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悪人の定義  作者: 黒兎
2日目 救済
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暗闇


 沈黙が耳に痛かった。


 ここにたどり着いて、一体どれだけの時間が経っただろう。

 何も見えない。

 文字通りの真っ暗闇は、流れる時間の感覚すら奪っていくようだった。

 息をするだけで、嫌な汗が背筋を伝う。


 あとどれくらい、ここにいればいいだろうか。


 いつになれば、光を見ることができるだろう。


 黒井は。助けてくれたあの男は。


 人は来るのか? 来たとしたら、俺は殺されるのだろうか。


 どうすればいい?


ーーどうしようもないじゃないか。


 何もできない、と玲は思った。


 久しぶりに、自分の無力を痛感していた。

 初めから自分には何もない。


 ひたすらに、怖い、と思う。


 死ぬのが。独りが。

 こんな場所でゴミのように消えるのが。


「っ…………」


 玲は意味もなく独りうずくまっていた。

 思考は悪い方向にしか向いてくれず、張り付いた喉の奥から声をあげたくなる衝動を、奥歯を噛んで抑え込んだ。


 誰も助けてくれないのだ。今も、昔も。


 人間離れした能力を手に入れて、独りになった。

 戦い、奪い、そんなことを繰り返す中で、自分の力は周囲の人々に畏怖を植え付けたらしい。


 はじめは媚びをうってくる奴もいた。そういう奴と話をするたび、上っ面だけの関係が嫌で、いつも胸は苦しかった。


 みんな俺を、おかしいやつとでも言いたげな目で見る。

 どいつもこいつも遠巻きにして、勝手に怖がって、果てには化け物扱いだ。

 下手に刺激しないようにと、触れることすらしようとしない。


 そうしてみんな、俺を孤独におきざりにする。


 玲の脳裏に思い起こされるのは、不思議と黒井のことだった。


 彼は言った。


ーー独りは、辛いだろ。


 辛いよ。辛くなかったわけがない。


 得体の知れない研究所に置いていかれて。そんな場所に話し相手なんて、ろくにいなくて。両親は死んで、帰る場所すらも失った。

 それから毎日のように行われる実験は、痛くて、苦しくて。辛いばかりなのに、すがって頼れる相手なんて、誰もいなくて。


 研究所を出てからだってそうだ。自分だけで生きるために、必死になって頑張っていた。

 生きることが、両親の望みだと知っていたから。

 そうしないと彼らを裏切ることになってしまうから、そのことがずっと気がかりで。


 悪いと頭ではわかっていても、盗みをしたり、喧嘩したり。本当はその度に自分に嫌気がさしていた。


 でも正攻法じゃ生きていけなかったから、与えられた能力の活かし方を覚えようとした。


 覚えていくたび、自然に強くなれたと思う。

 でも比例して、誰もこちらに近づかなくなった。長い間同じ街で暮らしていたとしても、言葉をかわす人間など、いないに等しかったのだ。


『あいつは化け物だ』

『人間じゃない』


 何度もそう言われて、畏怖されて、嫌悪されて。

 遠巻きに見られて。 


 理解されない。

 わかってほしいと思っていた頃もあった。けれどある時ふと、理解されたいとも思わなくなった。

 諦めればいいと気づいた時に。


 それでも、理解されたい気持ちが全てなくなったわけではない。まだ自分は、さみしいと感じられてしまう。

 いっそ全て麻痺してくれれば、今よりずっと楽だったのに。


 玲は奥歯を噛み締める。

 両親のことは恨んでいない。感謝こそすれ、恨むのは筋違いだとわかっている。


 だけどこの能力は、望んで手に入れたわけじゃない。

 これのおかげで生きてこられた。

 でもこれのせいで孤独になった。

 辛い思いもたくさんした。


 贅沢だと言われればそうだろう。でも、だからこそ黒井の言葉の意味もわかった。


『独りは嫌だ』


 もし自分が応えていれば、あいつは、どんな顔をしただろうか。


 俺たちは普通とは違う。だからどんな人とでも、必ずどこかでズレが生じる。ズレた所から否定され、拒絶される。

 自分は独りであるという事実から、永遠に逃れることはできない。

 その事実が、時々苦しくてたまらなくなる。


 黒井の見せる狂気はきっと、孤独に怯える自分の弱さを消すための一つの手段なのだろう。


 玲は思う。

 自分が諦めるとこで折り合いをつけたのと同じように、黒井は狂気で自分で塗り潰すことで、自分の弱さを隠そうとした。


 だから人を殺すのだ。

 そうやって自ら畏怖され否定され、わかりやすい形で狂ってやる。そうすれば周りも存在を無視できないし、怖がられるのも仕方がないと思い込める。


 玲は強く拳を握った。


 両親の思いを利用して立ち続けられた自分は、まだ良かったのだ。


ーーでももし、それすらもなかったら。


 自分とあいつの違いなんて、はじめに支えがあったかなかったか。ただそれだけのことなのかもしれない。

 玲は皮肉げに笑みを浮かべる。


 否定され続けることにはもう慣れた。でもふと、もしかしたら黒井は、自分を認めてくれるかもしれないとそう思った。少なくとも自分は、あいつの狂気を理解できてしまっている。


「案外話せるようになる……か」


 そう小さく呟いた時、玲はふと、誰かの足音が近づいて来るのを聞いた。


 ビルの壁を一枚挟んだ向こう側。明らかに100m以内だが、まだ【警告】は鳴っていない。


 なら、そのまま通り過ぎてくれ。

 玲は息を潜めてそう念じた。


 だが足音は近くで止まり、暫らくすると、足音が室内に響くようになる。身を縮めて、壁にさらに寄り添う。玲の身体は小刻みに震え始めていた。


「いるよね、レイ」


 知らない声で突然名前を呼ばれて肩が跳ねた。

 頭では【ソナー】を使われたとわかっていても、怖いものは怖かった。 


 足音は真っ直ぐこちらに向かって近づいて来る。

 そうして少し離れた位置で、音は止まった。

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