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悪人の定義  作者: 黒兎
2日目 救済
21/39

理由と信頼


 この国では珍しいはずの自動ドアが開く音がする。エアコンが効いているのか、外とは違った涼しさが音と同時に玲を襲った。


「部屋は6階。エレベーターで上がるから」


 ロウはフロントで鍵を受け取り、宣言通りエレベーターに乗りこんだ。


 つかの間の浮遊間。指定の階層に着いたことをベルが知らせると、次に鳴ったのは玲の腹の虫だった。


「……お腹すいた?」

「いや……、気にしな、……しないで、ください」


 言いながら、朝適当な物を食べてから、その後何も口にしていないことを思い出す。

 若干の気まずさを覚える会話の後、ロウは玲を連れ立って部屋に入った。


「よいしょっと」


 フカフカとしたベッドに玲を座らせると、ロウは一度ふーっと息を吐いたようだった。どかっ、という音がしたので、多分彼自身も近くに腰を下ろしたのだろう。


「重くはなかったけど、流石に疲れたかな」

「……すみません」

「気にしないで。僕が必要だからやったことだ」


 何かゴソゴソと音がする。玲が首を傾げていると、右手になにかひんやりとした物が乗せられた。


「空いてるから気をつけてね」

「……?」

「ゼリー飲料だよ。それくらいしか、見えてない状態で食べられそうな物がないから」


 食べなよ、と言われ、恐る恐る右手に持った物を口に近づける。硬い飲み口が一瞬当たって、ぎこちなく咥えた。少しだけ吸うと、どろっとした食感ととともに口に甘さが広がる。食べ物だと認識した時には、腹に収めようと喉が動いた。


 すぐに飲料のボトルは空っぽになる。

 なくなって口から離した直後に、ロウは玲は手からそれを取り去った。ポイっと音がしたので、ゴミ箱か何かに捨てたのだろう。


「気持ちは落ち着いた?」

「……はい」

「良かった。じゃあ早速で悪いけど、質問させてくれるかな」

「はい」


 頷いた玲に、ロウは苦笑して声を漏らした。玲は無意識に首を傾げる。


「どうかしました?」

「いや、反抗心と警戒心むき出しだったのに、すごい素直になったから。いきなり敬語になられて驚いた」


 その言葉を気まずく思い、玲はつい口ごもってしまう。それでも答えないのはダメだと思い、自分の思考をどうにか声にして絞り出した。


「今は警戒しなくてもいいと、思っただけです」


 中立地帯での戦闘は禁止だ。破れば死ぬのがこのゲームのルール。


「そりゃあ、閉じこめられたりしたら流石にヤバイと思いますけど……、運んでくれて、食事までくれた人のことを警戒し続けるのは、流石に失礼かと。年上、ですし」

「……そっか」


 ぎこちなく伝えると、ロウが息を吐いたのがわかった。 


「少しでも信じてくれたなら良かった。でも、わざわざ敬語にしなくていいよ。僕のこともロウって呼んでくれればいい」

「わかった」

「よろしい」


 ロウは柔和な声で言った。

 直後、頭に大きな手がのせられて、ワシャワシャとかき混ぜられる。玲は突然のとこに驚いたが、何故かその行為に懐かしさすら覚えてしまった。

 

「あと、これは仕事に関係ない質問。その目、見えなくなってるのは一時的なもの? 分配の時には見えてたよね? 傷があるようにも見えないけど……」

「これは明日には、治ってると思う。わけは……」

 

 そこまで言って、玲はその先を詰まらせた。

 先程の黒井の言動が思い出され、つい言葉を失ってしまう。そもそも自分の身体のことをどう説明していいものか疑問だった。


 口をつぐんだ玲をどう思ったのか、ロウは話題を切り替えるように「また機会があれば教えてね」と口にする。

 追求されないのが意外で、玲は見えない瞳を俯かせた。


「今のはあくまでもついでだから」


 ロウはまた、真剣な声で訊ねてくる。ここからがきっと本題だろう。


「君、親はいる?」


 わりとデリケートなところをズバり聞いてくる。玲は困ったように頬を緩めた。


「……いないよ。もう死んだ」


 普通なら、こんな聞き方されたら無視するか無言で殴り飛ばしてるところだ。でも助けられたことへの恩義もあってか、今は躊躇いなく答えられる。 


「死んだんだ。捨てられて、直後に死んだって、聞かされた」

「……ごめん。デリカシーなかったね」


 それでも声色には不快な感情がだだ漏れだったようで、ロウはすぐに謝罪の言葉を口にしてくる。玲が気にするなと首を振ると、彼はホッと息を吐いた。


「目の色は昔から赤いの?」

「ああ……いや。昔はもう少し、黒かったと思う」

「変わったの? カラコンとか入れてるわけじゃないよね?」

「入れてないよ。色々あって、いつの間にかこうなってた」

「そう……」


 ロウはしばらく黙り込んだ。

 それ以上のことを詳しく話すべきかと玲は思った。しかしロウはまた別なことを聞いてくる。


「髪は地毛?」

「そうだな。でも、これも昔は違ったよ」

「そっちも変わったの? 何色だった?」

「普通に黒」

「……そっか」


 ロウは考え込むように息を詰める。静寂が小さな部屋を支配していた。


「うん、終わりだよ」

「はっ?」


 だが突然そう言われ、玲はつい変な声を出してしまった。


「聞きたいことはこれで終わり。協力してくれてありがとう。今日はもうここで休んで行っていいよ」

「ちょっ、ちょっと待て!」


 余りに簡単に終わってしまったので、玲の方が慌ててしまった。


 こいつは、他人を中立地帯まで運んで、自分のホテルの部屋に入れた挙句、食事まで提供したんだ。

 こんな簡単なことを聞くためだけに?

 そんなこと、信じられるわけがない。


「……なんでだって、顔してるね」


 玲の混乱を悟ったのか、ロウはどこか苦笑い気味に口にする。玲は思わず額を抑えた。


「この程度なら、あそこで聞いたって、別に問題なかっただろう」


 戦闘で他人を守って戦えないだの、埃が嫌だのと適当なことまで言っていたが、こんな質問なら短時間で済んだはずだ。実際10分もかかっていない。 


 なのにここまでした理由はなんだ。玲にはそれが、まるで理解できなかった。


「……協力してくれる人間には、できる限りの礼節を尽せ」


 ゆっくりと言葉を紡ぐロウに、玲はつい目を見開く。


「僕の家の家訓でね。生まれた時から親父に口を酸っぱくして言われてるんだ」

「それだけのために?」

「そうだよ」 


 ロウは笑った。


「もし僕が聞きたいことだけ聞いて、あの場所に君を放置したとする。それで翌日、君があそこで死んでたらどう? すごく夢見が悪いじゃない。

 まあ、情けは人の為ならず、ってことかな」 

「……わかんないな。俺には」


 玲は呆れたように呟いた。

 ロウの話す理由には、明確な目的が定まっていないように感じられる。ちゃんとした理由があるから、欲しい物があるから、そのために他人を利用する。


 無条件に誰かを信じるべきじゃない。


 玲は、独りになって以降、そう考えることが多くなったという自覚があった。自分以外は自分が生き残るための踏み台で、協力するのは利害が一致するからだと、ずっとそう考えていた。


 でもふと思う。

 昔はきっと、そんなことなかったんだろうと。


 少なくとも、両親の優しさに疑いを持ったことはなかったはずだ。周りの人間が言うことだって、全部が全部嘘なわけがない。


ーーでも、信じても、いつかは必ず……。


 裏切られる。

 あの時、あの人だって、そうだったじゃないか。


 一瞬、ぐらりと意識が揺らいだ気がした。


 気づいた玲は、自分の現状に混乱してしまう。

 どうしてこんなにも、ネガティブに考えているのだろう。そもそもいつから自分は、ここまで他人を信じられなくなっていたのだろうか。


 あの実験以降にしても、それにしたって、何か変な気がしてしまう。


ーーいや、まずはそこじゃない。


 玲は雑念を払うように首を振った。


「ロウ」

「うん?」


 暗闇の中で彼の声を探し、なるべくそちらに顔を向ける。


「その……。ごめん」

「急にどうしたの」


 ロウは驚いたような声でそう言った。見えていれば今頃、彼の目は見開れていたことだろう。

 玲は無意識に肩を落とした。


「お前のこと、信じられなくて、ごめん。少なくとも、お前に悪意なんてなかったのに、俺はずっと疑ってる。正直、いまだに」

「なんだ、そんなこと」


 ロウはクスリと笑いを零した。


「気にしなくていいよ。こんなゲームの最中だし。それに、人の感情や考えなんて、簡単にわかったもんじゃない」

「でも……」

「あの状況の君にとって、僕の存在はそこそこ渡りに船だったけど、君は僕を簡単に信じなかった。

 僕たちがやってるゲームは、他人の甘言をやすやすと信じて、生き残れるようなものじゃない。そもそも今の社会自体、そんなに甘いわけでもない」

「それは……わかってる」

「うん。なら良いよ。

 君の判断は、間違いなく正しかった。むしろ非常識だったのは僕の方だから。だから……君は何も、気にしなくていい」


 そう言われても、玲の心中は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「謝らないでよ。僕はやりたいようにやっただけだ」


 ロウは言う。

 玲自身、ロウの言葉には納得していた。自分でも正しかったと思えている。

 だけど何故か、モヤモヤした違和感が拭えない。

 気持ちの整理がつかないのだ。それでも、何か言わなければならないと思ってしまう。


「……助けてくれて、ありがとう」


 でもどれだけ考えたって、結局こんな言葉しか出てこなかった。


「どういたしまして」


 それでもロウは、玲のことを責めるでも見返りを求めるわけでもなく、穏やかな声でそう言った。

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