだろう。


「食と住が確保されてないなら、こんなゲーム参加しなかったさ。あのホールの時点で辞退してた」

「賞金には、興味ないのか?」

「あんまり。仕事さえ達成できればお金は貰えるしね」

「俺からすると、その仕事を達成するより、こっちのゲームの方が少しはマシな気がするんだが」


 当てのない人探しより、ゲームをクリアする方が金を得るためには近道な気がする。クリアだって難しいが、なにをすればいいかがはっきりしてるし、金額だってきっと相当違うはず。


「いいんだよ」


 だが、ロウはそうは思っていないようだった。


「この仕事で得られるのは、お金だけじゃないから」


 何か強い意志が感じられる声で彼は言った。柔らかいが強い声音に、彼がその仕事にかけるのには何か理由があるのだと玲は悟る。


 意味深な言葉はなぜか耳に残ったが、追求することは憚られる気がして、今回はやめることにした。


「まあ、とにかく今日はもう寝なよ。ベッドは君が使っていいから」

「でも」

「いーから」


 ロウはそう言うと、上着を脱げと支持をしてきた。

 玲が素直にジャケットを脱ぐと、彼にさりげなく回収される。


「聞いていい?」

「何」

「……君、どれだけナイフ持ってるの」


 彼の声は引きつっていた。

 ジャケットの内側を見たのだろう。あの裏には大小様々な形状のナイフが何本もセットされている。中には軽い神経毒を仕込んだものもあるが、おそらく触れるようなことはないだろうところに入れてあるので、それについては言わなかった。


「他のも取るよ」

「ああ」


 身につけている、それも見える場所にあるナイフはロウが手際良く回収していくのがわかった。


「他に隠してるところはある?」


 その声にはなぜか威圧感がある。


「……ジーンズのポケットにバタフライナイフ。あと、両くるぶしのところに小さいのが2本」


 玲は大人しく、全てのナイフの隠し場所を教えた。生き残るための生命線と言えるような情報だが、黙っていると後が怖いような気がして逆らえない。


「こんなに使うの?」


 全てを回収し終えた後息を吐いたロウの声は、半ば呆れ気味になっていた。


「予備は何本あっても困らないだろ」

「うーん、そういうもの? あ、靴も脱がすね」


 続いて降ってきたのはそんな言葉。自分でできると玲は否定しようとしたが、その前に右足がそっと持ち上がり、ブーツの紐がほどかれていく。


「…………?」


 踵から靴が抜き取られ、そのままゆっくり降ろされる。なぜだろう。とても懐かしい感覚がした。


「あんた、なんか慣れてないか?」

「そう? 女の子相手には、たまにやったりするけど」


 動機が不純だった。

 良い人なのはわかるのだが、時々少し、変な部分が顔を出している気がする。変態というか、女たらしと言うべきなのか。

 なんにせよ、深入りするべきじゃない気がした。


「君は、なんだか脱がされ慣れてるね」


 そう言われて肩が跳ねる。


「昔は、そう言う立場だったんだ」


 子供の頃の話だが、服とか靴とか、使用人に着せられたり、脱がされたりされることは多かった。今では考えられないことだが、幼い頃は体も弱かった手前、されるがままになることにも慣れている。

 こんな行為が懐かしく感じられたのは、そんな時代があったからだろう。


 もう片方の靴も脱がされると、玲はそのまま肩をポンと押されて自然とベッドに沈んだ。


 正直、部屋を取った張本人をおいてここで寝るのは癪だった。でも目が見えていない以上、動き回ることもできない。


 仕方なく、玲はそのまま位置を整えて横にならせてもらうことにした。


「明日は好きなだけいていいよ。部屋の使用期限は明後日まで。料金も先払いしてある。ああでも、時間制限には気をつけて」


 ふわふわとした意識の中に、ロウの声が落ちてくる。

 思いのほか疲れていたのだろう。玲は自分の瞼が少しずつ重たくなっていくのを感じていた。


「ごめん。迷惑かける」

「いいよ、ゆっくり休んで」


 耐えられなくなって、本能に任せて眠りに落ちる。さりげなく何かが体にかけられ、その手触りに安心した。

 ロウがするりと、優しく髪を撫でてくる。


 意識を手放す頃になって、「おやすみ」と声が聞こえた。

 返す言葉は声にならずに沈んでしまった。

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