暗闇
沈黙が耳に痛かった。
ここにたどり着いて、一体どれだけの時間が経っただろう。
何も見えない。
文字通りの真っ暗闇は、流れる時間の感覚すら奪っていくようだった。
息をするだけで、嫌な汗が背筋を伝う。
あとどれくらい、ここにいればいいだろうか。
いつになれば、光を見ることができるだろう。
黒井は。助けてくれたあの男は。
人は来るのか? 来たとしたら、俺は殺されるのだろうか。
どうすればいい?
ーーどうしようもないじゃないか。
何もできない、と玲は思った。
久しぶりに、自分の無力を痛感していた。
初めから自分には何もない。
ひたすらに、怖い、と思う。
死ぬのが。独りが。
こんな場所でゴミのように消えるのが。
「っ…………」
玲は意味もなく独りうずくまっていた。
思考は悪い方向にしか向いてくれず、張り付いた喉の奥から声をあげたくなる衝動を、奥歯を噛んで抑え込んだ。
誰も助けてくれないのだ。今も、昔も。
人間離れした能力を手に入れて、独りになった。
戦い、奪い、そんなことを繰り返す中で、自分の力は周囲の人々に畏怖を植え付けたらしい。
はじめは媚びをうってくる奴もいた。そういう奴と話をするたび、上っ面だけの関係が嫌で、いつも胸は苦しかった。
みんな俺を、おかしいやつとでも言いたげな目で見る。
どいつもこいつも遠巻きにして、勝手に怖がって、果てには化け物扱いだ。
下手に刺激しないようにと、触れることすらしようとしない。
そうしてみんな、俺を孤独におきざりにする。
玲の脳裏に思い起こされるのは、不思議と黒井のことだった。
彼は言った。
ーー独りは、辛いだろ。
辛いよ。辛くなかったわけがない。
得体の知れない研究所に置いていかれて。そんな場所に話し相手なんて、ろくにいなくて。両親は死んで、帰る場所すらも失った。
それから毎日のように行われる実験は、痛くて、苦しくて。辛いばかりなのに、すがって頼れる相手なんて、誰もいなくて。
研究所を出てからだってそうだ。自分だけで生きるために、必死になって頑張っていた。
生きることが、両親の望みだと知っていたから。
そうしないと彼らを裏切ることになってしまうから、そのことがずっと気がかりで。
悪いと頭ではわかっていても、盗みをしたり、喧嘩したり。本当はその度に自分に嫌気がさしていた。
でも正攻法じゃ生きていけなかったから、与えられた能力の活かし方を覚えようとした。
覚えていくたび、自然に強くなれたと思う。
でも比例して、誰もこちらに近づかなくなった。長い間同じ街で暮らしていたとしても、言葉をかわす人間など、いないに等しかったのだ。
『あいつは化け物だ』
『人間じゃない』
何度もそう言われて、畏怖されて、嫌悪されて。
遠巻きに見られて。
理解されない。
わかってほしいと思っていた頃もあった。けれどある時ふと、理解されたいとも思わなくなった。
諦めればいいと気づいた時に。
それでも、理解されたい気持ちが全てなくなったわけではない。まだ自分は、さみしいと感じられてしまう。
いっそ全て麻痺してくれれば、今よりずっと楽だったのに。
玲は奥歯を噛み締める。
両親のことは恨んでいない。感謝こそすれ、恨むのは筋違いだとわかっている。
だけどこの能力は、望んで手に入れたわけじゃない。
これのおかげで生きてこられた。
でもこれのせいで孤独になった。
辛い思いもたくさんした。
贅沢だと言われればそうだろう。でも、だからこそ黒井の言葉の意味もわかった。
『独りは嫌だ』
もし自分が応えていれば、あいつは、どんな顔をしただろうか。
俺たちは普通とは違う。だからどんな人とでも、必ずどこかでズレが生じる。ズレた所から否定され、拒絶される。
自分は独りであるという事実から、永遠に逃れることはできない。
その事実が、時々苦しくてたまらなくなる。
黒井の見せる狂気はきっと、孤独に怯える自分の弱さを消すための一つの手段なのだろう。
玲は思う。
自分が諦めるとこで折り合いをつけたのと同じように、黒井は狂気で自分で塗り潰すことで、自分の弱さを隠そうとした。
だから人を殺すのだ。
そうやって自ら畏怖され否定され、わかりやすい形で狂ってやる。そうすれば周りも存在を無視できないし、怖がられるのも仕方がないと思い込める。
玲は強く拳を握った。
両親の思いを利用して立ち続けられた自分は、まだ良かったのだ。
ーーでももし、それすらもなかったら。
自分とあいつの違いなんて、はじめに支えがあったかなかったか。ただそれだけのことなのかもしれない。
玲は皮肉げに笑みを浮かべる。
否定され続けることにはもう慣れた。でもふと、もしかしたら黒井は、自分を認めてくれるかもしれないとそう思った。少なくとも自分は、あいつの狂気を理解できてしまっている。
「案外話せるようになる……か」
そう小さく呟いた時、玲はふと、誰かの足音が近づいて来るのを聞いた。
ビルの壁を一枚挟んだ向こう側。明らかに100m以内だが、まだ【警告】は鳴っていない。
なら、そのまま通り過ぎてくれ。
玲は息を潜めてそう念じた。
だが足音は近くで止まり、暫らくすると、足音が室内に響くようになる。身を縮めて、壁にさらに寄り添う。玲の身体は小刻みに震え始めていた。
「いるよね、レイ」
知らない声で突然名前を呼ばれて肩が跳ねた。
頭では【ソナー】を使われたとわかっていても、怖いものは怖かった。
足音は真っ直ぐこちらに向かって近づいて来る。
そうして少し離れた位置で、音は止まった。




