表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪人の定義  作者: 黒兎
2/39

あてのないチケット


 どことなく冷たい夜の空気を感じながら、玲は自身の棲家に帰るために足を動かす。


 賞品として受け取った紙はとあるゲームへの参加証。

 ただゲームといっても、昔流行った電子ゲームやカードゲームのような類ではない。かなり大掛かりで、しかも危険なゲームだと噂されている。


 少なくとも、たかだか気が向いたら程度で参加するものではないだろう。


 なんせ、命を賭ける、なんて話が常について回るゲームだ。


 ルールも不明、参加者も不明。

 エントリーするにも、おそらく相応の力と覚悟がいる。


 玲は参加証をじっと見つめた。

 覚悟はとうの昔に済ませたつもりだ。力は今日この場で証明した。その対価がこの薄汚れた紙切れだと思うと、少し笑えるのも事実だったが。


 自分は必ず、このゲームに参加する。

 この紙を手に入れた時点で、それは玲にとって決定事項だった。



 ゲームの噂が流れ始めたのはおよそ2ヶ月前のことだ。


『御堂という大富豪が大掛かりなゲームをやるらしい』

『勝てば15億が手に入る』

『命を賭けるゲームだとか』

『負ければ死ぬって』

『どこかでゲームの参加証が出回っている』


 馬鹿らしい話だと始めは思った。

 だが、ぽっと出た噂にしては回っている情報が細かいようにも感じられて、頭の片隅でどこか気にしていたことも事実だった。


 そうして日が経つにつれ、当初多くが眉唾だと思っていたその噂は、いつの間にか信憑性のあるものとして扱われることが増えていく。それからもう暫くすると、やがて本当に、ゲームへの参加証が出回るようになっていった。


 馬鹿げたゲームの参加証。

 それでも、15億という異常な額の賞金は、日々の暮らしに不満を持つ貧困層、特に若者たちに夢を持たせた。むしろそんなありえないような噂にすがらなければ、夢なんて見ていられないのが今の社会とも言える。


 玲にとって運が良かったことは3つ。

 その参加証が、馴染みのストリートファイト大会の賞品として提示されたこと。

 ゲーム自体の開催地が、今いる街から数十キロほどしか離れていない場所だったこと。

 喧嘩や戦闘技術に関しては、ある程度の自信を持てていたこと。


 ゲームに参加しようと思った理由は単純だ。

 どうにか金が欲しかった。


 今の生活には決して満足していない。

 戦いに高揚感を覚えていた時期もあるが、次第に勝つことが当たり前となり、ここのところ戦いへの熱もすっかり冷めた。ストリートファイト大会に参加するも、最近はすでに得られる賞金だけが目的になっている。


 日中は時々適当なバイトをして、週末はストリートファイトに勝って金を稼ぐ。

 玲はただその繰り返しの毎日に辟易していた。


 それに、今のまま金を稼ぎ続けたところで、結局は何も得られないこともわかっている。このまま惰性で生きていても、いつかと望んでいる目的には、おそらく一生かかっても届かない。


 金がなければ何も変えられないのが今の世の中だ。


 この際、おかしなゲームに参加してでも、今の状況を打破できるのなら願ってもない。

 例えそこで死んだとしても、それはそれで構わないような気もしている。


 参加証を月に照らせば、紙の端に微かに透かしが入っているのがわかった。藤の模様だ。こんな技術も、最近はほとんどお目にかかれない。


 紙自体に書かれているのは開催日時とゲームの開催場所。

 賞金額は間違いなく15億と記載されている。

 隣に書かれているのはなにか直筆のサインだろうか。達筆な字のため読むことは難しかったが、かろうじて【御堂(みどう)】という名前が確認できる。


 御堂といえば、この国では名の知れた企業グループの名前だ。となると、ますます期待値は高くなる。


 ーーさて、これが本物であればいいが。


 そう思って玲は紙をポケットにしまった。

 空を見上げれば綺麗な三日月が浮いている。暗闇の中でくっきりとクレーターが浮き出て見えた。

 かつて多くの隕石たちに殴られてきたであろうその場所は、今は静かに穏やかな光を放つだけ。


 あとどれだけ痛めつけられたら、この社会も、自分の人生も、穏やかな形に落ち着くだろうか。


ーーもしも、そんな未来がくるとしたら。


 なんて、そんなのはありえない願いのように思えて、玲は手にした参加証を握り締めた。


 数日中には、今いる街を離れることになる。

 ここに流れ着いてきて何年経ったか。

 短かったのか長かったのかもよくわからないが、別離することへの感慨は、玲にはあまり湧かなかった。

 親しい友人もいなければ、大して好きでもない街だ。


 ただ自分の場合は、例えどこに住んでいようと、この空虚さは変わらなかったような気がしている。


 玲は思う。

 命を賭けるとは、どういうことなのだろうかと。


 どんなゲームかは知らないが、少なくとも死ぬ可能性がある危険なゲームだとは言われている。


 勝って金が手に入ればそれでいい。

 もし勝てなくても、何も手に入らずに生きていたならその時は、また何もない生活に逆戻りするだけだ。


 ただどう転んでも、ここに戻ってくるつもりは、もうなかった。


 息を吐く。煌々と輝く欠けた月は吉兆の印か不吉の予兆か。


 いずれにせよ、ゲームの開始は1週間後だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ